言葉を変換する脳、がんばって。
本当に毎日どうでもいいことを書いている。
毎日どうでもいいと思われることを書いているのに、それでも読んでくださる方々へ。ありがとうございます。
何度もスタートしては数日で諦めてきたnoteですが、今回(1月1日からの29日間)はなぜか続いているんです。自分でも理由がわからないのですが、おそらく「どうでもいいことを書いている」からではないかと思っています。
特に役立つわけではなく、知っていても知らなくても生活の質は変わらないようなことばかりを書いています。
でも今月、気づいたことがあるんです。それは、どうでもいいことを考える時間が増えたということ。
一日のなんとまぁ多くの時間を「え、英語で言うと?」「え、日本語だと?」と言葉の変換についてば・か・り考えていることがわかりました。
日本語と英語の関係性を知ることによって、何がどう変わるのだろう。よくわからないのですが、どうやら私の表現したいことに近づけたり、なんなら子供の頃から悩んできた「アイデンティティ」あたりのテーマと繋がってくるみたいです。
そして今までは、自分がひとりでぐるぐる考えていることを、どこにも出してこなかったのです。いや、それをここに出さないで、と言われるかもしれません。でも毎日noteに何を書こう〜と考えているうちに、色々な言葉に反応している「瞬間」に気づくようになったのです。
その瞬間はランニングをしている時に訪れたり(ポッドキャストやオーディオブックを聴きながら走るので、英語のフレーズが次々と耳に飛び込んでくる)。朝のコーヒーを入れている時や、パンを焼いてハチミツを塗っている時も何かを考えています。
(その思いついたフレーズを @honeytoastdaily というインスタアカウントを作って載せるようにまでなってしまった。毎日食べるハニートーストと同じぐらい日常的で平凡なこと、という意味で)
バスのアナウンスも、カフェスタッフの対応も、ニュースを見ていても、洗濯物を干していても。頼まれてもいないのに一日中言葉の変換をしていると、脳がただ疲れたーと何もできなくなる時があります。(多言語を使う脳は本当に疲れているというサイエンティフィックな記事を見つけた時には飛びつきました)そんな時はイアフォンで音楽を聴きながら、踊ったりします。最近はドライヤーで髪を乾かしながら、Siaの新曲を聴いて踊っています。
そしてそれをこの場で思いつきのように置かせていただく。(ここに置いておきますね、と時々ツイッターで見るあの表現、すごく好き。でもちょっと恥ずかしくて使えない)
さてまたまた役に立たない話を長々としてきたところで(ごめんなさい)そろそろ、Let's wrap it upしますか?
今日のフレーズ、let's wrap it up。↓