【短編】食卓と惑星
「僕ね、故郷の惑星に帰らなきゃいけないんだ」
二人で夕ご飯を食べているときに、君は申し訳なさそうにそう言った。
今日のメニューは君の好きなとんかつで、私は今日の出来に自信があった。いつもより上手く揚げられたんだ、と言うつもりだった。
君が私の家に来たのは、10年前だった。当時話題になった流星群に紛れて、君は宇宙からやって来た。
犬とも猫ともつかない奇妙な姿の生き物。その上、空から降りてきて間もなく、たどたどしい日本語を話し出した。
間違いなく、宇宙人だ。私はその生き物を抱えて、近所の瑶季姉ちゃんのところに走った。
「…これは、若林のおじさん案件だ」
そう呟くと瑶季姉ちゃんは私の手を引いて、隣の家へと入っていった。
「うーん……知らない宇宙人だな」
若林というおじさんは、少しだけ困った顔をして言った。そのあとで友好関係だとか平和条約非加盟惑星がどうのこうの言っていたのは覚えている。
「…くみちゃん、いっしょにいる」
その生き物はそう言って、私に寄り添った。瑶季姉ちゃんとおじさんは顔を見合わせて、ため息をついた。
それから、注意事項だとか色んな説明をされた。万が一何かあったときには岸という人を頼るように、と最後に言われ、私は帰宅した。
「名前、どうするの?」
瑶季姉ちゃんは夜道で、私に尋ねた。私はうーんと悩んで
「イチ」
と言った。弟『一汰』から貰った名前。
父母と、幼かった一汰は、事故でこの世を去った。
対向車の信号無視だった。逮捕された運転手はアルコールとドラッグを併用していた。立って歩けないくらいに酩酊していた、とニュースで言っていたことだけが思い出せる。あとの記憶は、靄がかかってうまく思い出せない。
瑶季姉ちゃんは近隣にいる唯一の親戚で、あれからずっと私を気にかけてくれている。遠縁に頼れる親戚もおらず、私は中学2年にして一軒家で一人暮らしだ。
そこに、文字通り彗星のように、イチがやってきた。
それから、10年。
「僕の故郷で、大規模な災害が起きたんだ。岸さんが教えてくれた。僕の……家族が、心配なんだ」
イチは『家族』と言うとき、少しだけ言葉に詰まった。私は、君の家族じゃないんだろうか。その言葉を飲み込んで、じっと君を見つめた。
「…久美、ごめんなさい。…元気で、元気でいてね」
イチは、あの頃と何も変わらない姿でいる。私は社会人になった。
会社の愚痴、友達の話、推しの話。全部を共有してきた家族は、また私の前から去ろうとしている。
イチが立ち上がる。まるで人みたいに器用に二足歩行ができると知ったとき、思わず瑶季姉ちゃんと大笑いした。あれからの日々は、今終わろうとしている。
「岸さんが、宇宙船を用意してくれている。もう、行かなきゃ」
「待って!」
引き止めないつもりでいた。だから、思わず発したその声に自分で驚いた。
「…ちょっとだけ、待って」
私は立ち上がって、台所に行った。食器棚にしまった保存容器を手に取る。明日のお弁当用に多めに揚げたとんかつと、今日の食卓にあるとんかつ。ありったけを容器に詰めた。いつもよりサクサクに揚がった衣が音を立てた。ソースの小袋を押し込む。
「イチ、これ」
私は君を見ないようにして、保存容器を差し出した。君は、何かを言おうとしたようだった。それを諦めて、容器を手にとって歩き出した。
玄関のドアが開いた音がした。ありがとう、と聞こえた気がした。ドアが閉まる。
二人で見る約束をしていたお笑い番組が始まった。私はまた食卓に座って、ご飯を食べ始めた。
イチにとんかつを全部あげてしまったから、ご飯と千切りのキャベツ、それとお味噌汁しかない。私はご飯を頬張る。頬張る。
出囃子がなって、芸人が姿を現した。私はそっとテレビを消した。もうここに、君はいない。誰もいない。
私はまた、独りになった。
あれから、二ヶ月が過ぎた。
結婚して遠くに行っていた瑶季姉ちゃんが来てくれた。
「久美、大丈夫?」
だいじょうぶ、と言い返した自分の声の小ささに少しだけ驚いた。イチがいないと、私はこんなに弱いのか。
瑶季姉ちゃんは何かを言おうとして、それをやめた。携帯が鳴った。彼女はその表示を見て、目を見開いた。電話に出る。
私はぼんやりと、庭を見ていた。空を見上げる。綺麗に晴れ渡った冬の空は雲ひとつなく、からっぽだった。
瑶季姉ちゃんが嬉しそうに何かを叫んでいる。
見上げた空の向こうから、見慣れた彗星がやって来るのが見えた。
了
あとがき
この作品は、以前書いた『彼は、やってきた。』の後日譚として書いたものである。前作はごりごりのコメディだったのでテイストを変えてみた。
なお、作中の『久美』は、日向坂46の愛すべきキャプテン・佐々木久美さんよりお借りしました。
くみてん。以前エッセイ記事で書いたが、僕が日向坂46という沼に落ちたのはくみてんがきっかけでした。くみてんがいなかったら、あなたがキャプテンじゃなかったら。僕はきっとこんなに日向坂46を愛することはなかっただろう。あなたがいてくれたから。メンバーもおひさまもみんなあなたを愛している。バラエティに強いのも好き。ずっと、ずっと応援しています。寒い日々が続くので、お体に気をつけてください。
ちなみに今回の作品、個人的元ネタはドラ○もんのとある話です、はい。だろうなー、って思った方も多いだろう。あれ、好きなの。
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