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【短編小説】Your ears only ナイショの話
穂波ちとせ、30歳ぐらい。
職業、インタビュアー兼ライター。
「王様の耳」を見てしまった……?
「聞いて」
穂波ちとせ 身長167センチ 推定年齢30歳前後
聞き取りやすく落ち着いた声色
涼しげな一重の目と 色白できめ細やかな肌
さらっとした質のいい髪を、無造作なショートボブにしている
美形というよりも、無駄がなく均整のとれた嫌味のない容姿
人の話を真摯に聞く表情はごく感じがよく、相槌を打つタイミングも完璧
話し手が「この人は私の話をきちんと聞いて、理解してくれている」と思わせる受け答えができる
職業は書き手兼聞き手
多くの人から「ホナミさん」と呼ばれている
◇◇◇
某IT企業CEO、まだ構想とも言えないフラッシュアイデア段階のアプリ開発のアイデアをペロっと漏らして一言。
「ホナミさん本当に聞き上手だから、つい口が滑っちゃった。信用はしてるけど、よそに売ったりしないでよね(笑)」
人気アイドルグループの女の子。何かと悩み多き年頃。
「あー、アタシの彼も、ホナミちゃんみたいだったらなあ――あ、今のカット。でも…ホナミちゃんになら話してもいいかな…」
以下、近くにいたマネージャーが電話に出るために席を外したタイミングで、彼氏の愚痴が続く。
国民的大女優。新作映画についての意気込みを聞くインタビューで、想定時間は過ぎたものの、
「ねえ、私この人(ホナミ)ともう少しだけ話したいんだけど。15分でいいわ。時間何とかしてちょうだい。あと、映画とは関係ない話だし、2人だけにしてくれないかな」
売り出し中のヒップホップユニット。
「ホナミさん、なんか俺らと違う人種っつー感じだったっすけど、けっこーわかってるじゃないっすか。そう、そういうことなんすよ、俺らのやりたいことって」
とある企業の女性新入社員。
「私いつもはあんまり話すの得意じゃなくて…でも、なんか今日はいっぱいしゃべっちゃったと思うんです。何か――ごめんなさい。ちゃんと質問の答えになってましたか?」
初々しいしぐさをかわいらしいと思った「ホナミさん」が薄く微笑み、「大丈夫ですよ。とても分かりやすいお答えでした」と答えると、やや顔を赤らめる。
ホナミさん
ホナミは有名無名、多種多様な人物にインタビューし、それを記事にまとめるのが仕事のライターである。
相手が有名人なら公表されている情報はできる限り把握し、過去のインタビュー記事が見つかればしっかりと読む。しかし、“それ”ばかりを前面に出すことはない。
インタビュイーにしても、何度も同じことを擦られるのはうんざりだろうし、記事として書き起こしたときも新味がなくなる。だから、できるだけ独自の情報や最新ネタを引き出すように努めている。
(もっともこれは、大抵のインタビュアーやライターが同じスタンスでいるとは思うが…)
話し手が無名の市井の人でも、どこかの大学の学生だったり、企業の採用促進の記事にするための社員インタビューだったりだから、バックボーンである学校や企業については当然下調べする。
対象の人物がSNSや求人系のサイトに個人情報をある程度出していても、「〇〇見ましたよ」などと(ストーカーじみたことを)直接言うことは、もちろんない。が、そこに書かれていることをヒントに、いい感じの回答を引き出すのは上手の方といっていいだろう。
全てホナミ自身が「自分ならこう聞かれたい」「こういう扱いをされた方が心地よい」という感覚に基づいたものなので、実は念入りに計算された話術ではなく、「まあ、それが自然かな」と相手が納得してしまうような運び方をさりげなくしてしまうのだった。
といっても、話している途中で「この人はもっとぐいぐい来てほしいのでは」とか「これ以上踏み込むのは得策ではない」と、そのつど空気を読んで調整することも多い。
涼し気な容姿や物腰柔らかな態度も手伝って、インタビュイーの多くが、仕事を忘れ、「もっとこの人と話してみたい」と逆に思ってしまう。
結果、黒歴史に属するような若い頃のエピソード、驚くような本音など、ついついぽろっと話してしまうことも珍しくなかった。
初対面の場合もあるし、雑誌のシリーズ企画のためのヒアリングの場合、2度、3度と短いスパンで顔を合わせることもあるが、どちらにしても評判は上々である。
気さくな性質の者は、「これから飲みにいかない?」などと誘うことすらある。
ホナミはそれをもちろんやんわり断りはするが、軽い乗りで誘うだけなので、「ちぇ、だめか。じゃ、また次ね」で諦めてくれるので助かっていた。
***
誰に対しても言葉遣いは丁寧で、背格好、顔立ち、声質と、ホナミはどこをとっても中性的で涼し気である。
「透明感のある魅力」という、よく考えると意味の分からないことがあるが、例えばホナミのような人物に使うのかもしれない。
そんな感じなので、性自認ならぬ性他認とでもいおうか、ホナミの性別については、実は人によって認識が違っていた。
初対面から男性(女性)と思い込んで、その前提で話す者もいれば、「あれ、ひょっとして…?」と途中でスイッチする者もいる。
しかし、意外といえば意外、当然といえば当然だが、ホナミに対して「あなたは男か女か」とあえて確認する人物はいない。
このご時世、LGBTQの概念も一般的になり、「“どちら”なんだろう?」と疑問を持ったとしても、それを尋ねるのは失礼――というか、疑いを持つことさえ失礼なのではと考える人が増えた。
ホナミはホナミで、あくまで「自分は一介の聞き手である」というスタンスを崩さないので、性別がどちらであっても大きな影響はないのも実際のところだった。
「結婚は?奥さん(旦那さん)ってどんな人?」とか、恋人がどうのとか、話の流れで個人的な質問をされたときは、うまくそらすか、当たり障りなく返事をするかという程度なので、いよいよもって性別が読みにくくなる。
そして何より、ホナミと実際に対面した人物は、謎は多いが不審な感じのしない「さわやかなホナミさん」として、その場は気持ちよく別れるし、その後ホナミのことを全く忘れてしまうわけでもないのだが、それ以上意識することはない。
ふと「あれ、自分はしゃべっちゃまずいことをしゃべったのでは…」と思い出すことがあったとしても、どこかにリークされる心配をすることもなかった。
たとえて言うなら、「夢で見知らぬ誰かに会って、気持ちよく話をした」という感覚に近い。
大半はスムーズにしゃべれて大満足のインタビューという感じでお開きになるだけだが、スキャンダルになりかねない恋愛の惚気もあれば、ひとりで抱えるのが辛い悩みを涙ながらに訴える者もいる。
ホナミはそんなモードに入ったのを察知すると、「では、ここからは文字通りのオフレコですね」と言って、録音をインタビュイーの目の前でオフにして見せる。
ネットやSNSの発達で、一般人がかんたんに“準”有名人になり、ちょっとした不用意な発言がバッシングを受け、燃やし尽くされるこのご時世である。
正真正銘の有名人ならなおのこと、発言に慎重になるのは当然だが、どれだけ慎重でいたとしても、隙を突くようにたたかれることもしばしばだ。
批判もお節介も言われずに、誰かにただ話すという状況に飢えていた者の前に「ホナミさん」という救世主が現れた、といったところなのかもしれない。
人気若手女優「S」
穂波はその日、とある人気女優Sのインタビューをした。
場所はSの所属事務所の小会議室である。
これから公開になる予定の映画に関するもので、一応撮影秘話的な話も引き出せ、「取れ高ばっちりです」で無難に閉じようとしたとき、Sに「少しだけホナミさんと2人で話したい」と言われた。
「私は大丈夫ですが…」
と穂波が答えると、傍らにいたマネジャーらしき中年の女性も快諾した。
◇◇◇
「あのね、私も叔父さんにヤられたことあるんだ…」
「は…」
「迫真の演技の正体って多分それ。私、何もないトコからそれっぽいの作れるほど器用じゃないから」
映画の中ではSが演じたヒロインが、実の父親に犯されるというショッキングなシーンがあり、穂波は試写で見た感想を逆質問され、「胸に来るような迫真の演技だった」と率直に答えていた。
それを打ち明けたSの表情は、何を思い切って打ち明けて一区切りというよりも、どこか自分を試しているようにも見える。
「…そうでしたか。では、聞かなかったことにします」
個人的な話のようだったので、ボイスレコーダーは切ってあるし、自分が忘れればいいだけだ。
「えーっ、書いてもいいのに。話題になるよ、きっと」
半笑いなのは、どうせ書くわけがないと分かっているからだろう。
記事を公表する前のファクトチェックもあるから、書いたところでカットされれるだろう。
Sはしなやかな腕を穂波の背中に添え、甘えるように体を寄せてきた。若い女性に人気らしい、甘くスパイシーな香水の香りが穂波の繊細な鼻をくぐる。
「せっかくですが、企画の趣旨には合わないようなので…」
「なによなによ!つまんない男」
「すみません…」
Sが何をねらったのか、実のところ分からないが、秘密を共有することで、ちょっとした「誘惑」を仕掛けてきたとも取れる。
セックスを含む話題ということもあるが、そんなふうに勘繰らざるを得ないしぐさだ。
穂波の先輩で、ちょっと色男のライターがいるのだが、やはりそんな露悪的な告白の後、「ねえ、私と試してみない?」と誘ってきた女性タレントがいると聞いた。
うそか本当かは分からないが、どうやら「ない話」でもなさそうだ。
自分にとっては初めての経験だったが、脇が甘いと巻き込まれる恐れがあるようだ。
「もういいわ。さっさと帰って」
Sにいかにも不機嫌そうに言われたので、
「今日は意義深いお話をいろいろとありがとうございました」
穂波は深く深くおじぎをし、部屋を出た。
王様の耳は…
ホナミは事務所を出ると、まず早歩きになり、徐々に走るテンポになって、街角の公衆トイレに駆け込んだ。
このエリアには土地勘があったため、比較的きれいで使いやすいトイレがあることを知っていた。
「お…う…ぷ…」
個室で胃の内容物を吐いた後、呼吸を整えてから走り出し、とある雑居ビルのカラオケ店に入った。
「お一人様ですね?」
「そうです」
「お時間は…」
「1時間半でお願いします」
「ドリンクバーのご利用か、ワンドリンク何か注文していただくことになりますが…」
「じゃ、この場で注文していいですか?レモンスカッシュを一つ」
「かしこまりました」
指定された部屋に入り、曲のセットもせずに待っていると、4、5分程度でスタッフがレモンスカッシュのグラスを持って入ってきた。
「ごゆっくりどうぞ」という声に丁寧に会釈をしてから、操作パネルである曲を探し、5回続けて同じ曲を予約した。
演奏が始まると、ホナミは、マイクも持たずに絶叫した。
◇◇◇
『気色わりーんだよ!』
『あんなやっすい誘惑、誰が乗るかあっ!』
『おめーが誰とヤろーが、1ミリもキョーミねーわっ!』
『迫真の演技とか、お世辞に決まってんだろーが、大根!』
『「しゅだまの作品」って何だよ!「珠玉」だわボケ!』
ビリー・ジョエルの『We Didn't Start the Fire』[4:06]が5回、つまりざっと20分半の間、ホナミは誰かの悪口を叫び続けた。
それは、ついさっき別れた女優に対するものも当然含まれていたが、どうやらそれだけではないらしい。
うまく乗ることができれば快適な楽曲だが、テンポもリズムを無視して、「うぉーっ」と炎を口から出すイメージで叫ぶ――それが、「あなただけに」「ここだけの話」とささやかれ続け、話を聞かされ続け、たまりにたまったホナミのストレス解消法だった。
「We Didn't Start the Fire」
あくまでたまたま、好きな曲の中から選んだに過ぎなかったが、Weの部分をIに置き換えて歌ったりしているのは、ホナミなりの魂の叫びなのだろう。
「私が火をつけたわけじゃない。あんたらが勝手に発火したんだろう!」と。
『どーしろってんだよーっ!』
万が一人に聞かれたときのことを考えると、あまり核心に迫ることは言えない。
逆にいえば、こういう局面でも気配りを忘れない、妙にプロ意識の高いホナミだからこそ、好感度ナンバーワンインタビュアーたり得るのだ。
『人を飼い猫みたいに扱うんじゃねーっ!』
『スマートスピーカーにでも話しかけとけ、カスが!』
どうやらホナミは自分自身の悩みは、愛猫のキジトラ猫「タミー」か、スマートスピーカーに話しかけているようだ。
【了】