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【5分で学ぶ】ガブリエル・オロスコの作品を解説!(どん兵衛が芸術?日常に秘める詩的な作品)

中間を切り取られ、再度つなぎ合わされた車。
これ、合成ではなく本物です(笑)。

作者の名は、ガブリエル・オロスコ
絵画、写真、彫刻、インスタレーション(空間芸術)、レディ・メイド(既製品)など多岐にわたる表現手法で、コンセプチュアルかつ遊び心のある作品を多く制作している、メキシコ人アーティストです。

日常の凡庸なものや時代遅れの製品に手を加え、奇妙なオブジェをつくったり、偶然の運動の痕跡を写真に収めたり…
彼の作品は、見慣れた光景に魔術的な雰囲気を与え、物と人との関係を見直させられます。

そんな、あるモノや状況に「介入(インターヴェンション)」することによるちょっとした変化は、時に大きな変容以上に私たちを驚かせてくれます。


オロスコは、私たちの固定観念をゆらすのが非常に上手いアーティスト。

この記事では、彼の原動力や作品を解説していきます。
思わずエッ…と言いたくなる作品の数々をお楽しみください!


1. ガブリエル・オロスコの制作背景

ガブリエル・オロスコ Photo: Eric Sander


ガブリエル・オロスコ(Gabriel Orozco)は、1962年生まれのメキシコ・ハラパ出身の現代アーティストです。

オロスコは、壁画家でベラクル大学教授であった父のマリオによく連れて行かされた美術館や、芸術の話をする父とその友人を通じて、幼い頃から芸術に関心を抱いていました。

1981〜1984年までメキシコ国立美術大学で美術を学ぶが、保守的な教育を不満に思っていたため、1986年にマドリードのマドリード総合芸術センター(シルクロ・デ・アルテス)へ移ります。

オロスコはそこで戦後前衛芸術家の講師たちから、伝統的なアートにとらわれない、自由な表現手法に触れることになります。


彼はスペインでの経験について、

重要なことは、別の文化に深く接すること。また、相手にとって自分は同郷人ではなく“よそ者”であると感じられること。それは「移民」の感覚だと、私は思っている。 私はスペインにいるときに、移民として強制的に退去させられ、ラテン・アメリカ出自の自分とのあいだで悩んでいた。 1980年代には前衛芸術がスペインで流行していたにもかかわらず、実際のスペインは非常に保守的な社会で、「移民」として扱われたことにショックを受けた。 そのときの悲しみは、作品を発展される上で非常に重要であった。私の多くの作品は、ある種の傷みを表現しているが、それはあなたを勇気づけるものになるだろう。 ーーガブリエル・オロスコ

と語っています。

オロスコは、その後1986〜1987年前半までマドリードで学び、1987年後半にはマドリードから離れ、メキシコシティへ戻ります。

そこでは、ダミアン・オルテガや、アブラハム・クルズヴィエイガス、Dr.ラクラなどの同世代のアーティストが集まるメキシコ現代美術グループと週に一度は会合し、芸術の可能性を探究します。

また、世界各地を放浪するノマドのような生活は、作品に強く影響を与え、街の探索を通じて多くのインスピレーションを得ました。


2. 日常の環境とアートの境界性をあいまいにする

《猫とスイカ》 1992年 タイプCプリント


こうした背景の中、オロスコは巨大なアトリエで多くのアシスタントを雇い、アートの生産流通を細やかに管理をしていた、1980年代のアンディ・ウォーホル的なアートからの脱却を目的として活動します。

集団的なアートとは対照的に、彼は常に一人もしくは、アシスタントがいても一人か二人程度で作品の制作をしてきました。

またそれらの初期の作品は、世界中で何度も繰り返されているテーマや技法を、実生活や普遍的なオブジェに組み込んで表現するといった特徴があります。


路上に捨てられたゴミ同然のものや、ふとした何気ない風景の中に、美術を発見する「ファウンド・オブジェ」手法や、それらにほんの少し手をくわえて形を変えたりする「修正レディ・メイド」などを得意とし、日常の環境とアートオブジェの境界を曖昧に表現してきました。

そして、1990年代初頭からドローイング、写真、彫刻、インスターレションなどの多様な表現で次第に評価を高めていくことに。

1998年には、美術キュレーターであるフランチェスコ・ボナミに、 「この数十年で最も影響力のあるアーティストの一人で、たぶんこれから数十年も影響力を持つだろう」 と評価を受けています。


《島の中の島 (1993)》
《反射の延長 (1992)》

ここからは、オロスコの代表的な作品を紹介してきます。

1993年の《島の中の島》では、マンハッタンのビル群を背景に、拾った木片をビル群の輪郭をなぞるように組み合わせて石の壁に立てかけ、その写真を撮ることで、巨大な建物と小さなゴミを対置しつつ両者の類似性を強調。

1995年の《犬の輪》では、犬が尾を振る動きが砂の上に残した半円の線を写真に収めました。

これらの作品では、辺境や郊外の無名の場所を訪れて現地の材料で構築物をつくり、それを写真に記録する1960〜70年代のランド・アートや、日常の素材で彫刻をつくるアルテ・ポーヴェラの手法がユーモラスに継承されると同時に、人や生き物と場所との接触の痕跡を、軽やかに捉えられています。


一方、冒頭の《La DS (1995)》では、1950〜70年代にシトロエン社が製造した「DS」車を3つの塊に分解し、3分の1を取り除いて流線型を強調しつた車体をつくることで、その車が象徴していた未来への幻想を強く反映しています。

《ホームラン (1993)》では、ニューヨーク近代美術館の展示室の窓から見えるアパートの窓辺に、オレンジを置いたカップを立てるよう住人に指示することで、観客を奇妙な光景の発見者と仕立て上げました。  

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