仏説父母恩重難報経
仏説父母恩重難報経
仏説父母恩重難報経というのがある。仏教経典といわれるが、儒教的要素に満ちている。それもそのはずで、中国で作られたものである。現在の文献学の判断では偽経であると判断されている。しかし、これが偽経であろうとなかろうと、読む人の胸を打つ書物であることは疑いがない。
我々が母の胎内に宿ってからどれほど父母の愛や恩をもらったのか、文字の国の中国らしい表現で我々の胸に迫る。それは異様な迫力である。
父母の恩愛には十種類ある。
父には慈しみの恩あり、母には悲(あわ)れみの恩があるという。ひとつずつ取り上げよう。
1. 懐胎守護の恩(かいたいしゅご)
初めて子を体内に受けてから十ヶ月の間、苦悩の休む時がないために、他の何もほしがる心も生まれず、ただ一心に安産ができることを思うのみである。
2. 臨生受苦の恩(りんしょうじゅく)
出産時には、陣痛による苦しみは耐え難いものである。父も心配から身や心がおののき恐れ、祖父母や親族の人々も皆心を痛めて母と子の身を案ずるのである。
3. 生子忘憂の恩(しょうしぼうゆう)
出産後は、父母の喜びは限りない。それまでの苦しみを忘れ、母は、子が声をあげて泣き出したときに、自分もはじめて生まれてきたような喜びに染まるのである。
4. 乳哺養育の恩(にゅうほよういく)
花のような顔色だった母親が、子供に乳をやり、育てる中で数年間で憔悴しきってしまう。
5. 廻乾就湿の恩(かいかんじつしつ)
水のような霜の夜も、氷のような雪の暁にも、乾いた所に子を寝かせ、湿った所に自ら寝る。
ここまで読んできただけで、子を思う父母の恩愛の深さに心が震えるばかりだ。
6. 洗潅不浄の恩(せんかんふじょう)
子がふところや衣服に尿するも、自らの手にて洗いすすぎ、臭穢をいとわない。
7. 嚥苦吐甘の恩(えんくとかん)
親は不味いものを食べ、美味しいものは子に食べさせる。
8. 為造悪業の恩(いぞうあくごう)
子供のためには、止むを得ず、悪業をし、悪しきところに落ちるのも甘んじる。
9. 遠行憶念の恩(おんぎょうおくねん)
子供が遠くへ行ったら、帰ってくるまで四六時中心配する。
10. 究竟憐愍の恩(くっきょうれんみん)
自分が生きている間は、この苦しみを一身に引き受けようとし、死後も、子を護りたいと願う。
もちろん、父母の恩愛はこれだけにとどまらないが、代表的ななものとして取り上げられている項目は、ひとつひとつ胸に迫る。我々が父母から受けた恩愛を自分たちの子どもに注ぐ。その繰り返しが人類の歴史である。動物も人間も親子の愛には変わりがない。
このようなありがたい親の恩愛を受けながら、自殺に走ってしまう子どもたちもいることを考えると、なんもやるせない気持ちになる。日本の年間自殺者数は毎年三万人を下らないが、その6割は中高年である。
しかし、自殺未遂者はきっと青少年の女性に多いと思われる。自殺に関しては、男性の方が遂行してしまう確率が高いようだ。
未遂にせよ自殺を少しでも考えるような青少年諸君には、この父母の恩愛の深さを考えて自殺を思いとどまってほしいものだ。