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自作小説集

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長いものからショート作品まで、いろいろ書いてみます。怖い話って書いてても怖いよね。
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#毎週ショートショートnote

書庫冷凍【毎週ショートショートnote】

1000年に一度の大寒波で、大学の書庫が凍ったらしい。 人的被害が出るほどでもなかったのに、どうして凍ったのか。大学は総力を挙げて調べることを宣言した。 「どう思うよ?」 学食でカレーを食べながら、森田に尋ねた。 「…どうなんだろうな」 そう言って視線を逸らす。おかしい。 「…俺は超常現象とか、UMAのせいだと思ってんだけどさ。森田は、どう思う?」 「…宇宙人だと思うよ、多分」 森田の額には、うっすらと汗が浮かんでいる。やっぱりおかしい。 「森田…何か知ってる

逢いたい菜【毎週ショートショートnote】

種苗店で「逢いたい菜」なるものを見つけた。 店員いわく、この菜花が花を咲かせるまで育てれば、一番望んだ再会ができるという。 「万が一枯れさせると…」 「絶縁する、とされていますね。まあ、あくまで迷信ですので」 僕はその迷信を信じ、購入した。 レンタルした畑の一角に「逢いたい菜」を植えた。追肥や害虫駆除。様々な世話をした。 こうまでして再会したいのは、かつての愛犬だ。 もう一度だけ、会いたかった。 その日は豪雨になった。僕はニュースの警告を無視し、畑へと向かった。逢いた

誤字審査【毎週ショートショートnote】

昨今の教員不足を受け、国は『採用特別枠』を設置した。これは、その五次審査のお話である。 「大園さん。この小論文、どういう風に審査するんですか」 「ん、誤字のないものはみんな落選で」 担当職員たちは、文部科学省から来た大園の発言にどよめいた。そのうちの一人が手を挙げ問う。 「…誤字の有無だけで判断するんですか?内容は」 「誤字のあるものの中から、できるかぎり倫理観に欠けているものを選んで採用する」 「どういうことですか。教員としてあるまじき人間が選ばれてしまいます」

ユニーク輪唱【毎週ショートショートnote】

すっかり雪の溶けた山道を、私たち二人は歩いた。口数も友達も少ない君の唯一の趣味が、登山だった。 「歌でも歌おうか」 君が珍しい提案をしたので、私は驚きながらも曲を提案した。 「『森のくまさん』でも輪唱しようか」 「登山中に一番会いたくないよ」 「んー、『静かな湖畔』は?」 「カッコウ嫌いなんだよね。托卵だっけ。ひどいよ、あれ」 「えー。じゃあ、『かえるの合唱』」 「両生類無理」 私たちの間を沈黙が流れていく。どうしてここまでひねくれているのか。『森のくまさん

決闘年越しそば【毎週ショートショートnote】

発端は一人のタレントだった。 「年越しはね、そばじゃない。ラーメンですよ!」 そば屋店主・区界庄吉はこの発言に激昂した。生まれてこの方、年越しはそばと決まっている。それを法律で定めぬ国のせいで、こんな人間が育ったのだ。 区界はそのタレント――高松俊が所属する芸能事務所に、果たし状を送った。 「大晦日、除夜の鐘が鳴る頃。盛岡駅にてそばを用意して待つ」 高松はこの果たし状を冗談としてSNSで公開した。瞬く間に拡散され、当日の盛岡駅には人が殺到した。 駅前の広場に、二人

デンジャー縞ほっけ部【毎週ショートショートnote】

縞ほっけが人を襲った記録は、2025年を皮切りに多く残されている。 最初の犠牲者が出たアラスカでは『デンジャー縞ほっけ部』ことDAMCが発足され、人類と縞ほっけの闘争が始まることになる。 人類は縞ほっけを喰らった。居酒屋で、家庭で、あるいは定食屋で。 縞ほっけもまた人を喰らった。 その争いは長く続き、『海洋100年戦争』と呼ばれることになる。 「…何、この話?」 「居酒屋で酔い潰れてたおっさんが寝言で言ってたんだ。『人類と縞ほっけの闘争』って」 「…で、それを新作に

忘年怪異【毎週ショートショートnote】

「知ってるか、部長の話」 同期の宮田が耳打ちする。僕も話したくてうずうずしていたところだ。 「ああ、知ってる。忘年会の後『全部』忘れたんだって?」 「そう。自分のことも、会社のことも全部」 僕たちは部長が『いた』デスクを見る。主を失ったそこには、封筒がひとつ置かれていた。 「なんだ、あれ」 宮田が立ち上がる。僕もあとに続く。封筒を手に取り、中を取り出すと紙が一枚。そこにはこう書かれていた。 『以下の人物は社内規則違反のため、記憶抹消と再度の教育を命ずる』 僕た

釜揚げ師走【毎週ショートショートnote】

閉店間際のスーパーの売り場で、釜揚げ師走を見つけた。 「やっと…あったー!」 私は釜揚げ師走を天に掲げた。これで私たち家族は年を越せる。 2024年を境に、12月が来なくなった。 学者たちが調べたところ、時空の歪みにより12月だけが結晶となってしまい、その結晶を摂取しなければ12月、果ては次の年を迎えられないことが判明した。 私たち家族はずっと2024年にいた。 何度も繰り返した11月も今日で終わりだ。 時空が歪んでいる割に、成長や老化は止まってくれなかった。 息子は

山岳フリマ【毎週ショートショートnote】

町内で開催されたフリマ。 「山のもの、売ります」という旗に惹かれ、僕はその露店の前で立ち止まった。山菜やキノコ、ジビエ。山の食材に関心があったのだ。 だがそこで売られていたのは、壊れかけたテントや使い古されたアイスアックスなど『山で使う』代物だった。強いて名を付けるなら『山岳フリマ』といったところか。山のものには違いないが…。 「お兄さん、こいつはどうだ?」 店主ががさごそと何かを取り出し、にやりと笑った。 それはマツタケだった。 「闇ルートから仕入れたんだ。トぶぜ、

風を治すクスリ【毎週ショートショートnote】

昭和からともに生きてきた扇風機が壊れた。 メーカーは既に廃業しており、直すことは叶わないらしい。新品を購入してもいいが、独身時代からの一品を手放すのには抵抗があった。 そんなとき、ネットで『扇風機治療薬』を見つけた。 2日後、その薬が届いた。すぐさま説明書を読む。 「扇風機の前にこの薬を置いて2時間お待ちください…どういうことだろう?」 こういうのは妻に任せきりだったから、いまいちよくわからない。彼女が先立って5年になる。子供のいない私にとって、昔から一緒に過ごしてきたのは

不眠症浮袋【毎週ショートショートnote】

医者は真剣な面持ちでレントゲン写真を見てから、僕に向き直った。 「ナルさん、あなた浮袋があるよ」 うきぶくろ、と言葉にしてみた。そうだったのか。だから、周りから浮いていたのか。 「これね、切除できる。そうすると不眠症も治るよ。”不眠症浮袋”って名前の、立派な病気」 なんと。予想外の嬉しさに僕の心は飛び跳ねた。 「でもね、ウキウキするようなこともなくなる」 「え?」 「ウキウキできなくなるし、浮いた話もなくなる。金が浮くってこともなくなるし、勿論カナヅチになる」

長距離恋愛販売中【毎週ショートショートnote】

私は列車の車窓にすがり、涙を流した。 「また会えるわ、愛してる!」 彼は息でガラスを曇らせ、「あいしてる」と書いた。汽笛が鳴り響き、駅員が私の体を車体から引き離した。 「愛してる、愛してる!」 列車は戦地へと彼を運んでいく。私は膝から地面に崩れ落ちた。 「カット!!」 監督の声で、私たち演者は現実へと帰って来た。 「明里ちゃん、いい芝居だったよ」 監督は軽薄な言動には似合わず、演技を見る目に定評がある。裏表もない人なので、素直に褒め言葉を受け取ることにする。 「ありがとうご

缶蹴り恋愛逃走中【毎週ショートショートnote】

妻が家を出て行って、もうすぐ2週間になる。 「懐かしいアルバムを御覧なさい」 置手紙には、それだけ記してあった。 幼馴染から恋になった。どちらから告白したのかさえ忘れた。 私はアルバムを見返しながら考えていた。どうすれば、君は帰ってくる。 ある写真が目に留まった。私と妻、弟たちの5人で缶蹴りをしたときの写真。 セピア色の景色を背に、幼い頃の妻が笑っている。 この頃には、もう君が好きだった。缶蹴りから始まった恋は愛になった、はずだった。 「缶蹴りの後は、あの神社まで走ろう!

キンモクセイ盗賊団の池【毎週ショートショートnote】

「兄貴、もう的を変えましょうや」 兄貴は、盗賊団『秋の香』の首領。俺はたった一人の部下だ。 江戸の頃生まれたこの盗賊団も、今では落ちぶれちまった。 それもこれも、『キンモクセイしか盗まない』という流儀のせいだ。 俺達は、池のそばのぼろ小屋を住処にしている。 昔はここに盗んできたキンモクセイを植えていた。今残っているのは、その香りのみだ。 「いいや、的は変えねえ」 兄貴は言った。 「だけど兄貴!近所にキンモクセイがないからって芳香剤を集めても仕方ねえよ!」 令和の世に