西行の足跡 その52

50「秋風のことに身に染む今宵かな月さえ澄める宿の景色に」 
 山家集中・雑・1042
 秋風楽の美しい琴の音を聞いておりますと、秋風の冷たさが殊更に身に染みます。今夜の月はなんとも澄んでいて、素晴らしいお宅ですね。
 
「琴」と「こと(に)」を掛けている。「こと(に)」とは、特別に、とりわけ、一段と、という意味である。昔の歌にはこういう「縁語」の多用が目立つ。しかし、言葉遊びの一面もあり、日本語の面白さでもある。
 さて、この歌の意味は上の訳出示した通りで、北白河の風情ある家から琴の音が聞こえてきたと詞書きにあるのだが、誰の家かは記されていない。
 
「筧(かけひ)にも君がつららや結ぶらん心細くも絶えぬるかな」 
 山家集中・恋・609
 筧の水もあなたの冷たさで凍るのだろうか。心細いことに水が絶えてしまった。あなたとの仲もそんな風に絶えてしまいそうだ。
 
 この歌は「山家恋(やまざとのこひ)」の題で詠まれた。「佐々木神主」と呼ばれた賀茂重忠の別宅が現在の京都市北区紫竹小山の付近にあったらしい。上賀茂神社は皇城鎮護社(おうじょうちんごしゃ)であったし、賀茂重忠は神主であったので昵懇にしていたのだ。
 さて、西行はある日伏見中納言源師仲(もろなか)を訪ねた。そのとき、中納言は留守だったので、縁に腰を掛けて中納言を待った。すると秋風楽が聞こえてきた。そこで、西行は詠んだ。
「ことに身に染む秋の風かな」
 連歌を仕掛けたのだ。
 
 ところが、言づてを頼んだ武士からいきなりほほを殴られたので、西行は這々の体で逃げた。そのほかにも殴られる場面がいろいろとある。ただし、武士の非道にも心が揺るがない、堅固な道心の修行僧であり、歌人であり、武士であり、荒法師の文覚上人をも打ちひしぐほどの不敵な面構えをしていて、しかもそのいずれでもないというのが西行の西行たる所以であろう。両義性と境界的存在は際立つ西行の特徴である。


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