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自作小説集

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長いものからショート作品まで、いろいろ書いてみます。怖い話って書いてても怖いよね。
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2024年8月の記事一覧

【シロクマ文芸部】逃避行

流れ星を、僕たちは待った。 明里の頬には涙のあとと、紫色の痣。母親が再婚した男に殴られることがあると言っていたが、こうして痣を見るのは初めてだった。 「ひどい顔になっちゃった」 そう言って僕に笑いかける顔は、とても悲しそうだった。 廃線になったローカル線の駅に、僕たちは忍び込んでいた。誰もいないホームで、ベンチに座って空を見ていた。冬の空気が、突き刺すように体を冷やしていく。 明里の母親も、僕の両親もきっと、僕たちを探しているのだろう。 「孝之はさ、どうして逃げてきたの?

【うさミミ秋まつり】秋招き

最近の日本には秋が来ない、とニンゲンたちがぼやいていた。 前任者がさぼっていたんだな。ぼくはため息をついた。長い耳に触れる風が、ぬるくて気持ち悪い。月に届きそうな山の上に、ぼくはひとり立っていた。 夏に帰ってもらうためには、僕たち秋ウサギの力が必要なんだ。 大好きなお兄ちゃんの言葉を思い出した。ぼくはまだ新米だけど、準備はしてきた。大丈夫、だいじょうぶ。 魔法のススキを振り上げた。 「ことしは秋が来ますように!」 ステップを踏んで、秋を招く。夏が帰りたくないと言って、雷雨

【ショートストーリー】消失

どのくらい歩いたのだろう。 ビニール越しの空は晴れ渡っている。役目を終えた傘を閉じ、僕は再び歩き出した。古びた歓楽街の看板は「ここは楽園!」と謳っている。 意味をなさなくなった紙幣が、木の葉のように舞う。もう金銭や権力は、ここにはない。僕ひとりになった世界は、あまりに広く、さみしいものだった。僕は、カフェだったであろう店のテラス席に腰掛けた。 ある日を境に、知っている人間がいなくなっていった。 テレビに出ていたはずの芸能人の存在を皆が忘れ、34人載っていたはずの高校のクラ

【ショートストーリー】柴犬と珈琲

僕が初めて栞さんに会ったのは、通り雨から逃れるために入った喫茶店だった。 栞さんは座り込んで、柴犬の顔をむにむにと揉んでいた。僕のほうを振り返った栞さんは、化粧っ気のない一重まぶたをこすりながら 「君もゴンをむにむにするか?」 と訊いた。ショートカットの髪は黒く、毛先が青色に染められている。空色のブラウスにブラックデニム。爽やかそうな人だな、と思った。 「このお店の犬ですか?」 僕は栞さんの隣に立ち、ゴンと呼ばれた犬を見下ろす。くりくりとした目に、やや間の抜けた顔。「愛らしい

【夏の残り火】ふいうち

不意をついて、触れた。 佐々木君は私のバイト先の後輩だ。一緒のシフトに入る機会が多く、自然と話す機会も増えた。そのうちに好きな映画や漫画が一緒だとわかり、私たちは友人になった。 やわらかそうな癖っ毛に、長いまつげ。身長は私より少しだけ大きくて、いつも少しだけ眠そうにしている。付き合っている子がいる、と以前言っていたし、私にも好きな人がいた。私たちは「友人」だから、何の問題もない。 私が好きだった人に振られたのは、夏も終わろうとしている頃だった。 タイプじゃない。それだけを

【ショートショート】蝉

夏に鳴く虫、といえば何を思い浮かべるだろうか。 おそらく、多くの人が「蝉」と答えるだろう。 一説には、世界には4000種の蝉がいるとされる。我々が認知していない多くの新種もいるだろう。 今日は、そんな蝉の話だ。 その日、男は逆さにひっくり返った蝉を見つけた。道路の真ん中で弱りきっていた。 虫など何年も触っていない。だが、男はその蝉を助けてやりたくなった。 蝉を掴んで、近くの花壇に連れて行く。 その途中で蝉は「じっ」とだけ鳴いた。 花壇の花の上に乗せてやる。もうすぐ死ぬのだろ

【ショートストーリー】黒白

小さな手に触れた。 柔らかで壊れそうなのに、血が通うそれを、男は見ていた。 2020年代後半、世界各国の紛争地域で「黒い悪魔」と「白い悪魔」が目撃された。それらが現れた地域では、紛争当事者国の首脳が殺害されたり、あらゆる武器が突如として使用不能になったりし、争いが急激に収束するという出来事が相次いだ。どういう形であれ争いが終わることから、人々は彼らの出現を願った。 しかし、2030年代に入ると、「黒い悪魔」がその姿を消し、「白い悪魔」だけが目撃されるようになる。その頃から、

【ショートストーリー】忘却隊

「それ」が遥か遠くの宇宙からやって来たのは、2024年の暮れのことであった。 「アフリカ大陸南西部に宇宙船が飛来した」というニュースに誰もが驚きを隠せなかった。各国宇宙機関の「監視」をかいくぐって突如として現れたからだ。 アフリカ各国、米国、中国、ロシア、そして日本。ほぼ全ての国から代表団が派遣され、宇宙船の乗組員との対話が計画された。 会議が始まったことがニュースで伝えられた頃には、代表団は全滅していた。 たった一体の宇宙人であった。 30本近い触手を持った、人型の宇宙人