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有機と無機

この投稿は、2007年12月24日に投稿したブログです。noteへの移行に伴い再掲しました。再掲にあたり内容の一部を編集しています。


ブログを2005年から書きづづけていて、これまでに1500投稿をしてきました。ブログシステムをnoteに移行しようと思ったのですが、うまくいかないので注目された記事をいくつかご紹介します。

この記事は2007年12月に投稿した者ですが、最も閲覧数が多かった記事です。
「有機と無機」というタイトルから、検索に引っ掛かることが多かったのでしょう。それだけ、有機に関心のある方が多く、無機との違いを知りたいと思っているのでしょう。


 有機と無機の違いって、はっきりと応えられる人は少ないんじゃないかと思います。実際、専門家に聞いてもその境界線が非常に曖昧なようです。

 19世紀ぐらいまでは、有機物は生き物を構成しているモノで、無機物はそれ以外のモノという分類があったそうだけど、生体を介さずに有機物を無機物から化学的に合成できるようになると、生物かそうでないかという分け方が通用されなくなったということです。今では炭素を含んで燃えるものが有機物というらしいです。

 化学の話に関わらず、何かを説明するときに、「有機的に連携して・・・」とか、「無機的な空間」とか、なんとなく使ってませんか?我々は、ニュアンスとして、「有機」とか「無機」とかを使い分けています。一般的には、有機というと、温かみとかぬくもりがあるという感じで”生きてる”感があることをいいます。一方で、無機というと、金属質で冷たい感じで、無駄なものが無く、よく言えばクールなイメージを抱きます。

 さあ、では、有機農業とは何なんでしょう?一応、有機JASなんて法律による基準があって、それは化学的に合成された農薬や肥料、遺伝子組み換えは使用しないことをいいます。肥料をやらないと作物の成長は悪いので、作物の栄養になるものを与えなければなりませんが、これを堆肥とかで補おうというのが一般的なイメージかと思います。堆肥も結局は微生物に分解されたりして、植物に吸収されるときには、無機物になるんですが。ついでに言うと、有機農業は安全な農業とは限りません。

 有機は英語でいうとオーガニックですが、オーガニックという言葉もニュアンスやイメージが先行しています。オーガニック・サウンドとか、オーガニック・ヒーリングとか・・・

 とにかく、「有機」、「オーガニック」のことを科学的に厳密に区別するべきではないのですが、あまりにも漠然としているところに誤解も起きやすくなっているのかな?と感じます。

 ところで、思い切って、有機を生物由来、無機を鉱物由来とばっさり分けて、「土」を考えて見ましょう。

 土は、そのベースが鉱物です。その種類や粒度(粒の細かさ)によっていろいろと分類されていて、大まかな「土壌」としての性質が決まります。

 そこに、植物の種が落ちたとき、まずは、土の水分で芽を出します。カリウムやカルシウムやマグネシウムなどの無機の栄養素は、鉱物から溶け出して植物に吸収されます。窒素も空気中から固定されたりして、なんとか植物は育ちます。育つということは、空気中の二酸化炭素と水から光合成で、炭水化物をつくるということです。無機のものから有機のものをつくる瞬間です。

 やがて、植物は枯れて土に還ります。「土に還る」・・・このフレーズは大事です。

 土に還るということは、土壌中で有機物が微生物(これも有機物)によって分解されて、やがて無機に戻るということです。しかし、全部が分解するわけではありません。植物の遺体は、何度も何度も微生物によって分解され、土壌中の金属の触媒作用を受けて、難分解性の不定形高分子有機物である「腐植」になります。腐植は、有機物として土壌中にとどまります。

 腐植は、土壌粒子を接着したり、土壌を膨軟化させます。膨軟化した土壌は、たくさんの空気を含み、水を含むことができます。いわゆるフカフカな土になります。、また、腐植は炭素をたくさん含んでいて黒色をしているので、腐植が多い土壌は一般的に黒くなります。黒くてフカフカな土は、誰もが想像する肥沃な土壌です。

 腐植の一部はゆっくりと溶けます。水溶性の腐植酸とかフルボ酸、フミン酸は、植物に吸収されて、植物を元気にします。腐植は植物にとってのビタミン剤みたいなものです。

 腐植は、無機と有機をつなぐ糊みたいなもので、生命の源ではないかと最近、考えています。土に還るというのは、身体の一部が腐植となって長い間、土にとどまるということで、その腐植は、次の生命を育てる源になるのです。

 なんだか、そう考えると、良い土には多くの生命体の記憶が詰まっているような感じがします。

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