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戦争を体験していない私が戦争の話をこども達にするわけ【#終戦の日】
私は現在アラフォー。
両親はともに東京23区出身ですが、どちらも戦後生まれです。
太平洋戦争中は日本全国各地が空襲被害を受け、東京も1944年(昭和19年)11月24日から終戦の1945年(昭和20年)8月15日までに106回の空襲を受けています。
その中でも大規模だった空襲は
① 1945年3月10日
② 1945年4月13日
③ 1945年4月15日
④ 1945年5月24日
⑤ 1945年5月25日~26日にかけて
と5回あります。
ですが、世界史上最大の犠牲者が出た3月10日の空襲を【#東京大空襲】と呼んでいるため、子供時代の私は東京の空襲は1945年3月10日のみだけだったのだと誤解していました。
平成2年(1990年)には3月10日を【東京都平和の日】と定め、東京空襲で魏勢となられた方々を追悼するとともに平和の意義を確認し、啓和意識の高揚を図る日としています。
冒頭で書いたように私の両親は東京都出身。
どちらの実家も空襲被害を受けています。
父の実家は【#東京大空襲】の場所。
父の生母は疎開をしていたため、空襲被害を免れています。
母の実家(何度か引っ越しをしているらしいのですが、私が知っている母の実家)も被害にあい、祖母は燃えさかる火の中に逃げて助かったと聞いています。
私自身が子供の頃、父からも母からも戦争の話を聞いたことはほとんどなく、私はテレビや本などで戦争のことを知りました。
最初に被害の部分を知ったため、加害者でもあったことを知った時はとても衝撃を受けたことは今でも鮮明に覚えています。
映画「火垂るの墓」に「ひめゆりの塔」。
小説や映像化された「ガラスのうさぎ」。
子供時代には8月になると戦争に関係する映画などがテレビで放映されていたのですが、今はあまり取り上げられていません。
また、私自身が戦中のことについては知識があっても、戦後の混乱期についての知識がとても薄くもっと知りたいと思っています。
近年、たまたま父から祖父がフィリピンに送られていた話を聞くことができました。
祖父は衛生兵だったために優遇してもらえていたようですが、本軍からは援軍も食料も何も送ってもらえなかったことで仲間たちがどんどん死んでいくのを経験したそうです。
父が幼かったころ、靖国神社の前を通ると祖父は敬礼をし父も一緒に敬礼をしていたそうですが、戦犯とされる人たちが合祀されるようになってからは敬礼をやめたそうです。
また、祖父が帰還後は東京から離れた場所で働くことになったため、父は幼少期は東京で過ごしておらず、焼け野原の東京の記憶はないとのこと。
母は鬼籍に入ってしまったため、もしも戦後の焼け野原の光景を覚えていたとしても聞くことはかなわない。
今年は戦後すでに78年。
戦後生まれの人たちでさえすでに後期高齢者。
戦争体験者の人たちから話を聞く機会はますます減り、戦時中のことも戦後のことも知り得た情報をパズルのように組み合わせ、自分で理解を深め想像することしかできない。
今の私たちの価値観で考えたら、戦時中の考え方は受け入れがたいものばかりだし、突飛な考えに苦笑いしてしまうものもある。
だけど、そう思えるのは私たちが平和な世界に身を置いているから。
本当にただそれだけのこと。
東日本大震災の後の被災地ではない首都圏での物資不足。
列をなして買い物をする光景。
多くの物が入ってくる東京でも、個数制限がありました。
コロナ流行中のマスクや消毒液などの買い占めや奪い合い。
世の中の同調圧力。
物資が不足すれば人は簡単に変わる。
言論統制ってこんな感じだったのかもしれない。
と身をもって経験し、戦中はこんなだったのかもしれない、とゾワッとしたことをすごく覚えている。
非常事態になればこういったことが起こり得るのは理解できる。
だけど、日常の中でも「無料配布」とかのちょっとしたきっかけでも人が変わることも往々にしてあることも経験した身としては
今の平和な生活なんてちょっとしたことですぐに崩れ去る
ものだと思っている。
平和な日常は決して当たり前にあるものではなく、人々が努力して築き上げ、それを律して継続しているからこそ。
時代が変わったとしても、戦争が起きた時に一番被害を受けるのは一般市民なのは変わらない。
自分のこどもが戦争で傷つくのは許せないし、私がこどもを守りたいようにこどもが誰かを守りたいがゆえに敵を傷つけることだって起きてほしくない。
今年の3月10日に【#東京大空襲】の報道が大々的に無かったことで、戦争を絶対に起こしてはいけないという気持ちが減ってしまうことを私はとても懸念しました。
戦争は絶対に私の想像以上に過酷だと思う。
私が伝えられることなんて戦争経験者からしたらほんの僅かでしかないことは分かっている。
それでもやっぱり伝え続けないといけないと思う。
戦争の火種なんてどこにでも転がっていて、発火は容易。
だから発火させてはいけない。
そんな思いから「戦争を体験していない私」は子供達に戦争の話をしています。
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