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自作小説集

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長いものからショート作品まで、いろいろ書いてみます。怖い話って書いてても怖いよね。
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2024年9月の記事一覧

【短編】アルストロメリア・Reverse

結婚することになったと、嘘をついた。 あなたをこれ以上、好きになってはいけないような気がしていたから。 「友達に、なりませんか?」 そう言ったあなたは、耳まで赤く染まっていた。私の耳で揺れるアルストロメリアを、ちらちらと見ていたのを覚えている。 スーツ姿、後ろでひとつに束ねた髪。透けるほど白い肌。哀しそうで綺麗な目。シャツの袖口からたまに見える自傷痕。 「いいですよ。友達になりましょ」 そう言った私の声は、震えてはいなかっただろうか。 私のアルバイトが終わるのを、あなたは

インドを編む山荘【毎週ショートショートnote】

その山荘を訪れたものは、二度と帰らないという。 そんな都市伝説に魅かれ、僕はI県に来ていた。ライターとして活動して2年。この記事の出来が、僕の将来を左右しかねない。 能杜山の8合目。僕は、山荘『ニューデリー』の扉を開けた。 そこは、編み物をしている男女であふれていた。奥から、外国人風の男が顔を出す。 「ハイ。」 毛糸玉を手渡される。 「あの…これは…」 「カレー編ンデ、見本コレ。」 指差すには、毛糸で製作された『食品サンプル』があった。ところどころ解れている。 「一番上手イ

構文病【うたすと2】

SNS上で生み出された『インプレゾンビ』。 広告収益を得るために理解不能な行動を繰り返した人間たちはいつしか、とある奇病に悩まされることになった。 『インプレ構文病』である。 現実での言動も、あの独特の言い回しになってしまう。軽症ならばそれだけの病気だが、それにより社会的地位を追われる人間も、死に至る人間もいた。 葉留花がそれに気付いたのは、月の綺麗な夜だった。 彼氏が、いかにも『港区女子』という女と歩いていた。それを追いかけた葉留花が問いただすと、 「それは私に幸福を得ま

惑星開発【うたすと2】

真っ白い部屋の中で、僕は君と向き合っていた。 「やあ。」 二人の声が重なり、響く。二人の間にあるテーブルの上で、ビッグバンが起きた。瞬く間に時は過ぎ、そこに小さな惑星が生まれた。 君は僕にキスをした。唇が、ひどく冷たい。僕はそれを振り払い、君を睨んだ。 「…また、繰り返すのか?」 「『また、繰り返すのか?』」 テーブルの上で、人が生まれ、争い、死んでいく。 僕らのことを『アダムとイブ』と呼んだ人間がいた。『伊奘諾尊と伊奘冉尊』と呼ばれたこともある。『ウラノスとガイア』、『ユ

【短編】それは鮮やかなまま

若葉色のスカートが、風にそよいでいる。陽子さんは、鼻歌を歌いながら僕の数歩先を歩いていく。 数年前に来た盛岡とは、少しだけ変わった。陽子さんが好きだと言っていた、あの柳は伐採されていた。 「寂しいが、仕方ないね」 少し俯いた後、陽子さんは「私たちが暮らした場所へ行こう」と言って歩き出した。秋風が肌に冷たい。陽子さんが歌っていたのは、僕が好きだったバンドの曲。鮮やかな赤をまとった唇が、寂しげなハミングを続けている。 「どうして、最近はこのバンドを聴かないの?」 陽子さんは突然

可愛い子には変化をさせよ【毎週ショートショートnote】

同じクラスの松田は、地味で控えめな女子だ。 だが俺は気付いていた。『化ける』と。メイクのプロである姉に写真を見せると、「あんたもわかってきたじゃないか」と笑った。 作戦は開始された。 「松田さん、今日うち来ない?…勉強、教えてほしいんだ。」 半分本心である。松田は学内一の秀才だ。勉強を教えてもらう見返りなら、用意してある。 「…いい、けど。」 よし、かかった。俺はスマホを取り出した。 「いらっしゃい!よく来たわね。」 仕事モードの姉に迎えられ、松田はびびっている。そのまま

【短編】宣戦布告

ぼんやりとラケットを眺めた。 粒高ラバーが貼られた日本式ペンホルダー。 時代遅れのペンホルダー。ましてや表面にしかラバーを貼れない、日本式。 粒高ラバーは、相手のボールに対し、不規則な回転がかかった返球をすることができる。その一方で自分から回転をかける事は難しく、強打にも適していない。守備的戦術には適しているが、使用する人は少ない。 要は『時代遅れの、少数派』。そういう風に作ったラケットを、僕は握る。フォアの素振りを二回。バックを三回。大きく息を吸って、長い時間をかけて吐

【#シロクマ文芸部】勧誘

『月の色って、知っていますか?』 新興宗教の勧誘員の第一声が、それだった。なんて残酷なことを訊くのだろうと思った。こいつの勧めるものなぞ、絶対に信仰しない。僕は激怒し、彼を殴った。 すぐに警察が来て、僕は逮捕された。警察官は僕に、なぜこんなことをしたのか尋ねた。 「月の色を訊かれたから。」 そう言うと、警察官の顔色が変わった。警察官は上司と見られる男と相談し、すぐに僕は釈放された。僕に殴られた男は、いつの間にかいなくなっていた。 「くれぐれも、月のことを訊く人間には近づかな

【短編】さようなら、猫の国

果歩は立ち尽くしていた。どうして、どうしてこうなったんだろう。 猫を追いかけていた。それだけのはずだった。偶然見つけた、白い猫。青い目で、桜色の首輪をしていた。かわいさのあまり、撫でようとしたら、ものすごい勢いで逃げられた。 「あ、待ってよぅ」 細い路地に入って、突き当りを右。鳥居をくぐって、神社がある。子供の頃から何度も通った裏通り、のはずだった。 鳥居をくぐった先にあったのは、大きくて古い街だった。ところどころ損傷した建物。荒廃している、とでも言うのだろうか。 間違

【短編】目印

その港町を訪れたのは、俺がまだ君と出会う前だった。 小さな音楽イベントに招待されたんだ。俺は、今はもう手放してしまったベースと、文庫本、少しの酒を積んで車を走らせた。 ここからだと二時間くらいかかる。そこまで急ぐような日程でもなかったから、道中の色んなところを見て回りながら、ゆっくりその町を目指した。 途中、奇妙なことがあった。 誰もいない場所に向かって、老婆が頭を下げていたんだ。 神社の礼拝作法っていうのか?ああいう感じだよ。 二回頭を下げて、二回手を叩く。何かを唱えて、

【短編】君はキョンシー

彼が、キョンシーになって戻ってきた。 キョンシー(僵尸)。 中国の死体妖怪の一種。中国湖南省よりの出稼ぎ人の遺体を故郷へ運ぶために、道士が呪術で歩かせたのが始まりとか何とか。詳しく知りたい人は調べてくれ。これはそこまで詳しくなくても読める。 彼―高本くん―の葬儀を終え帰宅すると、彼は当然のように家にいた。 「おう、ひより。おかえり」 「……どういうこと?」 私は、目の前にいる高本くんと、持ち帰ってきた位牌を見比べた。 「なんかさ、有名な道士?が、魂だけで人を生き返らせる方

【短編】花火の夜に

「一緒に花火を見に、お祭りに行こうよ!」 放課後、五年生になってクラスが一緒になった平岡くんに声をかけられ、僕はうろたえた。 「どうして、僕なの?」 「清水くん、花火好きそうだから。」 花火が好きそうって、どういうことだろう。悩む僕に平岡くんは続ける。 「黒い服は着てきちゃ駄目だよ。できたら、白い服を着ておいで。」 そう笑った平岡くんの顔は、西日に照らされて、見えない。 お母さんに説明して、真っ白いTシャツを着た。 「不思議な集まりでもあるのかしらね。」 ちょっとだけオカル

【短編】彗星

君が眠りに就いて、六千と二十九日が過ぎた。 ひどく長い時間だった。たったそれだけのことだ。僕は今日も、君の何一つ変わらない頬に触れる。19歳の頃と、変わらない。たくさんの医療機器と繋がっていることを除けば、何も。 極めて稀な病気です。 この病気になると、人間は歳をとらなくなります。 その代わりに、ある日を境に眠りに就いて、目を覚まさなくなります。それぞれの症例によって期間は違いますが、永久に目を覚まさないこともあります。 きっかけとなるような出来事で目を覚ます場合もあります

【短編】天ぷら定食

天ぷらと白飯は合わないっていう人がいる。だが、天ぷらも揚げ物のひとつであるのだから、白飯に合わないはずがない。僕は天ぷらでご飯を食べるのが好きだし、この食べ方を否定されたら怒るだろう。 とにかく、僕が頼んだのは、天ぷら定食だったはずだ。 運ばれてきた定食は、この米不足の世にあるまじきほど盛られた白米と、申し訳程度に添えられた漬物。そして、岩手山ほど高く盛られた天かすだった。 「天ぷら、とは…。」 僕は愕然とした。先週までは、普通に天ぷらだったはずだ。絶妙な揚がり具合の海老、