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ヌーソロジーと『Everything in Its Right Place』と『BACKSTORY』

思形と感性、あるいは『あなたがた』と『わたしたち』。


Everything in Its Right Place (Radiohead)

About This Song :

Story:

Noosology :

「Right」は歌詞での意味では「正しい」って意味らしいけど、ヌーソロジー的に見ればそれは「大文字の他者」という意味で、「右」という見方もできるね。英語で「右」と「正しい」が同じ「Right」なのは、そういう意味があるのかも。直交関係という意味では「左」でもいいのかもしれないけど。あと、光というか、明るいというのが「Light」というのも必然なんだろう。

わたし。

大文字の他者。架空の第三の視点。善と悪、正と負、酸いも甘いも……元の曲の歌詞にも合っているね。

酸いも甘いも、というと、俯瞰している神のような目線の側というより、見られている側、というほうがいいのかもしれない。思形ではなく、感性という感じだ。

BACKSTORY (written and directed by Joschka Laukeninks)

半田さんのポストされた動画は、『BACKSTORY』というショートフィルムを元にして作成された二次創作らしいんだ。英語だからよくわからんけどね。

vimeoっていう動画配信サイト?で見れるらしい。

感動するのはなんでだろうね。いや、むしろこの動画というのは、感動しない部類なのかもしれない。なぜなら、俯瞰的な、思形的な視点だからだ。
だって、登場人物というか、主人公の背中側しか見れないんだ。

しかしながら、思形的な意味では、ある意味感慨深いものがあるのかもしれない。キリスト教というか、そういう宗教圏の人々にとっては、このフィルムは一神教の神のような視点か、あるいは天使や精霊、守護霊といった視点のような崇高さがあるのではないだろうか。

そういう文化的背景という点でヌーソロジーを見てみるのも面白いかもしれない。例えば日本でアニメとかVtuberとか、ライブ配信とかが人気というのは、この動画とはまったく逆で、顔を視聴者側に常に見せるような構図になっているからだ。つまり、一神教的な文化では思形的に、俯瞰してみるというのに対して、日本のような感性的な文化では、むしろ見られる側に位置する、というようなことが言えるのではないか――。

捻じれが合ったり、自己他者だったりなので、単純に二元的な構造ではないので難しいとは思うよ。

でも、片方だけに偏らずに、どちらの視点、位置も大事にするというのは、ヌーソロジーでいうと等化とか対化とか、そういうことになるんじゃないかな。

その意味で、鏡というのは大事だね。


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