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生きている限りバッドエンドはない。だから明日も走り続ける。
ひたすら部屋の中にいてもわかるほどに、季節はめぐった。
部屋着に降格したTシャツに着替え、生ぬるい空気を外に放つ。窓を開ければもう、すっかりと夏のにおいだ。
感性が死ぬ危機感というのはこういうものかと、宙を見つめていた数日前。
もう久しく、自分のための文章を書けずにいることに気づいてしまった。
仕事で書くこととは別に、溢れ出す感情を好き勝手に言葉にして残してきたこのnoteも、最後の記事を書いてからもうすぐ半年がたつ。書けなくなったのは、書きたいことがなくなったということ。そのことにわたしは、どうしようもない焦りを感じていた。
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なのに、今、わたしは書いている。
それは、どうしても書きたいことができたから。
ちょうど1年前の5~10月までの半年間、毎月通っていた企画の講座がある。
コピーライターの阿部広太郎さんが講師をつとめる「言葉の企画2019」だ。
その中で「ことばの日を作ろう」というひとつの企画が有志でプロジェクト化され、5月18日が正式に記念日として制定された。そして先週土曜日に、制定後初の「ことばの日」を記念したイベントの配信があったのだ。
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画面越しの懐かしい仲間たちの顔と声に、胸が一気にブワァと沸いた。あのときの情熱が一瞬でよみがえり、鳥肌が立った。まさに久しぶりの感覚だった。
余韻のままに、ある下書きを半年ぶりに開いた。
それは、講義最終回について最後まで書ききれずにしまっていたものだ。
今日、5月18日はことばの日。
だから、ことばにできなかった当時の思いを書き上げようと思う。
これは自分のための文章だ。自己満足でいい。
だけど、同じく言葉を大切にしている人たちにも届いたらいいなと、ちょっぴり思う。
ここから先しばらくは、当時の下書きのまま。今から半年ほどさかのぼったある日の記憶から始まる。
季節は冬に変わろうとしていた。
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いよいよ寒い。ひんやりとした部屋のなかは、秋を通り越してもう冬の気配がしている。そういえばわたしはまだ金木犀の香りをかげていない。
厚めの羽毛布団をクローゼットから取り出し、もぐりこむ。
タオルケットにはない重量感が心地よくて、眠る気なんてさらさらないのに、いつの間にかベッドから起き上がれなくなる。
このまま眠ってしまうには惜しくて、枕元にあった文庫本を開いた。どこにも売られていないこの本には、半年間一緒に企画を学んできた仲間たちひとりひとりの思いや宣言がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
これを卒業証書としてもらったあの日から、もうひと月以上。
みんな元気にしているだろうか。風邪をひいたりしていないだろうか。
◆ ◆ ◆
2019年10月5日土曜日。気温は31℃。
まだまだ夏の影を残すみなとみらいで、5月から半年にわたって続いてきた「言葉の企画」の最後の講義があった。
この日、あろうことかわたしは、いつも大事にメモを取っていたノートを忘れた。そのことに気づき、副都心線のホームで思わず「あああ……」と声が出た。
いつもは絶対に忘れないものを忘れたのには理由があって、それは、最後の講義における71人全員の前でのプレゼンに、頭を支配されていたからだ。
「最後、みんなの前で発表したい人は名前を書いてください」
前月の講義で阿部さんからこんな話があった。20人限定。その瞬間から続々と名前が埋まっていくシート欄を見て、ちょっとほっとしている自分に、どこかもやもやしていた。
気付いたら埋まってしまっていたから。
発表する人たちはみんな、いつも中心にいた人たちだから。
もともと人前で発表することはそんなに得意じゃないから。
いつの間にか、発表しなくていい言い訳を無意識につくっていた。
そんな自分にものすごく腹が立ったのは、「あなたはどんな企画をする人になりますか?」という最後の課題文を書いていたときのこと。
作文を書くために、これまでのことをノートに書き出しながら一つ一つ振り返る中で、いちばん最初に自分で決めたテーマのことを思い出していた。それが「恥ずかしさを越えていく」というものだ。
見破られてしまっていた。
自分を落として、「未熟者」だとか「恥ずかしい」とか、そういう言葉で予防線を張って、自分を守っていたことを。
…
この講座にも、他のメンバーにも真剣に向き合っている阿部さんや仲間たちを目の当たりにしたとき。結局予防線を張って、自分を守ってばかりいることが、いちばん恥ずかしいなと思った。
だから、もうおしまいにする。
半年前、そうやって覚悟を記し、本当に変わりたいと思ってここまでやってきたつもりだった。実際、少しずつ変われている気がして、うれしかった。
なのに、最後の最後にまた逃げるのか。
予防線を張って、自分を守って、言い訳をして。
自分はいったい、何をやってきたんだ?
そう思ったとき、わたしは居ても立っても居られなくなり、発表したい人シートに慌てて名前を記入した。もう定員の20名は埋まっていたが、「もし可能であれば…!」というコメントを添えて入れさせてもらった。
しばらくすると、「OKです!」というコメントが横に入っており、わたしは当日発表するひとりになった。ドッ ドッ ドッ。そのときの胸の高鳴りは、今でも忘れられない。
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それから当日までのあいだ、これまでのノートのメモをもう一度見返し、うなったり頭を何度も抱えたりしながら資料を作った。直前の週は、本業でも副業でも締め切りが重なって、苦しくて、何度発狂しそうになったかわからない。
ついついいろんなことを話したくなっちゃって、伝えたくなっちゃって、そのたびに「Less is more」の言葉が頭をめぐって立ち戻った。
書きすぎてないかな。
わたしが言いたいだけじゃないかな。
「伝わる」じゃなくて「伝える」になっちゃってないかな。
結局、資料を提出したあとに原稿を作って練習してみたら、大幅に時間オーバー。どうしても削れないところを詰め込んで原稿を作り、最終日のプレゼンに臨んだ。
当日。
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阿部さんからの最後の講義が始まり、ああ、もうこれで最後なのだとようやく実感がわく。
有志発表の順番はくじ引き。発表した人がくじを引き、次の発表者を決める。だから、自分の番がいつ来るかわからない。心臓と胃がジンジンと痛んだ。
ひとりひとりの発表を聞きながら、わたしは半年間のその人を想った。同じ時間、同じ場所で、言葉や自分自身に向き合い続けた仲間のことを。そうしたら、なんだかみんなのことが愛おしくてたまらなくなった。
ひとり、またひとりと発表が終わるたびに、今か今かと順番を待つわたしの緊張は見事に裏切られ、結局出番は最後から2番目。
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▲他の企画生がスマホで撮ってくれた。だれの頭かな。
結果、思いが高まりすぎて発表中に号泣。胸と言葉が詰まり、うまく話せなかった。でも、不思議と怖くはなかった。それでもこちらを向いて話を聞いてくれるみんなの顔が見えたから。
気恥ずかしさ半分、ほっとした気持ちが半分。
「すごくよかった」
「思わずもらい泣きしちゃった」
「ちゃんと、伝わったよ」
プレゼン終了後、そんな優しい、愛ある言葉を企画生たちからたくさんもらって、わたしはまた泣いた。
時間オーバーしてしまったし、完璧な発表じゃなかったけれど、「やりたい」と手を挙げて本当によかったと、心から思った。
プレゼンの内容を一部、抜粋して載せたいと思う。
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あらためて自己紹介を。
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半年間における4つのターニングポイント。(4枚のスライドを1枚にまとめています)
初回の講義直前にもらった阿部さんからのメッセージ、第3回目の課題で書いたnoteが編集部のおすすめに載ったこと、今まで以上に講義や企画生たちと本気で向き合いたいと思うきっかけになった「ことばの日」PJリーダーしのさんとのLINE、そして、ようやく「自分らしさ」を掴みかけた第4回目の企画。
もちろん、これだけじゃ全然語り切れないのだけど。
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そう、前半にも書いたとおり、「恥ずかしさを越えていく」というのは、言葉の企画におけるわたし自身のテーマだった。
恥ずかしさを振り切って企画を出し、他の企画生のよいところ、すごいと思ったところ、好きなところを認め、直接伝えていくことを繰り返していくことで、「自分らしさ」というものがだんだんと浮き彫りになっていくのがわかった。
愛ある言葉をたくさんもらったぶん、わたしも自分から伝えられる人間でありたいと思った。
最後の講義で、阿部さんがおっしゃった言葉。
「言葉の企画」では小手先のテクニックの話ではなく、生き方の話をしてきました。
ああ、まさにそれだ。半年間企画を通して、言葉を通して、自分らしさやどう生きていきたいのかということに向き合い続けたという実感。
自分は何者でもなく、自分にしかなれないけれど、半年前よりも好きな自分になれた気がした。それも紛れもない変化であり、成長だったと認めたい。
回を重ねるごとに自分らしさがにじみ出てきて、すごくよかった。
打ち上げのとき、そんなふうに阿部さんに言ってもらえてうれしかった。
晶さんへ
誰よりも素直に感情に向き合い続けていたこと、
それが伝わってきていました。
これからも越えていこう。いくつもの山を。
阿部広太郎より
卒業証書である企画文庫に書いてもらったメッセージも、いまだに何度も見返している。
言葉の企画に通えて、とてもしあわせでした。
何年たっても、またみんなと企画がしたい。
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もう半年以上前のことなのに、すべてが昨日のことみたいに思い出せる。それって、やっぱり「伝わった」ってことなんだよな。
ちょうど1年前の今日、講座初日にはこんなに大切な存在になるとは思っていなかった。会社を辞めて、転職して、ライター・編集者として今生きている自分を見ると、まさに人生を変える出来事だったなと思う。
2つの季節をまるごとまたいでしまったけれど、最後まで書ききれたことにほっとしている。あの日々の情熱を、またもう一度思い出せた。停滞していたこの日常に力をくれた。また自分のために文章を書きたいと思った。
最後に、ことばの日にちなんでわたしが大切にしている言葉を紹介したいと思う。
ピース又吉直樹さんの著書『火花』のラストシーン。
生きている限り、バッドエンドはない。僕達はまだ途中だ。
どれだけ苦しくても、さみしくても、心細くても
生きている限り、また会える。
一緒に笑って、泣いて、お酒が飲める。
そんな日が早く来ることを、心から祈って。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
やさしいことばで溢れる、おだやかな夜でありますように。
(おしまい)
P.S.「言葉の企画の記憶」というマガジンに、過去課題で書いたnoteもまとめています。これから言葉の企画に参加される方も、よかったらのぞいてみてもらえたらうれしいです。
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