失うから、私たちはそこに足して
洋装の何たるかを知っている
すべての”いつかこうなりたい”を体現したようなマダムを見た。
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お年を召した女性が、とてもとても素敵な着こなしをされていた。
洋服の着方、かくあるべしといった風。
マダムは、年の頃70歳くらいだろうか。
痩せた体に、ロイヤルブルーのジャージードレス。
体に沿って、スカートはタイトに。胸のあたりは優雅なドレープを描いてる。
髪はショートカットで、変に若作りもしていない。
年相応な肌に輝く、金色の首飾りがゴージャスだ。
それに、同じ金色の、おそらく年代物であろう指輪も。
こんなお洋服を着こなしてすごい、素敵だなあと思って見ていたけど、
この装いが痛々しくならない理由は、
頭のてっぺんと、胸元と、足の先にあるような気がした。
彼女は潔くショートカットにして、ゆるやかにパーマをかけている。ふんわりと整えられた髪は、清潔で柔らかく、威厳がある。
つやつやのロングヘアとかで張り合っていないところが、さすがの余裕。
わたしも、ある程度年齢を重ねたら髪は短くしたいと思っているくちなのだけれど、彼女みたいに上手にそれをやってのけたいと思った。
そして胸元。
仕立てのいいドレープが胸元を上手に隠している一方で、
貫禄のあるデコルテと、それにふさわしい重厚なネックレスは、この年齢まで積み重ねたもののある人にしか、似合わないもの。
最後に、足元だ。
5cmちょっとくらいの太いヒールで、アンクルストラップ。色はグレーと黒のバイカラー。
髪型がそうだったように、彼女はまた足元もリアル。
もし細くて高いヒールなど履いていたら、危なっかしくて見ていられなかったかもしれない。
でもきっと彼女は自分の体のことをよく分かっていて、太いヒールで、足元をしっかり支えてくれるアンクルストラップを選んだ。
何から何まで、自分のことをなんとよく分かっておられる方だろう。
そして、年を重ねることを、上手に手のひらで転がしている。
そうそう、これだ。これが和服と洋服の決定的なちがい。
基本的に和装は、若い頃ほど華やかな模様を身に纏う。
そして、年を重ねるほどにだんだんと色合いは落ち着いていく。
年齢に”応じた”服装をせよ、というところだろうか。
でも洋服の考え方は、正反対だ。
肌の輝きが減ってきたから、そこにアクセサリーを足し、
年齢とともに失われるものの代わりに、華やかな色や柄を身につけて
そうやって、足し算をしながらバランスをとっていくのが、洋装だと聞いた。
わたしの見たマダムは完全にそれを理解していて、
自分の現実を天秤にかけながら、お洋服を選んでいらしたのだろうと思う。
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洋装、それは我々の持ち物ではなかった。
だからまだ、理解できないところも多くあるのかもしれない。
けれどその何たるかをきちんと知れば、あんなに素敵にもなれるもの。
学びながら、年を重ねていこう。
いつか自分に何かが足される日を、楽しみに待って。