帽子にニュアンスを縫い込んで
ときどき通りかかるショウウィンドウに、ベレー帽が飾られているのを見た。涼しげな素材で編まれた、スモーキーな色とりどり。
そしたら急に思い出した。今年の冬、とても楽しくベレー帽をかぶっている人を見たことを。
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その人のグレーのベレー帽は、一見すると普通なのだけど、どうもほかのいろんなベレーとは表情が違うような気がして、
かぶり方が上手なのかしら、とわたしは不思議に思いながらそれを眺めていた。
突飛でもないのだけどなんだか目を惹いて、その人の頭のかたちを自然と綺麗にまるく見せている、帽子の役割をよくよく果たしているといった風情の、それは優秀なベレー帽だった。
電車の席が空いて、その人は腰掛ける。わたしは彼女の帽子を上から見下ろすかたちになった。
それで、そしたら色々な謎が、わたしは全部よく分かったのだった。
グレーのベレー帽は、同じトーンの灰色がかった水色の糸で、3箇所ばかり留められていた。
右側、左側、それと頭のてっぺんから少しずれたあたりに生地をすこし折って、うまい具合に縫いとめて。
その3箇所があるおかげで、帽子には微妙な山と谷ができて、
それがちょうど良い感じに、360度違った表情をみせているのだった。
ああなるほど、こういうやり方があるのかとわたしは感心して、
いつか自分もやってみたいから、憶えていようと思ったのだった。
ぺたりとお皿みたいになりがちなベレー帽をかぶるとき、
その細工をすればちょっとだけ素敵になれそうな気がして。
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帽子をかぶるとき、それはどういうことを期待しているのだろう。
頭のかたちを綺麗に見せること、お洋服にアクセントをもたらすこと、
表情を隠すこと、暑さや寒さを避けること。
色々なことが考えられるけど、せっかくならば自分にぴったり合うやり方で、楽しくかぶりたいものだと思う。
そのためにはかぶり方を鏡の前であれこれ試行錯誤してみたり、
あの人みたいにちょっとした工夫をしてみたり、
なんにせよ帽子について日々考えて、心を向けてみることが必要なのだろうなと、
様々な表情を見せるそのベレー帽を見て、わたしは帽子と近づく方法がなんとなく、分かったような気がしたのだった。
今年は暑くなりすぎて、あまり外に出る機会もなかったけれど、
もうすぐ秋がやってきて、そのあと冬がやってくる。
そしたらわたしは気に入りの帽子たちを持ち出して、
毎日遊んでみよう。去年よりもっと仲良くなれるように。