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そういうもんです

 気温31度から冷房の効いた床屋の店内に入る。受付をしながら、混んでいても予定を変えなくて良かったと思えるくらい快適な温度に喜び、待合室の椅子に座った。駐車場の時点で混んでいるのは分かっていたから、読みかけの電子書籍を開く。
 頭がスッキリしている。髪を切る前からおかしな感じだがそうではなくて、眠気や足を組み替えたときの身体の重さまで無くなったような「スッキリ感」がしている。
 読書がなかなか進まないときがある。そんなときは、今日は疲れているからを筆頭にして、椅子をもっといいのに変えないととかこの場所じゃ集中できないんだよとか、いくらでも理由が沸いてきてしまう。ここで「本当にはそんなことは無い」と、良い子になることは容易いが、そんなことより更に“読書が進まない理由”の核心をつく、新しい言い訳を提案したい。
 湿度の問題なのだ。
 よく天気予報で言う不快指数というやつに言い換えても良い。本には、一冊ごとに快適に読める湿度が決まっているのだ。それを表示していないから、わたしたちはこんなにも読もうと思っている本を読めないことがある。ああ、嘆かわしい。食べ物には、賞味期限と消費期限を分かりやすく表示して消費者の健康に気遣っているのに、どうして本には「適正環境」を表示してくれないのか。こんなに読みたいのに読めないというストレスを抱えている人がいるというのに。別に、値段の高い読書用のソファーを買ったり、気分転換にお洒落なブックカバーを巻き付けて外に行ったりと間違った努力をしなくても良かった。ただ肌がすべすべ感じるような湿度と気温、それから晴れた午前中の窓からさす陽の光の明るさと、ざわつきと腰を下ろせる尻が痛くない程度のベンチタイプの椅子とが必要だっただけなのだから。

 ……さま、……さま。
 順番が来て名前が呼ばれた。
 
 あまりにも快適すぎて気持ちよく読書が始められたもんだから、途中でそのことを書くのに夢中になってしまった。
 ――また、読みかけは読みかけのままになってしまった。

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雨音ムッツ
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