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【SS】蟻を踏むが如く【#シロクマ文芸部】
働いている蟻を踏み潰すが如く、私は男の急所を厚底ブーツで踏み潰した。
ぱつん、とそれが弾けた。男は「ふげ」と意味不明な呟きの後、泡を吹いて動かなくなった。脱ぎ捨てられた男のスーツで汚れた靴底を拭う。
携帯が某落語番組のメロディを奏でた。『お姉ちゃん』からだろう。
「もしもーし」
「…あの、『お姉ちゃん』だよ」
「うん、ちょうど終わったよ」
依頼主は『お姉ちゃん』や『お兄ちゃん』と呼ぶことにしている。万が一の盗聴に備えているというのは建前で、実際は家族が欲しかった私の願望を叶えるための遊戯に過ぎない。
「『お小遣い』は…」
「うん、『貯金箱』にお願い」
電話口で『お姉ちゃん』は泣いているようだ。励ましの言葉をいくつか言って、私は電話を切った。
セクハラや性暴力の被害者からのみ、私は依頼を受けている。加害者の性を否定する殺し方。偽善と嗤う同業者もいるが、評判なぞどうでもいい。
私には目標がある。広い家を買って、そこで沢山のシベリアン・ハスキーと暮らすこと。そのために金払いのいい『お姉ちゃん』たちの復讐心を満たしているだけ。殺して、殺して、殺すだけ。
今はただ、働き蟻でいる。
男を踏み潰す感覚の気持ち悪さに耐えながら。
了(501字)
#シロクマ文芸部
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あとがき
作中の殺し屋のイメージは『東京喰種』の某キャラです。わかる人にはわかるはず。ナッツをクラックする子です。
世の中には法で裁けない悪もある――。というような説教くさい話はしない。あるんだろうけど。だからこそ、こういうフィクションが生まれるのだろう。そこに怒りを託すために。
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