「旅は、仕事のきっかけと生き方のヒントを与えてくれた」。その旅行マーケティングのプロは言った。<前/ INDIGOと若き日々編>【#1】
■たびのちから~人と地域のウエルビーイング
「たび」には、「旅」もあれば、「旅行」もあり、「人生」もあります。もっとあるかもしれません。個人的には、旅や旅行が誰かの人生の力となり、それがもっと広がって様々な形のウエルビーイングにつながっていくといいなと思っています。そういう「たび」を続ける人、応援している方々に、それぞれの思う「たびのちから」についてお伺いしていきたいと思います。
最初にお会いしたのは、旅行のデスティネーション・マーケティングのプロとして30年以上のキャリアを経て、このほどツーリズムマーケティング会社 INDIGO LLCを設立。新しい旅のスタイルとそこにつながるコミュニティの展開に意欲的に取り組む府川尚弘さんです。
■旅を軸にした循環型コミュニティづくりへの挑戦
◎INDIGOとはどんなことを目的とする会社ですか。
旅とそれを取り巻く幅広い環境づくりに関することなら何でもやりますが、あえて言えばツーリズム・デスティネーション・マーケティングです。「デスティネーション」とは旅行の目的地という意味で、旅の需要づくりと持続的な地域ビジネス化のお手伝いをしています。
考え方としては、旅の感動と経済効果、そして旅先となる地域の自信・誇りと旅行者の満足感。そういう相互関係をきちんと実現した上で、訪れる側と受け入れる側の双方にとって質の高い豊かな暮らしがエコシステムとして循環するようなコミュニティづくり。そこに貢献できればと思っています。
◎具体的な事業について教えてください。
1つは、活性化につなげるためのプロデュース事業で、具体的には、サイクリングツーリズムを実践しているRideJapan社が企画運営する国際水準のサイクリングイベントの支援業務を行なっています。現在、シリーズイベントを新潟県の妙高と柏崎、長野県の白馬の3か所で進めています。
これは「グラベルロードバイク」という、太めのタイヤなどロードバイクよりもいろいろな道路や路面状況での性能を高めたアドベンチャーバイクが中心となり、未舗装道路をはじめ、河川敷や田んぼのあぜ道など、冒険的な走りを楽しむもので近年、各国で急激に伸びているライディングスタイル。日本でもかなり流行ってきていると思いますが、海外発の専門企業が日本をフィールドとしてグローバル水準の展開を図る中で日本市場対応やパートナー企業との調整などコーディネーター的な役割を担っています。
■サイクリングとバンライフの気になる新展開
◎コロナ禍以降、個人、または少人数で、そして屋外でできるスポーツが注目されていますが、サイクリングも世界的に注目されています。
9月開催予定の「グラン・フォンド妙高」は今年で3回目となります。初年度は私も走者として参加し大いに楽しみましたが、企画の質の高さやコース設定の素晴らしさなどは実感しています。
その評判がよかったので、白馬と柏崎もそれぞれRideJapanのパートナーの支援を得て、今年初めて開催することになりました。白馬は「グラベルフェスト」という名称で6月に、柏崎の「バイク/ビーチ/ベルグ柏崎」は7月の予定です。3か所ともRideJapanが、地域それぞれの地理・自然環境を踏まえて綿密にプランニングしています。私も3か所とも参加し現地サポートにも入る予定でいまからワクワクしています。
妙高では総距離150~160km、獲得標高は4000mを目標に走り抜くもので、美しい自然環境とはいえ、起伏は激しく最終的にはまさに自分との闘いという感じです。昨年はサイクリストが110人、帯同家族なども入れると250人を超えるイベントで多くは地域内に宿泊。イベントは日曜開催ですが、土曜に受付などを設定し、県内参加者も妙高に一泊するなど地域へのツーリズム貢献を常に考えています。
また、参加者の4割は日本在住の海外出身者で国際色も豊か、ゴール付近では各国の参加者が入り混じって互いをたたえ合う姿もあちこちで見られるのもこのイベントならではのシーンですね。
◎地域のメリットもしっかり考えられていると。「自分への挑戦」というところも興味引かれます。ユニークな取り組みですね。
これも旅関連ですが、バンタイプの改装車(キャンパーバン)で寝泊まりしながらロードトリップを楽しむという新しいライフスタイルの旅の提案を進めています。日本ロードトリップという社団法人もパートナー企業であるDreamDrive社と共に立ち上げました。
従来の旅はどこに行くかが目的でしたが、これは自分流のバンライフを送りながら好きな場所へ出かけ旅を続けるという時間の過ごし方に着眼したものです。
数年前からシニア層を中心にキャンピングカーブームが到来しているようですが、そういう大型車ではなく、車両としてはハイエースクラスを使用した手頃な空間。イギリスやオーストラリアで定着しているライフスタイルで、内装も例えば、ウッドパネルを使ったお洒落でぬくもりのある印象で、簡単な流しやきちんとしたリネンのベッドスペースはありますが、トイレは公共施設を使うといった形です。
本場ならではの体験やライフスタイルを、日本をベースとして展開する海外のプロたちと一緒に仕事をすることで、日本のコミュニティやビジネスとしてのツーリズムの質の向上にも貢献し得るよい機会に恵まれていると感じています。
■近所に越してきたアメリカ人一家の話
◎なるほど。スポーツサイクリングもバンライフも、これからの新しいスタイルの旅を通じたコミュニティづくりにつながりそうですね。そういう思いを感じます。ところで府川さんにとって旅とはどういう意味を持ちますか。
そうですね。一言でいうと、人との出会い、そしてそれによる自己刷新だと思っています。
自分がこれまでの人生で出会った人たちが、今の生き方や仕事の仕方などに大きな影響と機会を与えてくれていると感じていて、旅がそのきっかけとなりました。
まずは1980年代、私の中学のときに近所に引っ越してきたアメリカ人家族との交流です。
当時の私にとっては、彼らは初めて出会うアメリカ人で、積極的なお付き合いなど無理だと思っていたのですが、たまたま家がお店をやっていたこともあり、すぐに仲良くなりました。驚いたのは日本との生活文化の違い。例えば、そのお母さんはベジタリアンだったのでニンジンを生で食べるわけです。生のニンジンを食べる。小さなことですが、当時、片田舎に住む中学生にとっては初めての経験で、自分の中の常識はガラガラと崩れ去り、世界の広さを思い知ったわけです。
もう1つは、1990年代初頭、大学時代に受けた、アメリカのエコツーリズム研究の先駆者ローリー・ルーベック先生による授業です。講義を聞いて、海外には旅を目的にしながらも自然環境や生態系にも十分に配慮する進んだ旅の形があることを知りました。1年間の授業を通じてルーベック先生からは実に多くのことを学びましたし、数年前にはソーシャルメディアで再会を果たし、今でもカリフォルニアから私の挑戦を見守ってくれています。
夏休みの外国語研究所でのバイト体験も影響しています。英語というとアメリカ人やイギリス人を思い浮かべますが、研究所にはシンガポールや韓国などアジア系やアフリカ出身の先生方もいて、働く中で英語というのはツールに過ぎず、それを使うことで世界は広がるということを実感。同時に日本については、海外ではまだまだ未知の国であることにも気づかされました。
◎若かりし頃の多様で刺激的な出会い、さまざまな気づきが、その後の仕事や家族、INDIGOの設立にもつながっているようですね。次回はそのあたりについてお聞かせください。
【たびのちから】<後/仕事と家族編>に続く。