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【短編】ハル

君の声に季節を添えるなら、それはきっと春だ。痛みも苦しみも密やかに遠くにやってしまうような、淡いそよ風。
毎年少しずつ咲くのが早くなる桜を見ながら、僕たちは歩いた。
僕らは、春がさよならの季節だと知っている。息をひとつ吸うたびに、歩みをひとつ進めるたびに、君が瞬きをひとつするたびに、君の心が離れていく瞬間は、少しずつ迫ってきている。

「卒業なんて、あっという間だったね」

君が見上げているのは桜だろうか。それとも、ぼんやりと浮かんだ月なのだろうか。君の見ている世界が、最後までわからなかった。
僕らだけじゃないってことは、わかっている。きっと誰もが、大切な誰かの見ている本当の景色を知らぬまま、抱き合い、キスをする。裸になって体を重ねたとしても、僕らは永遠にひとつにはならない。

「…月へ行こうか」

君は冗談めかして笑った。僕の抱える孤独なんて、見えていないとでも言う風に。
人は永遠に孤独なんだ。だから、一緒にいたいのに。
そう思っていても、僕は言葉にはできない。君の髪は少しだけ伸びて、春の風に靡いている。街路灯が僕らを照らす。影は、ひとつだけ。

「…寒いなぁ」

君は虚空に伸ばしていた右手を、そっとコートのポケットにしまった。
僕の声は、もう二度と君には届かないだろう。君のその瞳は僕を捉えることはないし、この先の未来で君はきっと、僕を忘れていく。先に命を終えた僕を忘れていく。
どうか、そうであることを願った。
僕を忘れて、君が幸せになりますように。

「私みたいな素敵な子、天国にだっていないよ」

君が笑う。僕はその隣で頷きながら「ごめんね」と呟いた。桜色のコートが風に揺れている。君は僕の言葉を聞くことはできない。僕は手を伸ばした。その頬に触れたはずの指先は、君の涙を拭えないまま、夜を彷徨っている。

「…生きるね、私。君がいなくても」

そう言って踵を返した君と、一度だけ目が合った。君は少しだけ目を見開いて、何度も瞬きをした。そんなわけないか、と呟いて、君は自宅への道を歩いていく。

「幸せになってね」

君の背中に向かって叫んだ。君は振り返って辺りを見回してから

「またね」

と言った。
僕の体は夜風にほどかれ、消えていく。
君が歩いていくその未来が、どうか有り余るほどの幸せに満ちていますように。
ありがとう、と呟いた僕は春の夜に紛れて、消えた。


あとがき

昨日「明日はふざける」って言ったけど、これが書けたので投稿する。


昨日『レミング』を書いてから仕上げた。所要1時間。実を言うと既におふざけ作品はできているのだが、こっちを先に出しちゃおうという出来心だ。
モチーフにした曲はこちら。

ちなみに、うる星やつらは見ていない。そもそもうちの地域で放送してただろうか。わからない。

春の思い出はいくつかある。身バレするから書かないけど。
まだ豪雪の最中にあるが書きたかったので書いた。切ない小説を書くのが上手くなりたいものだ。
明日は本当にふざける。僕の真骨頂を見せてやる。

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ナル
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