本と、港と、素敵な人と。
台風が来ているのでは、と恐るおそる起きた土曜日の朝。
わたしの心配をよそに晴れ間の出た空を見て、予定通り三崎に行くことを決めた。
せっかくのお休み、海、恋人とのプチ遠出。
すっかり夏休み気分で、このあいだ奮発して買った真っ赤なワンピースをはじめて着てみた。ついでに髪の毛もちょっとかわいくしてもらった。胸が高鳴る。ふふふ。
この小さな旅のいちばんの目的は、憧れの素敵な人とその人が作った場所に会いに行くことだ。
◇ ◇ ◇
東京から2時間弱、電車に揺られて着いたのは神奈川県三浦市三崎。まぐろで有名な、小さな港町だ。
あれだけ雨を心配していたのに、空にはギラギラ太陽。暑い。
うわあ夏だーーー!と叫びたくなるほどに。
三崎まぐろきっぷでおなかを満たしたあと、海沿いを歩いてやっと見つけた。
ずっと来たかった場所、「三浦蔵書室 本と屯(ほんとたむろ)」だ。
「ミネさん、お久しぶりです!覚えていますか……?」
「おお!もちろん覚えてますよ!」
入り口で迎えてくれたのは、ミネシンゴさん。ここの店主さんだ。
ここの存在を知ったいちばん最初のきっかけは、シンゴさんの奥さん・三根かよこさんが作る『たたみかた』という社会文芸誌。新高円寺の本屋でたまたま目に入り、思わず手に取って購入したところテーマもデザインも文章も写真も全部ドンズバで心が震えた。
▲第2号の「男らしさ女らしさ特集」。紙の感触もとても好き。
そこで、鎌倉のお寺での発売記念イベントに行き、かよこさんとシンゴさんがご夫婦で「アタシ社」という出版社をやっていることを知った。その場では緊張して話しかけることを躊躇ってしまったのだが、勝手にずっとずっと憧れていた。
するとつい先日、言葉の企画つながりで恋人と遊びにいったBUKATSUDOの5周年文化祭にゲストでいらっしゃっていて、ようやく直接お話することが叶ったのだ。
社交辞令じゃないので、本当にゆるっと遊びにいらしてくださいね!
イベント後、メッセンジャーに届いたかよこさんの丁寧なメッセージがうれしくてうれしくて、本当に三崎まで来てしまった。
この日かよこさんは東京で、残念ながらお会いできなかったのだけど、シンゴさんのお顔を見てほっとあたたかい気持ちになった。
2階建ての「本と屯」のなかにはそこかしこに本、本、本。そして椅子とお洒落なバーカウンター。他のお客さんがリラックスしながら本を読んでいた。
ここは、書店でも図書館でもない。
売られているのは、アタシ社が出版している本のみで、ほかはすべてミネさんご夫婦の私物と、お客さんやお友だちから寄贈された本たちだそう。その数、なんと4000冊以上。そう、本と屯は蔵書室なのだ。
お客さんはふらっと立ち寄り、これらの本を自由に読むことができる。懐かしい児童書から哲学書、雑誌、漫画などかなり幅広い。わくわくが止まらない。
カウンターでは飲み物やおやつも頼める。
コーヒーソーダみたいな飲み物を注文したら、「これ、おいしいですよ」と言ってシンゴさんが作ってくださった。爽やかで、夏っぽくて、本当にめちゃくちゃおいしい!と感動した。
柏木ハルコさんの「失恋日記」を手に取ってゆるりと読みながら、シンゴさんとゆるりとお話をした。
◇ ◇ ◇
シンゴさんはもと美容師で、編集者、リクルートでの営業マンを経て、30歳のタイミングで現在のアタシ社をかよこさんと立ち上げた。すごい経歴だ。
リクルート在籍中に出版したという『美容文藝誌 髪とアタシ』は、メディアに出ないオモシロキ美容師を紹介する美容師のための文藝誌で、最近第6刊が出たばかり。
高校を卒業したときに「カリスマ美容師」になる、と豪語していた夢は、美容師という職業では果たすことはできなかったけれど、編集者としてカリスマ(古い!)になりたいと今では思っています。「美容のセカイを変えるんだ」という、揺るぎない自分との約束があったから。
引用:三崎の夫婦出版社アタシ社
そんなシンゴさんの思いが詰まったこの文藝誌は、いち人間として魅力的な美容師さんたちの人生に触れられて、とても楽しい。
▲最新刊である第6刊は、表紙がキラキラしていてとてもきれい。
シンゴさんが編集長の『髪とアタシ』と、かよこさんが編集長の『たたみかた』。
夫婦ふたりで出版社をやるなかで、それぞれ担当の雑誌を持ち、お互いの雑誌にはデザインや写真を撮る程度でほとんど関わっていないのだとか。企画会議なども一切やらないという。
そんな関係性も、何だかとてもうらやましい。お互いに得意分野を持っていて、必要なときに相手をサポートする。ひとりでもやれるし、一緒にやってももちろん楽しい。それはわたしの理想の夫婦像でもある。
8年間住んでいた神奈川県逗子市から、2017年11月にここ三浦市三崎に事務所をうつしたのだそう。たまたまイベントでご一緒した三崎の方に街を案内されたことがきっかけで、この町に来ることを決めたという。
ひょんなことから三崎の地に移り住み、同じように三崎にふらりと立ち寄る人たちを受け入れる場所をつくったシンゴさんとかよこさん。
こうやって「本と屯」という拠点があると、本当にいろんな人と出会えるから面白いですよ。
そういって、シンゴさんは笑った。
このあいだも超売れっ子の女優さんがふらっと遊びにきて、一時間くらい本を読んだり2階のハンモックで遊んで帰ったらしい。
かと思えば、地元のおじいちゃんがお気に入りの本を探しにきたり、小学生たちがわいわい遊んだりと、お客さんはかなり幅広い。
そういえば、お会いする前にWebでたまたま読んだ記事でもシンゴさんはこんなことをおっしゃっていた。
僕はもと美容師なので、子供もじいちゃんばあちゃんも気軽に出入りする美容院みたいな空間をつくりたいと、昔から思っていました
引用:EDIT LOCAL│地域に根付く出版とは? アタシ社・本と屯
ああ、まさにそういう感じ。
ふらりと来る者を拒まず、好きにいさせてくれる。本を読んでいてもよし、話してもよし、昼からお酒を飲んでもよし。そして帰るときにはほっこりして思わず「また来ます」と言いたくなる、そんな居心地のいい場所。
場所もそうだけど、シンゴさんの自然体でフラットなところがきっと人を惹きつけるのだと思う。ちょうどいい距離感と、ちょうどいい温度。あまりに佇まいが自然で壁がないから、もう何度も会っているような気がしてしまうくらい。
お知り合いに限らず、たまたま道行く人とも楽しそうにお話しているのがとても印象的で、それを見てやっぱり素敵な人だなあと思った。
「本と屯」も、それをつくるシンゴさんとかよこさんたちも、わたしが学生時代から思い描いていた未来予想図そのものだった。
(古い物件をリノベして、本をたくさん置いたいい感じのお店を、いい感じの旦那さんと一緒にやりながら雑誌を作りたいとずっと言っていた)
だから、将来的にはいつかこういう場を作りたいなあと噛み締めながらいったら、
いつかと言わず、すぐにやっちゃった方がいいですよ。たとえば、25歳までにとか。
25歳‥‥ってもう来年だ!
でも、その言葉ですっかり火がついてしまって、実は今ちょこちょこと物件探しをしている。素敵だと思う人の言葉は強い。
いざはじめたら、ぜひシンゴさんとかよこさんをご招待したいな。
◇ ◇ ◇
本を読んだり、2階でハンモックに揺られたり、シンゴさんとお話していてゆるゆると居心地の良さに浸っていたら、気づくと3時間くらいたっていた。
どこかふわふわとした心地の良い浮遊感のまま、シンゴさんにお礼と「また来ます」と伝えて、三崎をあとにした。
ああ、なんていい休日だったんだろう。
暑いなか歩き回って疲れた体とはうらはらに、胸は来たとき以上に高鳴っていた。もっと準備をしていろんなことを聞けばよかったと思う反面、あのゆったりとした時間が本当に心地よくて、素敵で、だからこそシンゴさんのことを書きたいなと思った。
三崎に行けてよかった。台風よ、すこし待ってくれてありがとう。
次はいつ行けるかな。まだ帰り道だというのに、もう次回のことを考えていることに気づく。
きっとまた、夏が終わる頃に会いに行ってしまうんだろうな。