脈々と受け継がれる魂・マセイス
日めくりルーヴル 2021年8月25日(水)
『両替商とその妻』(1514年)
クエンティン・マセイス(1465/66-1530年)
本日のカレンダー作品。ルーヴル美術館で実物を観て、その後も美術書で何度か画像を見る機会はあったのですが、作者を「マイセス」と間違って覚えていました💦。
カタカナが並んでいると 自分の馴染みある音に変換して記憶してしまいがち。昔から恥ずかしい思いをすることが多かったので、気をつけなければ…。
マイリー・サイラス(歌手)と似ていたのかしら。
記憶を修正するために、何度か口に出して発音します。 “マセイス” “マセイス” “マセイス” “マセイス” 。
初めまして。
クエンティン・マセイスは 1510年頃から生涯にわたって、ベルギーのアントワープで活躍し、
① 伝統的なネーデルラント絵画を基礎としつつ、
② イタリア・ルネサンス絵画の影響を融合させた
初期ネーデルランド派を代表する画家だそうです。
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① 伝統的なネーデルランド絵画
16世紀初期のアントワープは、国際的な商業都市として栄え、様々な国の通貨が流入していたようです。そんなアントワープの両替商での一場面を描いたのが、本日の『両替商とその妻』(1514年)。
500年以上 前に描かれたとは思えないくらい美しい✨。
それにしてもいろいろなモティーフが散りばめられていますね。
テーブルに描かれたガラス容器、真珠や指輪、金貨、天秤、凸面鏡に時祷書。
うわーっ、金貨をつまみ上げる両替商 ご主人の右手の描写や、凸面鏡に映る窓外の描き込みなど、素晴らしいですね。
棚にはフラスコ、りんご、飾り皿、帳簿、水晶の数珠、秤や火の消えたロウソクが置かれています。
金や宝飾品は「この世のはかなさ」を、りんご「原罪」、ロウソクは「死」などなど…それぞれのモティーフに教訓や宗教的メッセージが込められています。
またこの作品が最初に収められていた額縁には、旧聖書から引用されたラテン文 “自ら秤においても升においても公正なれ” と刻まれていたそうです。
(↑ 旧約聖書の預言者レビが「平和」のためには、神との正しい関係を意味する「公正」と「正義」が重要であると説く19章35、36節にあります)。
また、いろいろな対比も読み取れると言います。
例えば「聖」VS.「俗」。
時祷書を読んでいる妻 VS. 金貨を数えるご主人。
凸面鏡に映る窓枠の十字架や教会(左下) VS. 画面右端の窓から見えるおしゃべりに興じる2人(右下)。
うんうん、これぞ北方絵画、画面の隅々まで楽しいのです。
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ヤン・ファン・エイク(1390-1441年)の伝統的手法から多くを学んだと言われるマセイス。
棚の書物にのせられた羊皮紙に「画家クエンティン・マセイス」と書かれていること、また凸面鏡に絵画の外の世界を写し込んでいる、そして写り込んだ人物はマセイス自身であると言われているのですから、ヤン・ファン・エイク『アルノルフィーニ夫妻の肖像』(1434年)を思い起こさせます。
『アルノルフィーニ夫妻の肖像』は知れば知るほど偉大な作品なのです。
また両替商という主題についても、その典拠は、ヤン・ファン・エイクの失われた作品『帳簿をつける商人とその手代』と言われているそうです。失われたのですね…残念、見たかったです(涙)。
現存する先例としては、ペトルス・クリストゥスの『聖エリギウス』(1444年)があるそうです。
ふむふむ。描かれた静物のモティーフはほとんど同じです。こちらの凸面鏡にも外の世界が写り込んでいて、テーブルの側面には何やら文字が…。
クリストゥスはヤン・ファン・エイクの弟子というのですから、面白い!
脈々と繋がっているのですね。
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マセイスの『両替商とその妻』の魅力はこれだけではありません。
私が惹かれるポイントはその “色彩” と “構図” のハーモニー。
モティーフを際立たせている テーブルカバーの落ち着いた緑色は、妻の襟元、袖口そしてベルトにも配されています。また妻の被り物と主人の襟、袖口のファー部分の茶色は、背景となっている戸棚の色と呼応しているようです。
そして妻の上着の赤色は、ご主人の袖口にのぞくシャツの色、そして時祷書に描かれているマリアの衣服と近しいようですね。
この何気ない “色彩のハーモニー” が、私を落ち着いた気持ちにしてくれます。
絵画作品の構図については全くの素人なので、以下 勝手な解釈をお許しください。
背景となっている戸棚の水平線、棚に吊るされたモティーフや右端に覗く外の世界がつくる垂直線によって、作品に安定感とともに少しお堅い感じを与えています。
♪カタカタ、コンコン、ゴツゴツ。
一方テーブルの上のモティーフは乱雑に広げられているようです。
♪ゴチャゴチャ、ザザーっ、バラバラ。
しかし、同じ秤を見つめるために寄り添った夫妻が形づくる大きな三角形が、作品全体をまとめているように感じるのです。
ここで夫妻の “手の動き” にご注目あれ。
秤を釣り上げるご主人の左手と、時祷書のページをめくる妻の左手の角度や指の繊細な形!
金貨を一枚拾い上げたご主人の右手と、時祷書を押さえる妻の右手!妻は両手を交差させているものの、その角度や形、控え目につけた指輪や指先のしなやかさ。流れるようにシンクロした そのパフォーマンスにうっとりするのです。
秤を見つめる夫妻の視線を感じながら、二人が織りなすシルエットに沿って指揮棒を振ってみたら、三拍子の滑らかなメロディが聞こえてきました!!!
失礼。一人で勝手に興奮してしまったようです💦。
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② イタリア・ルネサンス絵画の影響
マセイスはレオナルド・ダ・ヴィンチから多くを学び、ネーデルランド絵画の中にルネサンス的形態や、優雅で洗練された人物表現を取り入れたそうです。
こちらをご覧ください。
左)レオナルド「聖アンナと聖母子」(1508年頃)
右)マセイス『聖母子と子羊』(1513年頃)
聖母マリアやキリストのポーズ…影響というより、構図は「そのまま」真似したという気がします。そしてマセイスは、スフマートやネーデルランドの景色に空気遠近法などをうまく取り入れたのですね。
こちらもそっくりな作品です。
左)レオナルド『醜い頭部』(素描)
右)マセイス『醜女の肖像』(1513年)
「不思議の国のアリス」(1865年)に出てくる公爵夫人のモデルにもなったと言われるこの風刺画。ひと昔前までレオナルドの先行する素描を元にマセイスが『醜女の肖像』を描いた、と考えられていたそうです。
しかし、レオナルドとマセイスは素描を交換していたことがわかっており、現在ではマセイスの絵を元にレオナルドが素描を作成したと考えられているそうです!
おおーーっ。レオナルドもマセイスに学んでいたのかも知れません。
それにしても “素描の交換” って素敵すぎます。
お互いに影響を与え合う画家たちの絆と、脈々と受け継がれる魂。その果たした美術界への影響の大きさを考えて、一人でクラクラするのでした。
<終わり>