ポントルモが生み出した 【マニエリスト】
前回、【マニエリスト】の画家ヤコポ・ダ・ポントルモ(1494-1557年)が1554年から1556年(60-62歳)にかけて遺した『日記』について投稿しました。
異常なまでに死を恐れた60歳のポントルモが、自分の健康を厳しく管理する必要から記録し始めたとも考えられる奇妙な『日記』。
そこから見えてきたのは、「孤独な変人」「奇人」、用心深くて人付き合いが苦手な画家の姿でした。
そして彼の代表作品とされるのがこちら。
私にはその「素晴らしさ」が今ひとつ理解できない作品です💦。
そんな奇人変人のポントルモが、【盛期ルネサンス】から【マニエリスム】 の移行期において “鍵となる人物” であったとの解説を見つけて、その謎を解こう!と この二週間ほど何冊か資料を読んでいた次第です。
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【マニエリスム】とポントルモについて、私の理解はこんな感じです。
ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロといった盛期【ルネサンス】の巨匠たちの成し遂げた功績は偉大で圧倒的。そのため 後に続く画家たちは彼らの手法(マニエラ)を模倣することで精一杯だったのですね。
しかし、新しい技法を生み出して ものすごい勢いで頂点に達したルネサンス期において、模倣にとどまることは衰退を意味します。
先人が偉大であればあるほど超えなければいけない壁は高く、そして人々の苦悩は深いのです。
偉大な功績を「壁」と感じない人や、越えられない高い壁を前にして途方に暮れるのが凡人ならば、
自分なりのやり方を模索しながら新しい道を切り開いていく人々が巨匠と呼ばれるのかも知れません。
おっ。
印象派を越えようと、自分にしかできない表現方法を模索したポスト印象派の画家たちの作品が思い浮かびました。セザンヌ、ゴッホ、ゴーガン・・・。
ちょっと脱線しました、話を戻しましょう。
・天才肌レオナルド・ダ・ヴィンチがもつ神秘性、
・超人的な精神力と創造力のミケランジェロの厳しさ、
・調和の取れたラファエロの甘美で穏やかな安心感。
彼らの絵画手法が「正解」であり「到達点」である、とされていた中で登場したのがポントルモです。
ポントルモは、アンドレア・デル・サルトから古典主義を学び、ミケランジェロの情熱的で複雑な構図、鮮やかな色彩に影響を受け、デューラーの版画に見られる圧縮された遠近法などを取り入れたといいます。
ここまでならば、彼らの手法(マニエラ)を模倣するにとどまっています。
しかし、それにプラスされた大きな要因がポントルモの奇人変人ぶりなのですね!
遠山公一先生のポントルモ解説を見つけて、全身に電気が走りました⚡️。
孤独を愛し、強迫観念に取り憑かれた奇人変人のポントルモが、
【盛期ルネサンス】の巨匠たちの調和の取れた完全性を模倣するにとどまらず「破壊」することで新たな道を切り拓いた!
それを我々は【マニエリスム】と呼ぶことになるのですね!!
このフレーズ、痺れました⚡️。
そして再度『ポントルモの日記』を読み返しました。
前回の投稿で、
“ルネサンス期を生きた画家本人の日記” に期待を抱きすぎて「思惑が外れた」「ちょっとがっかり」「わかったのはポントルモの変人ぶりだけ」
と書きました。申し訳ない。
ポントルモが過ごした日々の全てが、【マニエリスト】につながっていたのですね。
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ポントルモの代表作をもう一度鑑賞してみます。
やはり私にとってはちょっと変わった作品に見えます。
カンヴァス中心にあるのは人々の手です。その周囲で渦を巻くように“ぐにゃっ” と描かれた人々の視線はバラバラで、オロオロしているようです。
ピンクや水色の淡い色合いは、何もかもがフワフワ浮いているようで私まで不安になります。
救世主を失って途方に暮れ 悲嘆、混乱している人々を表現しているということなのでしょうか。
しかし私は、作品の主題から離れてさまざまな想像を膨らませてしまいます。
不謹慎ながら吹き出しをつけてセリフを書き込みたくなります。
悲しみに暮れる聖母マリアの掲げた右手は、バラバラの人々をまとめるタクトのようにも見えてきました。この後、どんな音楽を奏でるのでしょうか。
とにかく、とにかくいろいろ突っ込みたくなるのです。
ダヴィンチ、ラファエロの作品を鑑賞するとき、私は全くの受け身です。
その圧倒的な素晴らしさに「ほーーーっ。」とため息をつくばかり。
ミケランジェロの作品を鑑賞するとき、私は圧倒されて身動きが取れなくなります。少し違和感を覚えても、言葉を発することはできないのです。
しかし、ポントルモの作品の登場人物には隙があるため、私はポントルモに向かって「おいおい」と異議を申し立てて楽しむのです。
前回ご紹介したパルミジャーノ、ブロンズィーノ、エル・グレコも同じですね。
2023年6月27日現在、私にとっての【マニエリスム】をまとめると・・・。
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最後に『ポントルモの日記』の装幀について。
作品『十字架降下』カンヴァスの右端に描かれているのはポントルモ自身だそうです。
『ポントルモの日記』の装幀から私に話しかけようとしていたのは、日記を書いたご本人だったのですね。
こんにちは、ポントルモさん。
一人だけ落ち着いた色の衣装を身につけたあなたは、人々の騒動を冷静に見つめているのですね。
そして、『ポントルモの日記』の装幀に採用されている食卓を描いた作品がこちら。
なんと『エマオの晩餐』に描かれている「晩餐」は、まさにあなたが摂っていた “けちくさい食事”(宮下孝晴先生の解説より)ではないですか!
そうだったのですね・・・面白いです。
あなたのこと、そしてあなたが生み出した【マニエリスム】が好きになりました。
<終わり>