優雅に、そしてロックンロールに
今まで着てきた洋服を、ひとつまたひとつと手放したいような気持ち。
それは身軽でどこか心細く、でも見違えるようにすっきりとした心。
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放っておくとお洋服のことなど考えてしまうような性分だし、
よくそんなことをここにも書き記しているから
「よほどたくさんお洋服をお持ちなんでしょう」と実際に会った人にはときどき言われたりする。
だけど実際そんなことはなく、
むしろ持っている服をきちんきちんとリストにして、
何度着たかを数えたりさえするわたしである。
買うのより捨てるのの方が難しかったりして、ぼろになったのをまだ気に入っていたりもする。
ここ何年かは完全に”保守”と言って差し支えないような服を好んで着ていた。
それがわたしにはとても似合うし、人様からどういう風に見えるかも分かって
己を客観的に”使いこなしている”ような気持ちだった。
だけどちょっと、一年とか前から少しずつ、
どこか心の奥底で、そんな自分を食い破りたい心理が大きくなりはじめていた。
人はわたしの格好を見て、わたしをそのように見る。
それはある程度わたしが意図したことで、でもやっぱりどこか、それだけじゃないのに、という気持ちが不満にくすぶっている。
くるくるふわふわした髪じゃなく
優しい色合わせのワンピースじゃなく
愛しいグレージュのハイヒールじゃなく
もちろんそれらもわたしだとして
もっと、もっと何か違うものがわたしの中にはあるはずなのに。
わたしはもっとロックでスパイシーで美しいはずなのに。
そんな風に思い、でも慣れ親しんだ己が惜しくもあって
本当はどんな服を着たいのかとか
どんな自分を表に出していきたいのかとか
どう見られることが耐え難いのかとか
冬眠しながら見る夢のように日々考えては過ごしていた。
そして春が来る。
目を覚ます。何が好きなのか思い出す。
わたしはやっぱり複雑な刺繍が好き。
どこかきらきらした服が好き。
黒は似合うと言われてもあんまり着る気になれないし
スカートばかり買ってしまうのもご愛嬌。
フィット&フレアの代わりに今は背中が大きくあいたワンピースが着たいし
ジャケットを着るなら中はシルクのキャミソールだけでいたい。
休日にしか出番がないような服を持ちたいと思うし
大変すぎてデザイナーが二度と作りたくないと言う靴も履きたい。
エレガントなわたしも居ていいけれど
もっとロックなわたしが居てもいいはずだ。
そう。これからはそんな気分。
守ってきたものと、これから打ち破るものを
保守と革新を
エレガンスとロックを
わたしの配合で着る。
春。