〔ショートショート〕懺悔室の青年

青年は神父にはなします

犯すかもしれない罪のことを考えて
電球が切れてしまった部屋みたいに
手探りで壁をみつけるように歩く
今の自分のことをはなします
罪はまだ犯していません
でもどうしても
どう考えてもそこに辿り着く気がして
考えずにはいられないのです
腹がすくのです
すみません
どうしょうもない男です
尊厳や忍耐など持ち合わせていない
19にもなって空腹を
我慢できないかもと恐れているような
そんな男なのです
世界には食べたくても食べられない
貧しい人たちがいるのも知っている
でも
そんなことよりも
田圃でミミズを啄む白鳥が羨ましいし
車に轢かれた猫をつつくカラスに嫉妬してしまいます
ただ肉が食べたい
そう思ってしまうのです
おかしいですよ
はい
それは分かるんです
気色の悪いことも承知しています
でも考えてしまうんです
頭を振って追い払おうとしても
無駄なんですから
何度もそうやって頭を振って
目を瞑りながら追い出そうとしても
イメージがこびり付いてしまっている
知らない人の小便の入ったコップを
綺麗に洗ったから大丈夫と渡されても
それで水を飲むのはなんか嫌です
そんな感じです
そのくらい強力にこびりついている
わたしだって抵抗しています
ぎゅっと眉間に力を入れて
そんなイメージなんて押し出すように
歯磨き粉のチューブから最後の一搾りを出すみたいにして
感覚的な工夫を加えた押し方をして
排出を試みています
でも上手くは行きませんでした
それで
はなしはここからです
神父様
最近目を瞑ると
その暗闇の中に男がいるんです
ぼんやりとしていて
でも
ぎゅっと眉間に力を入れると幾らかは見えるようになります
暗闇の端のほうです
上半身裸の肥った腹回りで
腰にはヒラヒラしたスカートみたいな
なんというか
むかしのエジプトでピラミッドの上に石を運んでるような格好の
なんとなくそんな感じの男が
片膝立ちで隅の方にいるんです
手には棒を持っている
竹のような細長い棒で
先の方に縄でつくった円形のものが付いています
何に使うのか
わたしは考えました
はい
それはもう真剣に考えました

恐らくは豚です
豚を捕まえるんです
あの輪っかの縄の部分に豚の頭を突っ込んでぎゅっとする
豚は凶暴ですから
あのくらい長い棒が安全です
だから男はわたしのために豚を
捕まえてくれるんだと思っています
そうしたら
やっと肉が食べられます
これは罪にはなりませんよね？
え？
その道具は豚じゃなくて
逃げ出す人を捕まえるものじゃないのかって？
逃げないように？
わたしをですか？
はははっ
神父様は面白い人ですね
そんなこと思いもしませんでしたよ
いやぁ
神父様とはなしたら
すごく楽になりました
ありがとうございました

でも暗闇の男が
わたしを輪っかで捕まえたら
わたしは男を食べちゃいますよ
お腹すいてますから