(29)「逃げようとしても無駄だ。完全に出口はふさいである。どうしてもおぬしだけ助かりたいというのなら、そいつを置いて行けば見逃してやらんこともないがね」
(28)「チッ。もう少しだったのに。なかなかすばしっこいやつだ」「僕を食べようっていうんですか?」「おぬしより、そっちの方を味見してみたいもんだね。だが、その為にはまずはおぬしからだ。ついでに、その種とやらも一緒に味見してやろう。この私の硬い顎でじっくりと嚙み砕いてな!」
(27)「!!」
(26)「ところで、悪いんだが、何か食べ物を持っていたら少し分けてはくれないだろうか? もう丸一日何も食べていなくてな。腹が減って仕方がないんだ」「パンなら少し持ってますよ。食べますか?」「ありがとう。いただくよ」
(25)「あなたの旅の目的って、それだったの?」「ああ。そうだよ。詳しいことは、後で話せたら話そうと思うけど、種を植えるために僕は旅をしていたんだ」
(24)「そうか…。じゃあ、僕が持っている種も、芽を出してくれるかな」「おぬし、種を蒔いておるのか?」「ええ。まあ。この種が芽吹くのに適した土地を探して旅しているんです」
(23)「おや、誰だい?」「先客が居たのか…。あの、よろしければ、一晩ここに居させて頂けませんか? 朝が来たら出ていきますので」「好きにしたらいいよ。朝までと言わず、季節が変わるまで居てくれても構わないさ」「へえ、この砂漠にも季節があるんですね」「勿論。雨季には花が咲き乱れるよ」
(22)「レモン!?」「レモンは明かりを灯すのに使えるんだ。こうやって棒にさして魔法の石につなげば、明るい光が得られる」「あなた、魔法使いなの?」「いいや。僕の力じゃなく、あくまでこの道具の力だよ。それで、サボテンの洞(うろ)に隠れて朝を待つことにしたんだ」
(21)「…やがて夜がやってきて、辺りは静寂に包まれていた。風の音も、生き物の気配もしない、深い深い静寂だ。さすがに焚き火をする訳にもいかない。さっきのやつらに見つかってしまうかもしれないからね」「じゃあ、真っ暗闇の中にずっと居たの?」「いいや、そんな時はこれを使うのさ」
(20)「何を持ってたの?」「アカオオトカゲの屍肉さ。たまたま死骸を見つけて、切り取っておいたんだ。ダイオウワシの大好物だから、役に立つかもと思ってね。奴らは鼻が利くし目も良い。上空を飛んでいるのに、砂漠の民より先に気づいてたのは幸いだった。そしてパニックになった隙に逃れたのさ」
(19)「良かったら、皆さんも食べますか? そら…」「うわっ!!」
(18)「あれー? 水筒はどこにやったっけな…」「おい、早くしろ!」「やっぱり、こいつ怪しいぞ。何か企んでるんじゃないか?」「あー、あったあった。とっておいたんだよなぁ、これ」「???」
(17)「分かりましたよ。仕方ありませんね」「やっとその気になってくれたか。賢明な奴じゃ。大人しく引き渡してくれれば特別に不問としよう」「その前に、喉が渇いたので水を飲ませてください」「それ位なら別に構わんが…」「少しでも怪しい動きをしたら容赦はしないぞ」「分かってますよ」
(16)「旦那、このままじゃ埒が開きませんぜ」「やはり、やむを得ぬか…」「暗殺者集団だ…。こんな物騒な連中を雇っているなんて、正気ですか?」「共生関係というやつじゃよ。お互いの秩序を守るためのな。さあ、大人しくその聖遺物を引き渡してもらおう!」「いつの間に聖遺物になってるんだ…」
(15)「さあ、これで僕たちを解放してくれますね?」
(14)「はっきり言いましょう。僕が保護しているこの人を、今すぐに適切な治療を受けられる所まで連れてゆかなければなりません。それを妨害するというのであれば、人命を危険にさらすことになります。そうなれば、あなた方こそ償えないような事態になりかねません。迅速な救助をさせて下さい」
(13)「とにかく、禁足地に足を踏み入れた罪と、遺失物を持ち去った罪を償ってもらう」「だから物じゃなくて人ですってば!」「早くそれを我々に引き渡せ!」「あー、もうしつこいなぁ」
(12)「はい?」「禁足地においては、たとえ石ころひとつであろうと持ち帰ってはならないのだよ」「僕は何も持ち帰っていませんが…」「持っているではないか! 両手でしっかりと!」「こ、これは人です。たぶん…。砂漠で倒れてて、というか元々空から降りて、ああ、何て説明すればいいんだろう」
(11)「禁足地に入ったな!」「気がつくと、僕は砂漠の民に取り囲まれていた。どうやら、僕が歩いていた砂漠の一部が、彼らの聖域、つまり禁足地になっているらしかった」…「知らなかったんです」「知らなかったでは済まないぞ。それに、君は一つだけじゃなく、二つもルールを破っている!」
(10)「いつの間にか集まってきた大きな鳥が、君のことをしきりにつつこうとしていた。僕は必死に抵抗して何とかそいつらが諦めてくれるのを待った」
(9)「君はただ眠っているように見えたよ。でも、呼びかけても全く反応がなかった。そのままにはしておけないから、一緒に連れてゆくことにしたんだよ」
(8)「でも、徐々に高度が下がっていって、しばらく見ていたんだけど、とうとう触れそうなところまで来たんだ」
(7)「輪っかと一緒に浮いてるって、もうほとんど天使みたいじゃない」「羽が生えていれば完全にそうだったかもしれない。でも君は飛んでいるというより、浮き草のように漂っているだけだったけど」
(6)「ええっ?」「だからぁ、空を漂ってたんだよ。その輪っかと一緒にね」
(5)「僕は旅をしていた。まぁ、旅の目的は後で話そう。とにかく、そこで君と出会ったんだよ」
(4)「私、どうしてここに居るの? 一体どうしてここに来ているのか思い出せない…」「そうかい。それじゃあ、僕が知っている限りのことを教えるよ」
(3)「んん? ところで、ここは一体…。あなたは?」「君、何も憶えてないのかい?」「何だろう。何だか、すごく長い夢を見ていたような気がする…。でも思い出せない」
(2)「どうして?」「そうするしかなかったからさ」「本当に? 本当にそうするしかなかったの?」「じゃあ、君がドーナツの穴ばかり見ていたのも、そうするしかなかったのかい?」
(1)「思えば、ドーナツの穴ばかり見ていた人生だった」「そう。僕はレモンをひたすらかじっていたよ」