レコードとサイフォンと
彼は、高校生なのに一人暮らしをしていた。今では高架になった私鉄は、そのころまだ地面を走っていた。その沿線の、駅から歩いてすぐの小さな、古いアパート。わたしたちは、仲が良かった。
部活がえりには駅までいっしょに帰った。駅からはお互い反対方向なので、彼がわたしのホームに来て、わたしを送ってくれる。でも、きっとかならず、何台かはやり過ごした。バイバイと手を振ったら、案外すぐに背をむけて歩き出す。そういうところが好きだった。彼はよく、水色の、アディダスのトレーナーを着ていた。
あるお休みの日、彼は、サイフォンを買ったからコーヒー入れる、と言って、はじめてわたしを彼のアパートに入れてくれた。
狭い玄関が半畳、その奥に6畳間がふたつ。わたしたちは、その畳の上に座り、野点のような格好でコーヒーをいれて飲んだ。
部屋には不釣り合いな、そうとうに立派なステレオセットがあった。彼は、いつもきれいに切りそろえた爪さきの手で、ていねいにレコードに針を下ろす。
ボストン。
そのロックを、ベッドに座って、ではなく、ベッドにもたれて畳に座り、ふたり並んで聴いた。
令和の高校生には想像もできないだろう。わたしたちはけして、抱き合ったりしなかった。
ただ、わたしの肩は、5平方センチメートルほどの面積で、ずっと彼の肩に触れていた。
やがてレコードが終わる。オートリバースではないので、レコードは、
プツっ‥‥‥プツっ‥‥‥プツっ‥‥‥プツっ‥
と、いつまでも回り続けた‥
背伸びした苦いコーヒー。それなのに、まるで甘い毒をのんだように、わたしたちはいつまでも、いつまでも、ずっとそのまま、その音を聞いていた。
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