画壇の明星(23)・ネーデルラントの「バウツ」
古本屋さんで見つけた1951-1954年の月刊誌『国際文化画報』。その特集記事【ルーヴル博物館案内】や【画壇の明星】についてシリーズで投稿しています。
美術界の巨匠たちは 70年前の日本でどのように紹介されているのか、そして70年前、日本という国はどんな様子だったのか・・・。
前回、1954年2月号を投稿したのですが、1月号を飛ばしていたようです。
というわけで、今回は1954年1月号です。
********************
今月号の特集【ルーヴル博物館案内】は、
① 記事の右ページ:ディーリック・バウツと
② 記事の左ページ:バルトロメ・ムリーリョです。
最初に ① 右ページのディーリック・バウツ『永劫に罰せられた者の転落』を見てみましょう!
【初期ネーデルラント(現在のベルギー、オランダ)絵画】とされるこの、ちょっとコミカルな魔物たちや画風はヒエロニムス・ボッスに通じる何かを予感させます。
+++++++++++
まず、ディーリック・バウツも含まれる【初期ネーデルラント】の画家を何人かピック・アップしてみました。
◉ ヤン・ファン・エイク(1390-1441年)
◉ ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(1399/1400-1464年)
◎ ディーリック・バウツ(1410/1420-1475年)
◎ ハンス・メムリンク(1430/40-1494年)
◉ ヘラルト・ダーフィット(1460-1523年)
◉ ヒエロニムス・ボッス(1450-1516年)
◉ クエンティン・マセイス(1465/66-1530年)
うわーーーーっ!ものすごい顔ぶれです。
そして◉印は、私がすでに過去のnoteで投稿した画家。私は結構ネーデルラント絵画が好きなのですね(笑。
同じ系列にヒエロニムス・ボッスがいます。
あまりにも豪華な顔ぶれなので【初期ネーデルラント画家】の作品をご紹介しましょう!。
そしてこの間に、ディーリック・バウツ作品(←作品は後述)が来ます。
本当に贅沢な布陣、これぞ【ネーデルラント絵画】!。
ディーリック・バウツ。。。どこかで名前を聞いたことがあるような・・・と、ずっと考えていたら思い出しました!!!
国立西洋美術館の常設展で何度も観てきたこちらの作品。
おーーーーっ!ディーリック・バウツ「派」とあるので、本人ではなく、ディーリック・バウツ周辺の画家ということですが、おそらくディーリック・バウツの描いた作品を模写したものでしょう。
俄然 興味が湧いてきたので、さっそく調べてみましょう。
++++++++++
ふむふむ。。。
彼の作品をいくつか画像検索してみました。
祭壇画の中央パネルは、まさに「最後の晩餐」の場面です。
この厳粛な儀式が、身近な家庭の居間の中で、しかも昼間に行われているようです。ちょっと緊張感に欠ける、長閑なお茶会という設定にも思えます。
そして、テーブルを囲む十二使徒の他に、寄進者や、「もしかしたら画家本人か?」と言われている右隅に佇む赤帽の男性など、実在の人物が、何食わぬ顔して普通に立っています。面白いですね。
レオナルド・ダ・ヴィンチが『最後の晩餐』を描いたのが、1495-1498年というのですから、その30年も前に描かれた同主題の作品。
作品評の中には、
「中央に座るキリストの頭上を消失点とした透視図法を大胆に採用しているため
“はなはだ ぎこちない空間が不自然”」
という記述もありましたが、いえいえ。素晴らしいです!。
そして両翼の上部に描かれている旧約聖書のエピソードには、穏やかな光が醸し出す 奥行きある風景が広がっています。
++++++++++
ルーヴル美術館が所蔵するバウツ作品がこちら。
バウツはファン・デル・ウェイデンの影響を受けている、と言われていますが、人物描写やその構図にはぎこちなさが指摘されています。
確かに。私がその作品に引き込まれるロヒール・ファン・デル・ウェイデンの画力には到底敵わないような気がします。
しかし。ルーヴル美術館の学芸員はバウツの描く【風景】について「先達の成し遂げたものをただ単に追従しただけでなく、これを大きく増幅させている」とした上で、この作品について
「小さな絵の中に閉じ込められているとは思えない美しい風景が背景に描かれている。柔らかな緑がかった丘の間に、エルサレムの街が夕焼けでバラ色に染まっている」と語っています。
ほーーーっ。ルーヴル美術館を再訪した際には、じっくり見たいものです。
++++++++++
そして彼の遺作がこちら。
15世紀フランドルの各都市の市庁舎に多く描かれた “裁判画” です。
皇帝オットーの妻である皇后が “伯爵が自分に言い寄った” と訴えたので、オットーは伯爵を斬首の刑に処します(左画面)。しかし伯爵の夫人が真っ赤に熱した鉄棒を握り伯爵の無罪を証明(右画面の前景)。実は “伯爵が皇后の求愛を拒んだ” ことが判明するのです。皇帝オットーは、偽りを述べた妻・皇后を火刑に処する(右画面の奥)という話です。
斬首、火あぶりと何とも凄惨な場面のはずですが、不思議と静謐さと穏やかな雰囲気が漂っています。衣装が素敵✨。
そして、細長い人物の配置が前景から途切れることなく連続して導線を作り、奥行きを感じさせます。視線がそのまま遠景へとつながり、遠くに広がる風景描写に誘われるのです。
ほーーーっ。ファン・デル・ウェイデンにはない魅力がありますね。
++++++++++
ディーリー・バウツのことが少しわかったところで『国際文化画報』・本日の一枚を見てみましょう。
制作年が1450年としたら、バウツ前期の作品です。
ルーヴル美術館のデータベースからこの作品を見つけました。制作年には「?」マークがあり、artist=ディーリック・バウツとなっていますが、作品説明の所に、ヒエロニムス・ボッスの名前も書かれています・・・???
本当にバウツの作品かしら?
もし、
「実はハンス・メムリンクが作者でした」とか
「これはヒエロニムス・ボッスの作品であることが判明しました」と言われたら、素人の私はあっさり信じてしまうことでしょう。
本当にバウツの作品でしょうか???
70年前の雑誌に掲載された情報は、そのまま信用せずに、自分でしっかり判断する必要があるのです(キッパリっ)!。
ハウス・メムリンク(左)やヒエロニムス・ボッス(中央)の作品と並べて、本日の作品(右)をじっくり観察してみましょう。
地獄に『転落』していく場面なのですが、まず目に入ってくるのは前景で奇妙な怪物や悪魔に痛めつけられる人たち。次に画面中央へと連なる、吊るされた人たち・・・さらに視線が上部に導かれて上空(人間界)から落ちてくる人や、優雅に空を舞う怪物たち。空は夕焼けでバラ色に染まっているようにも見えます。
ふむふむ、細長い人物像、前景から後景へ視線を導いている点がバウツの特徴のようにも思えてきました。
もっともっと自分の見る目を養わねば・・・!と気を引き締める一方で、
「ネーデルラント絵画って、どの作品も細部をじっくり鑑賞するのが楽しい!」と夢中になってしまうのです。楽しい!
********************
最後に、
バウツ(派)とされる国立西洋美術館のこちらの作品についてプチ情報です。
ディーリック・バウツ本人が1470年代に制作した個人礼拝用の対幅祭壇画は失われてしまいました。しかし大変人気があったため、多数のヴァージョンが工房や周辺の画家によって制作されたそうです(これもそのひとつ)。
知られているだけで10組の対作品と、片方ずつの単独像が20点以上世界各国に現存しているのだとか。
1980年に『荊冠のキリスト』(右)を単独像として国立西洋美術館が購入・展示をしていました。21世紀になって同サイズ・同形の『悲しみの聖母』が発見されます。取り寄せて蝶番を合わせてみると、何ともピッタリ!。対幅の相方だったのですね。2007年に美術館が購入することで、晴れて対幅祭壇画として展示されているのです。
以前は観ているだけで胸が痛くなっていた作品なのですが、この奇跡の再会話を知ってから、お互いを思いやり涙を流す聖母とキリストの再会を思い、胸が熱くなるのです。
********************
ネーデルラント絵画にハマって、投稿が長くなってしまいました。
1954年1月号『国際文化画報』に掲載された
バルトロメ・ムリーリョ『聖家族』
については、次回投稿します。
<終わり>
********************
お時間ある方は【ネーデルラント絵画】過去記事をどうぞ。
↓ ◉ロヒール・ファン・デル・ウェイデン
↓ ◉ヒエロニムス・ボッス
↓ ◉クエンティン・マセイス
↓ ◉ペトルス・クリストゥス
以 上