介護のことなど
こんにちは
ちょっとずっとかきたかったことを書いてみる。
まあ色々とあって、介護らしきものをしているのだけど、
すんごく勉強になる。
というのも、
身体が思うように動かなくなったときに、
①買い物がいけない。
②日々のいろいろな書類はどうするんだ。
③そもそも具合が悪いときは、お医者さんに自分で電話なんてできなくなる。
④病院から先生に診てもらえる予約の手紙が来ても、具合が悪かったら
自分では読めないし、読めてもその予約の日を忘れてしまう。
⑤さらに、具合が悪ければ、そもそも予約が取れたとしても一人では病院にいけない。
⑥なんらかしらの振込の催促が来ても気が付かない。
⑦etc etc etc
普通に暮らしているだけでも、
これだけのことでできなくなるんだなーと思って、
一人暮らしの人は大変だ。。どうしているのだろう?
と思うようになった。
それに、介護者。。
フルタイムで働いての介護はかなりきつい。
初めは良くても、だんだん年数が増えるにつれて
介護人が疲れ切ってしまう。
介護者自身が病気になるケースもある。
誰か、他に親戚や家族がいてお互い手伝って
一緒に介護できる人がいればいいけど、
いない人は、すんごーーーくつらいと思う。
介護者が精神を病んでしまうってすごく良くわかる。
これは絶対にどうにかしていかないければ問題だと思うのだ。
だって、みんないつかは歳をとるし、いくら健康に気をつけていたって
病気になる人だっているんだからさ。
あと、介護者と外に行くときの
道の悪さ!!爆
車椅子を押すこともあるのだけど、
道が悪くて、もうひどいわ。
身体が不自由な人の駐車の場所も、まあスーパーはたくさんあるけど、街中、特に銀行や郵便局に近い場所は内野近くにはなかなか見つけられない。
電車もそう。
海外は福祉が整っている、、
という話はどこの話ですか?
というくらい、不便。
大きなモールには電動式車椅子を貸してくれるところがあるから
便利なのだけど、そこでも不便さがある。
というのも、道は広くても、お店の中はその大きな電動式車椅子で回るのは、難しいところが多い。狭いんだなあ。
あと、店の中の作りが歩く人のみで作られているので、電動式車椅子で
入るのは難しかったりする。
あと、洋服の試着の時もそう。
試着室は車椅子でも入れそうなくらい大きいのを作っていても、
試着室に行くまでの道が狭すぎて、車椅子で入っていけない。
前に、「試着室は上の階にあります。エレベーターがございます。」
と言われてエレベーターに乗ろうとしたら、
そのエレベーターが小さすぎて車椅子で入れなかった。
ギャグか?
そのエレベーターは体の不自由な人ようだったはずなのに、
乗れないじゃん。。。
思いつくままにずっと思ってたことを書いたけど、
こういうのって、本当に自分が経験するまで
全然気が付かなかった。
反省だわ。
だから、都市計画、店舗のデザインをする人は、
そういうことを考えてデザインして欲しいなあ。
福祉についてもそうだな。
日本はどうだかわからないけど、
私の住んでいるところは、
誰かに話しても、もたらい回しにされるし、
福祉に力を入れていそうで、いい加減っぽい。
そもそも、上の人が。。すぎる。(。。は想像してください。)
あと、こちらの方々、伝達が不得意と見えて、
一人のケアワーカーさんや、看護婦さん、もしくはなんかあった時に誰かに話をしても、次に別の人が来ると、また同じことを話さなくてはいけないのも面倒。
これが一回や2回、3回4回なら今の私ならしょうがないと思うけど、
この数年間で何十回も同じことの繰り返し。
この間は、あまりにも同じことの繰り返しで腹がたって夫に、
「ねえ、小さい時、こういうゲームやったことない?
一列に並んで、順番に耳元で単語を伝達するゲーム。
最初の人と最後の人が言ったことが同じだったら、
そのチームが勝つっていうやつ」
と聞いてしまった。
もちろん、「知らん」と言われたけど。。
学校で、演劇のクラスをGCSE(全国一斉テスト)でやるより、
伝達する練習クラスのGCSEテストを作ったほうがいいんちゃうか?
と思うくらい、伝達不得意だと思う。
それで、演劇のクラスがあるからこそ、
言い訳や人に寄り添うふり?はとっても上手だけどね。
ふん(かなり迷惑かけられているので)
まあ、日本は日本でいっぱい別の面で、
いろいろな大変ことがあるんだろうと思う。
イギリス、ウェールズは
みんな、伝達ゲームは苦手でも、
おおらかで、そして、人の伝達失敗にも寛容なところは好きなところだ。
というところで、うっかり八兵衛の私にとっては助かるところも多いし、
素敵なところだ。。というところはこちらの人の名誉のために
付け加えておく。
ということで、
文句ばっかり書いたけど、
「自分が当事者になってはじめてわかること」
人生勉強中です。