今日の読書『ケーキの切れない非行少年たち』
(かなり今更)読了。
もともと少年院に入っていた青年も指導する教育福祉の仕事に携わっていたので、書かれていることに目新しさはなかったです。
少年が犯罪に及ぶ要因に「発達の遅れ」を挙げるキャッチーな冒頭だけでこの本を「読んだ」気になるのは厳禁です。
大切なのは「では、犯罪抑止のためにどうするか」です。
教科学習だけではキャッチアップできない児童の社会性や身体機能(認知機能・身体の連動性など)にもっと目を向け、とりこぼさないよう支援していく(コグトレという具体例まで示されています)部分こそが大事なのですが、そのあたりは話題になっていなかった印象です。
このあたりは特別支援教育や、大人の発達障害といった「流行り」の分野にもおおいに通じてくるテーマのはずです。
しかし、「犯罪者」「犯罪者になりかねない」というラベルや無意味な不安だけで、本書の射程となっている児童をさらに排除し、差別を助長する流れがここ数年ネット上では続いてしまっていたように思えます(この本で聞きかじっただけの「境界知能」「グレーゾーン」といったタームを安易に差別用語に転化させるなどまさしく論外です)。
このような流れは「(いじめ)被害者が加害者となり、(犯罪)被害者を生む」という、本書が指摘している重要な構造を加速させますし、誰のためにもならないどころか、逆に本の価値を大きく毀損していると言わざるを得ません。そういった意味で再評価が必要でしょう。
この辺りの本もセットで是非。