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10年後に第一志望校にいる話

2018年3月

「東大以外ならどこでもいい」

と、ねぎらい?の言葉を父方の祖父からもらったのが、浪人したけれど志望校に受からなかったことを報告したときのこと

第一志望は「東工大」

中学生のときに母方の祖父が肺癌で亡くなった。
レントゲンで癌がどこにあるか中学生の素人にも分かるくらい大きくはっきりした腫瘍だった。
当時の自分が思ったことは、
「よかった。そのガンさえ取り出せれば治る」

結果的には何も手出しできなかった。進行しすぎて手術もできない。
衝撃だった。世界トップレベルと言われる日本の医療でも手出しができない病気があるのかと
このとき、「手術できる道具があれば、手術できたのではないか」と思った。

2014年 中学3年時の卒業課題で医療機器について調べた時、
医療×工学に関する研究をしている東工大を見つけた。

浪人するも不合格

高3の秋終わりまで部活動を最優先しながら、理系最高峰の大学に現役で受かるほど器用ではなく、1年浪人しても届かなかった。

滑り止めの大学に進学。ちなみに中学受験も滑り止めだったので、2回連続失敗した形となった。

進学先の大学の授業は1年生は高校の復習ばかり。2年になっても専門的な講義は少なく、正直つまらなかった。
(今思えば研究大学ではなく教育大学なので、当たり前なのだが…)

コロナ禍…医科歯科大受験

部活動・学生団体・卒業研究・就活をしながら、さらに2020年ごろから始まったコロナ禍の対応に振り回されている中で、院試対策に割く時間なんて作れなかった。
コロナ禍の日本を最前線で支えてくれていた税関、保健所、医療従事者の話を聞く機会に恵まれて、医療への想いが再燃した。

準備は全くできていないけれど最後に挑戦だけしようと思い、
中学3年生のときにお世話になった教授がいた東京医科歯科大学を受けてみた。

もちろん、不合格

中学受験、大学受験、院受験すべて失敗した。
勉強以外で自分の強みを学部で見つけられたし、この強みを社会で伸ばしていこうと思った。

それから、2, 3週間後、春先にもらってた内定先に提出する書類を準備していた時に一本の電話

「追加合格です。どうしますか?」

追加合格があるとは思ってもいなかった。
普段知らない番号からの電話は取らないが、あのときは何故か電話を取った。これがなかったら…

まさかの大学統合

医学部に併設されている研究所の研究室に進学し、臨床現場も見学させてもらいながら研究の世界に入った。
学部受験の時に思い描いていた学生生活だった。

そんな中で東京医科歯科大学と東京工業大学が統合を検討をしているというニュースが流れたのは修士1年の秋ごろ。
ちょうど就職か博士進学かを迷ってた時だった。

統合が確定的になり、博士課程進学を決心する要素の1つとなった。
(2回も振ったのに今度は向こうから近寄ってくるなんてツンデレだなぁとは絶対に言えない笑)

こうして博士課程で第一志望と落ち合う

2024年10月
東京工業大学から東京科学大学へと形は変わったが、10年前に出会い7年前に振られた大学の学生となった。

祖父の死がなければ、目指さなかった
コロナ禍がなければ、挑戦しなかった
追加合格がなければ、進学しなかった
医科歯科大を選ばなかったら、東京科学大学の学生にならなかった

この縁を無駄にしないように、
これからも縁を呼び込めるように、
周りの人にも縁を広げられるように、
目の前のことを楽しんで自分らしく挑戦していきたい

おわりに

拙い文章ですが、お読みいただき、ありがとうございました。
レポートすら満足に書けないのに、noteはもっと難しいですね笑

何かしら発信する機会を作ろうと考えていたところ、今回のコンテスト「#想像していなかった未来」があったので、書いてみました。
今回書いていないエピソードの詳細などは、個別に書いていこうかなと思います。
部活と受験の両立に苦労している方、進学するか就職するか迷っている方などに参考となれば!

凡人が博士課程に苦しんでいるところを温かく見守っていただけると嬉しいです。

p.s.
冒頭の祖父からの言葉は
新しい知識や理論を見つけるのは、めちゃくちゃ頭のいい人に任せて、「なんとかならんか」という世の中の声を解決するような人になればいい。どこの大学か、ではなく大学で何を学んだのかが重要だ。
という意味を込めて言ってくれた言葉です。

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