水辺の遊び方
そろそろ夏も本格的なので、
ヨーロッパで教えてもらった、水辺の遊び方の話でも。
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ヨーロッパでは冬を過ごすことが多かったのだけど、
ときどき夏にも、顔を出したりしてはいて。
その年は、友人がどこかよその国から帰国するというので、
彼女のお姉さんの家に、みんなして滞在することにしたのだった。
家の近くに湖があるから水着を持ってきてねと、
そう言われていたので、わたしは当然のごとく、
1枚しか持っていない水着をスーツケースに詰めて飛び立った。
滞在はもちろん愉快で満ち足りて、わたしはその田舎暮らしを大いに楽しんだのだけど、
水辺の遊び方に関してだけは、楽しみ上手な彼らのほうが、いくつも上手だったのだった。
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「水着は何枚持ってきた?」
「読み物はどうするの?」
そう聞かれて、最初はその意図するところがよく分からなかった。
水着は1枚で十分じゃないの?1枚しか持ってこなかったよ。
そう答えたら彼女たち、まったくこの子は分かってないなあという顔をして。
水着は2枚以上いるのよ。
着て、水の中に入って、水から上がったら乾いた水着に着替えて。岸辺で遊んでいるあいだに濡れた1枚を乾かすの。
そうすれば、ずっと気持ちよく乾いた水着を着ていられるでしょう?
ふうん。
そのときはそうとしか思わなくて、でも彼らがうるさく言うので仕方なく、もう1枚調達して出かけたら。
彼らの水辺の遊び方ったら、本当に上手だったのだ。
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まず、湖に行くのに、彼らは大量の荷物を持っていく。
中身は、コーヒーカップにお皿にカトラリーに魔法瓶、それに雑誌やトランプ、はてはテーブルまで。たくさんの水着とタオルも、忘れずに。
岸辺についたらテーブルを広げて、まず1枚目の水着に着替える。
でもなかなか水には入らない。めいめい好きなところにタオルを広げて、あるいはテーブルに座って、ふかふかお日さまに照らされる時間をいっぱいに楽しむ。
あったかくなってきたなと思ったら、ようやく湖の中へ。
ぷかぷか浮いてみたり、泳いでみたり。体を気持ちよく冷やして。
寒くなってきたら、岸にあがってすぐに着替えだ。
冷たい体に新しく乾いた水着が心地いい。
濡れた水着は、高く張った紐にひっかけて乾かしておく。
少し疲れたら、タオルを敷いてごろんと寝転ぶ。
持ってきた雑誌やカタログを広げて、ちょっとした読書の時間でも。
風が気持ちよく吹き抜けて、栗の木(と聞いたのだけど本当だろうか。)が綿毛をふわふわとばしてる。
干した水着はすぐに乾くから、何度でも着替えて遊んで、休んで。
好きなだけそんな時間を味わったら、今度はみんなでお茶の時間。
魔法瓶からはなんと、あたたかい珈琲!
コーヒーカップ(ご丁寧にソーサーもついてる。)に注いで、持ってきたホールの甘いケーキを切り分けて、全員にいきわたるように。
よく遊んだからだに甘いものが染み込んでいったら、今度はトランプを持ち出して素朴なゲームを。
面白いのかどうかよくわからないジョークを聞いたり、披露したり、先にあがって隣の人の手札を見ながら口をだしたり。
そんなことをしていると、あっという間に時間は過ぎて。
そしたら、夕暮れになる前にもうひと泳ぎ。
あがったら最後のゆっくりしたひとときを。乾いた水着に着替えて、その上からさっとワンピースでも羽織って。
持ってきたたくさんの荷物を片付けながら、髪を風に乾かして。
湖に沈む夕日を眺めて、みんなで車に乗って帰る。
1日の、なんて長いことだろう。
1日の、なんて豊かなことだろう。
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この1日のことを、わたしは何度も思い出す。
何も買わなかった。何も刺激的なことはなかった。
それでもこれほど豊かに遊べるのだということを、わたしは身をもって体験した。
楽しいことに新しい場所、フォトジェニックな遊び場に、お洒落していく素敵なところ。
目まぐるしくて息もつかせぬ楽しみが、ここにはたくさんあるけれど。
でもそういう日のことを忘れてしまっても、わたしはこの1日のことだけは、ずっと憶えているだろう。
そういうのが、好きなんだ。そういう時間を、過ごしてたいんだ。
もっともっと、ゆっくり息をして、遊ぼう。