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ファンではない私だけれど

 いつもここで語っている一等星の推し(以下、一等星)とは別に、最近気になっている人たちがいる。
 その人たちの活動は画面越しで楽しむのが自分にとっての適正距離。そもそも一等星が特例なのだが、私はライブ等に参加するのは苦手だし推しから認知されたくないのでひっそりと自分勝手に楽しみたい。もちろん誰にも迷惑をかけないことが前提で。
 今後もそうしていくつもりなのだが、それはそれとしてどうやらライブに参加しない私はファンと認められないらしい。

 これはライブグッズの高額転売を目論む人に対してグループのリーダーが発信した言葉だったのだが、その一部に
「1年や2年ライブに通うくらいファンならできるはず」
と受け取れる文章があった。言い換えれば、ライブに通わないならそれはファンではないということになるだろう。
 発言の一部だけを切り取るのが誤解を招く行為なのは重々承知であるし全てのファンに適用されるメッセージとして発信された内容ではないのだが、私は少なからず衝撃を受けた。
 受けて、「……左様か」と思った。

 私には過去現在多くの推しがいる。彼らを「自分の推し」と言い切れる。その一方で、自分に対しては彼らの「ファン」とは思い切れない。
「ファンとはなんぞや?」と考えても考えてもその輪郭は掴めず、「自分がファンだと思えばファンなのだろう」というところに落ち着く。
 であれば、結局私は「ファン」ではない。なんとなく、「追っかけ」というのがしっくりくる。ひっそりと相手の足跡を辿り、彼らの正面に立つことなくあくまでも後塵を拝すから。

 左様かと受け止め、ファンではなく追っかけなのだと自分の立ち位置を確かめられたら、「まあ別に」とすっきりした。
 私の推し活とは自分のためにすること。自分がしたいからすること。ファンと認められるかどうかは全く関係ない。推しへの感謝も感動も、ファンかどうかに左右されない。
 追っかけの私は彼らにほとんど貢献しない。ファンクラブに入会しないしSNSを逐一チェックしたり情報を拡散したりしない。グッズの購入もしないしチケット争奪戦に参戦しない。するのは動画の高評価ボタンを押すこと、再生回数を伸ばすことくらいだ。
 ひっそりひっそり、自分のために追っかけを続ける。それでいいしこれがいいのだから。


追記 2025/1/26

 高額転売ヤー宛ての発信のすぐあとに、リーダーが
「ライブに来られない人はファンではないと取れる書き方をして申し訳ない。そういう意味ではない」
「心で繋がっていればファンである」
と発信していた。

 私は「左様か」と思った。どちらにしろ私が「追っかけ」であることに変わりはない。
 ただ、自分の応援したい人たちが自分の言葉に思うところが出てそれを訂正できる人たちで良かったと思った。
 救われた人は、きっと多いと思うから。

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