〔ショートショート〕 友達図鑑
過ぎ去った年月の中に閉じこもるには、理由がある。でも大勢の人が、それを妨害しようとしてくるから煩わしくなって、それから嫌いになった。
十歳の誕生日に、ボクはその本を盗むことを決めて、17歳のときに実行した。その本は、皆が言うには「みんなの」もので、100ページくらいあり、それほど重たくはない。
本については常識的な共通のルールがあり、それを守るのが普通のことであるらしい。ネタバレをすることに異常に敏感で、そんなことをするのは信じられない悪である。それから、ゆっくり自分のペースでいいから読み終わらなければならない。この街の人たちは、この2つを守りながら生活する。だけどボクはこのルールに全く納得できなかった。だから、本を盗むことにしたんだ。
この本は、「ボクの本」だ。だから28ページくらいまで読んだところで、もう読むのを辞めることにした。
たとえば快晴の澄んだ青空の日に。あるいは街中が盛り上がる年に一度のフェスティバルの次の日に友達が死んだとしても、最後にはいずれクライマックスが待っているのだから全部読みなさいと平気な顔で諭してくる。
そうだ、確か一度目に捕まったのは、氷漬けのマンモスの横に本を隠して一緒に冷凍保存しようと思ったときだった。「なんて馬鹿なこと」と、あかぎれしたボクの手を掴み、本を奪い取り、街へと連れ戻した。
二度目は、正直に「もう本の続きは読まない」と宣言したときだった。だけど「それは普通じゃないから」と、さっぱり理解できないといった顔で叱りつけてきた。理解できないのは、こっちの台詞だと思った。産まれたときから、「これからみんな死んでしまいます」と、作者からネタバレをされているのにそれは無かったようなふりをして、「まだ全部読んでないのにネタバレするな」と罵声をあびせる。それが普通だなんて……。ボクの友達に起きた悲劇よりも”普通”でいることの方が大切だなんて、到底納得のできないことだ。
ボクは早くネタバレが聞きたい。本当に面白いクライマックスが待っていいるなら、尚のこと。それで構築された世界が壊れてしまうというなら、それはその人の本ではないからだ。でもボクの世界は壊れない、だから、この本は「ボクの本」なのだ。
これから、もう一度この本を盗み出す。
もう君が居なくなったこの世界を嫌いになったから。