チリワインの世界 | 現状編
前回はチリワインの歴史について書きました。
今回は、チリワインの現状、その担い手、そして業界が直面する課題について書きたいと思います。
数字で見る現状
ワイン業界は今やチリ経済にとって欠かせない存在です。2022年現在でチリの輸出品目トップ10に入っており、GDPの0.5%相当で、銅以外の輸出の5.7%及び農産物輸出の16.5%を占めます。またワイン輸出に関わる企業の7割以上が中小企業で、国内で10万人以上の雇用を生んでいます。さらに雇用の85%はRegión Metropolitana(首都州)外に位置しており、経済活動を地方に分散させる重要な役割を果たしています。
ワイン業界の急成長は数字を見ると明らかで、ブドウ畑の耕地面積は過去25年間で約3倍、生産量は2003年対比で倍増しています。輸出に特化した成長戦略が功を奏し、現在はイタリア、スペイン、フランスに次ぎ世界で4番目のワイン輸出大国となっています。主な市場は中国・日本・英国・米国・ブラジルで、国内生産量の7割以上、総額15億ドル以上のワインを輸出しています(対照的に、隣国のアルゼンチンは自国のワインの7割を国内で消費しています)。
ワインの産地も徐々に広がっており、現在は国内16州のうち15で生産されています。ほとんどが首都サンティアゴとビオビオ川の間に位置するCentral Valley(Maipo、Casablanca、San Antonio、Cachapoal、Colchagua、Curico、Maule)に集中していますが、温暖化に伴い徐々に南下しており、現在はパタゴニアにあるOsorno Valleyが最南端となっています。
また栽培されているブドウの品種も多様化しており、通称Big 4のCabernet Sauvignon(カベルネ・ソーヴィニョン)、Chardonnay(シャルドネ)、Merlot(メルロー)、Sauvignon Blanc(ソーヴィニョン・ブラン)が依然として多いものの、País(パイース)や Carmenere(カルメネール)を含む他の品種が半分近くを占めるようになりました。元々チリワインに変革をもたらしたフランスワイン至上主義からは一変、古くからチリにある品種が見直され始めているのに加え、近年の干ばつと温暖化を受け、少量の水と高い気温でも育つ地中海沿岸部の品種の栽培が増えています。
大手ワイナリーの担い手
一般的に先行投資型のビジネスで、マージンが薄く、競争が激しいとされるワイン業界ですが、成功しているプレイヤーはどのような人たちなのでしょうか。少なくともチリワインに関しては、そのような事業を担う余裕があると言った方が正しいような、国の政治・経済に影響力を持つ要人の名前が次々と挙がってきます。チリの3大ワイナリーであるConcha y Toro(コンチャ・イ・トロ)、San Pedro(サン・ペドロ)、Santa Rita(サンタ・リタ)も例に漏れず、19世紀後半に設立されてから時代とともにオーナーは変わりつつも、一貫して財界との繋がりが見受けられます。
まずConcha y Toroはチリの元財務大臣Don Melchor Concha y Toroにより設立されており、未だにスペインの貴族及びチリの上流階級との繋がりが強く、社長であるAlfonso Larraínをはじめ、何らかの貴族の称号を持つ人が経営陣に複数います。ワインも複数のブランドを抱えており、マス向けのCasillero del Diabloが最も有名ですが、フランスのロスチャイルド家とのJVで高級ワインのAlmavivaを手掛けている他、Don Melchorの2021年ビンテージが最近Wine Spectatorの世界ワインランキングで1位を獲得しました。ワイナリーとして世界で初めてNYSEに上場しており、今でもサンティアゴ証券取引所に上場しています。
San Pedroは、創設者である Correa家の手元を離れ、現在はMisiones de Rengo、Leyda、Tarapacáをはじめ、日本コンビニワインの代表格であるAlpacaを手掛けるVSPT Wine Groupに吸収されています。このVSPTの支配株主であるCCU Group(Austral, Torobayo等のビールやRedbullの国内流通を手掛ける)は、チリの銅鉱山業界で富を築いたLuksic家のコングロマリットであるQuiñenco Groupの傘下にあります。ワイン自体、マス向けのGato Negroから中価格帯の1865、高級ワインのAltairまで幅広く展開しています。
そしてSanta Ritaも同様に、創設者であるDon Domingo Fernández Conchaから何度か所有権が移り、現在はチリ人実業家であるRicardo Claro Valdésが創業したGrupo Claro傘下にあります。このコングロマリット自体、鉱山関連の製造業・ガラス製品・メディアを主軸としていますが、CarmenやLos Vascosを含む大手ワイナリーもポートフォリオの一部を構成しています。Santa Ritaといえば、マス向けの120や中価格帯のMedalla Realが有名ですが、ハイエンドのラインも充実しており、Casa RealはLa Place de Bordeaux(ボルドーの高級ワインの取引プラットフォーム)で9つしかないチリワインブランドの一つとなっています。
3大ワイナリー以外に目を向けてもチリの財界との繋がりは明らかで、鶏肉のSuper Polloで有名なAgrosuperのVial家はVentisquero、Kalfu、 Ramiranaを持っており、大手百貨店falabellaの創業に関わったCúneo家はCasas del Bosque、銀行業を営むBCIの創業家でありSalcobrandを持つYarur家は7 coloresとMorandé、大手金融グループのConsorcio Financieroの創業に関わりentelの会長でもあるJuan Hurtado VicuñaはMaquisとCalcuを持っています。またワインを本業とする点で他と異なりますが、Eduardo Chadwick Claroはチリの由緒ある家系の出身で、Caliterra、Errazuriz、Arboledaといった大手ブランドをはじめ、Seña、Viñedo Chadwickといった高級ワインでも成功しています。
特筆すべき点として、チリの保守派の上流階級でよく見るプロファイルですが、1973年から1990年まで続いたピノチェト軍事独裁政権で重要ポストを担った人も多く見られます。先述のJuan Hurtado Vicuñaは国営企業の民営化を進めた主要メンバーであり、予算局長を務めたJorge Selume ZarorはCasa Donosoのオーナーで、Chilectrica(元国営電力会社)のGMを務めた後その民営化の過程で金融詐欺に加担したJosé YuraszeckはUndurragaに出資しています。
Vinos de Autor(ブティックワイン)
このような大手ワインブランドが市場を独占する中、国内でわずか2%のマーケットシェアでありながら、地道にプレゼンスを築き、唯一無二のワインを造ることで差別化を図る人たちがいます。所謂Vinos de Autor(ブティックワイン)で、個人的に最も面白いと思うチリワインのセグメントです。
ブティックワインは、その名の通り小ロットで生産されるワインですが、大手ワイナリーが位置する人気エリアから少し外れた場所で生産されることが多く、通常3~4ヘクタール程度のワイン畑から収穫されたブドウで造られるため、ビンテージごとに味の変化が楽しめるのが特徴です。また小ロットで造られることで、ブドウの適正価格での取引が保証されています。というのも、大手ワイナリーは、ブドウ農家に対して大量にブドウを買いつける代わりに値下げを強いることが多く、この買いたたきのせいで十分に収入を得られなくなったブドウ農家が、より高値で売れる他の果物の栽培に切り替える事例が少なからず見られます。小規模生産の場合、両者が対等な立場で取引ができるため、よりサステナブルな業界構造に繋がるということで、実際にそのような理念の下、MOVIというブティックワインの団体が結成されています。
ブティックワインの多くは、所謂ワイナリー(ワイン畑及びワインを醸造する蔵)を持っていません。自分のブドウ畑を持つ人も勿論いますが、ブドウ農家から必要なブドウを全て購入する人もおり、また醸造のために一時的に他のワイナリーの蔵を借りる人もいれば、他の醸造家と共同で蔵を所有する人もいます。このように伝統的なワイナリーから少し外れた生産体制を取ることが多いため、ブティックワインの説明では「ワイナリー」ではなく「プロジェクト」という言葉がしばしば使われます。
さらに通常のワイナリーと大きく異なるのは、ワイン醸造家の名前と結びついて売られていることです。Concha y ToroやSan Pedro等の大手ワイナリーでは、いくら業界では名高い醸造家が関わっていたとしても、そのワイナリーのブランド名しか表に出ませんが、ブティックワインだと必ず醸造家個人のワインとして売られています。良い例えが思い浮かびませんが、アイドルグループから卒業することで、ソロデビューし個人名で芸能活動できる、みたいなイメージでしょうか…。実際大手ワイナリーで修行を積んでから独立した醸造家によるプロジェクトが多く見られますが、それ以外にも、元々ブドウ農家の家族が自分たちでワインを造り始めた事例や、知識も経験もゼロの状態からスタートした事例もあり、紆余曲折あるプロジェクトの背景を知るのもブティックワインならではの楽しみ方です。
今後の課題
このようにチリワインの多様化が進んでいる一方で、数々の課題に直面しているのも事実です。まず大きな向かい風として、世界的にワインの消費量が減退しており、2023年には1996年以降で最低値を記録し、2019年対比で半分以下になると推定されています。これには複数の要因が考えられますが、中国での消費量の減少をはじめ、地政学リスクとサプライチェーンへの影響、より健康志向なライフスタイルへのトレンドシフトに伴いアルコール自体の消費量が減少している点等が挙げられます。
チリはこれまでも供給過多の状態で生産量を拡大してきましたが、近年の需要減によってさらに在庫を抱えることになりました。2023年の余剰生産量は2022年対比で9.6%増、1995年対比で5倍となっています。この現状を踏まえ、ブドウ畑の耕地面積は前年対比で0.8%縮小していますが、需給バランスを保つためには、さらに2割以上削る必要があると言われています。「コスパの良いワインを大量に提供する」というこれまでの提供価値からの方針転換が求められる状況で、今後はチリワインの対外イメージを改善し、中~高価格帯のワインの層を厚くすることが一つの戦略になりそうです。
加えて地球温暖化の影響も顕著で、多くの地域でブドウの収穫量のボラティリティが上がっています。近年頻発している山火事も気候変動の影響で被害が拡大する傾向にあり、昨年は300ヘクタール以上のブドウ畑が焼き尽くされました。その後も熱と煙の影響で質が損なわれ販売できなくなったワインも多く、2023年のItata Valleyの生産量は通常の半分未満にとどまりました。
さらにチリは、世界気象機関が “Mega Drought”と呼ぶ10年以上続く干ばつに見舞われており、ブドウ畑の80%以上が灌漑されている中、水不足は深刻な問題となっています。解決策として、いくつかのワイナリーでは、ブドウの木がより深く根を張り少量の水でも育つよう、畑周辺の生物多様性の確保や生態系の開発といった取り組みが進められています。またCarignan(カリニャン)、Cinsault(サンソ―)、Garnacha(ガルナッチャ)、País(パイース)など、灌漑を必要としない地中海沿岸部のブドウへの移行も一つの対応策であり、品種の多様化に繋がっています。一方で、現状のままでは、2050年までにブドウ畑の耕地面積は最大75%減少するという研究結果も出ており、長期的には抜本的な解決策が必要になるかもしれません。
≪参考文献≫
(挿入スライドの脚注に記載済みの文献は除く)
Jorge Selume compra Viña Casa Donoso a empresarios franceses (Economía y Negocios, 26-Jan-2011)
Corte Suprema confirma multa sobre USD$60 millones por colusión de productoras de pollos (Bio Bio Chile, 29-Oct-2015)
Familia Cúneo reestructura su family office, Liguria, y ficha a ejecutivo de Bci (La Tercera, 29-Abr-2019)
Selume y Guzmán Molinari: Los millonarios ex funcionarios de Pinochet que se quedaron con el 15% de la educación superior chilena (LVQS, 15-Sep-2020)
La sucesión que decidió Gonzalo Vial Vial (La Tercera, 27-Feb-2021)
Juan Hurtado Vicuña y Eduardo Fernández León: de pequeñas sardinas a grandes tiburones insaciables (Interferencia, 4-Aug-2021)
¿Quién es Juan Hurtado Vicuña, el empresario apuntado por interlocking por la FNE? (Diario Financiero, 5-Jan-2022)
Familia Cúneo: propietarios de Falabella financian con $50 millones a Amarillos X Chile (Interferencia, 2-Aug-2022)
Familia Luksic figura en listado de Oxfam sobre los millonarios más contaminantes (El Mostrador, 8-Nov-2022)
José Yuraszeck: “El vino chileno dejó de ser una estrella ascendente” (La Tercera, 14-Jul-2024)
Caso Chispas: La controversial llegada de ENEL a Chile (El Ciudadano, 7-Aug-2024)
La controladora del grupo Claro designa a sus futuros reemplazantes (La Tercera, 11-Aug-2024)