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Lifestyle|フィンランドのクリエーター図鑑 〈15.ハンナ・リューナネン〉

デザインや自然、食べ物など、様々な切り口から語られるフィンランドの魅力。そんな中、フィンランドに何度も訪れている宇佐美さんが惹かれたのは、そこに暮らす「人」でした。このコラムでは、現地に暮らし、クリエイティブな活動を行う人々のライフスタイルやこれまでの歩みをご紹介。さて、今回はどんな出会いが待っているのでしょう。

9月16日はKanteleen päivä-フィンランドを代表する民族楽器カンテレの日です。フィンランドのカンテレ協会は、現地時間13時(日本時間19時)にみんなで一つの曲を演奏するフラッシュモブイベントを予定しています。メイン会場はヘルシンキ中央図書館Oodiですが、カンテレをお持ちの方は世界中どこからでも参加できます 。#kanteleenpäivä2023のハッシュタグから、カンテレの秋を体感することができます。

カンテレの日をお祝いして、私たちのコラムでも今回は、古往今来と対話しながら芸術を爪弾く、クリエーターの暮らしの根っこを紹介します。

Hanna Ryynänen(ハンナ・リューナネン)/ カンテレ奏者、作曲家

プロのカンテレ奏者で作曲家のハンナ・リューナネンさんはヘルシンキを拠点に活動しています。ソロ、アンサンブル、デュオと音楽活動を幅広く展開し、今年5月には待望のソロアルバム「Taite」をリリースしました。カンテレの幻想的な音色を国内外に響かせています。

ハンナさんが生まれ育ったエスポーはヘルシンキに隣接し、首都に次いで人口の多い都市として知られます。少し足を伸ばせば都会の空気を感じられる環境にありながら、ハイキングが手軽に楽しめるヌークシオ国立公園や、湖、白樺林など、フィンランドらしい自然を満喫できるエリアとして観光客にも人気です。

カレリアにルーツをもつハンナさんたち家族は、エスポーの小さな農場で森と畑に囲まれて暮らしていました。鮮やかな想像力で様々な遊びを創作した幼少期。お姉さんは憧れの存在でした。姉を真似てギターを習おうとしたハンナさんですが、最終的に母親に勧められたカンテレを演奏してみることに。その挑戦が、カンテレ奏者としての原点になりました。

「初めてカンテレを弾いたのは8歳の時です。まっすぐに心に届く音色にたちまち夢中になりました。最初は母の知り合いから教わっていましたが、やがてエスポーの音楽スクールに通って趣味として演奏するようになりました。」

基礎教育を終えたハンナさんはタピオラの音楽高等学校に進学。エスポーの音楽スクールでもカンテレのレッスンを続けていましたが、高校2年の時にフィンランドで唯一の音楽大学、シベリウス音楽院民族音楽学科のジュニア・アカデミーで勉強する機会を得たことが大きな転機となりました。

「ジュニア・アカデミーでの教育は、高校生だった私には革命的な経験となりました。音楽こそが私の進むべき道なのだと確信させてくれました。これまで以上に音楽に深く没頭することができ、今も一緒に仕事をしている素晴らしいアーティストと知り合うこともできました。」

タピオラの音楽高校を卒業した後は、北カレリア地方の中心ヨエンスーへ移り、カレリア応用科学大学で民族音楽の教育学を1年間学びました。また、スウェーデンのヨーテボリへ交換留学をして、世界の音楽への知見を深めました。2015年秋からは、シベリウス音楽院民族音楽学科で再び研鑽を積み、2022年春に音楽の修士号を取得し卒業しました。


フィンランドの民族楽器カンテレはツィター属の弦鳴楽器です。奏者は膝やテーブルの上に楽器を乗せて、素指で弦を弾いて奏鳴するのが一般的です。元々は、トウヒなどの木の表面をくり抜き、その上に5本の弦を張って作られるシンプルな形状でした。弦楽器は弦の数が増えることで音域が広がります。カンテレも次第に多弦化が進み、伝統的な5弦から40弦まで様々に展開されています。

「楽器は人生のパートナーです。現在はサーリヤルヴィ・カンテレや西シベリアのナルス・ユフ、竪琴の形をしたゲシュレ、5弦の真鍮弦カンテレ、39弦のコンサートカンテレなどを所有しています。豊かな音色は自己表現を多様に叶えてくれるだけでなく、私自身の存在意義を求める中で真価を引き出してくれます。私はカンテレより美しい音を他に知りません。何度聴いても飽きることがなく、演奏するたびに新しい冒険に出かけたような気分になります。」

フィンランドには独自のカンテレ奏法と形状が伝承されている地域があります。サーリヤルヴィもその一つで、短い木の棒を用いて演奏するのが特徴です。ハンナさんはソロのステージではよく、サーリヤルヴィ・カンテレを演奏します。フィンランドの伝統的なカンテレのモデルとも言われており、サウンドホールには職人たちによって竪琴の形が刻まれています。

「サーリヤルヴィ・カンテレの豊かな音色と刺激的な奏法に魅了されています。 演奏中は心が解き放たれた気持ちになります。将来的にはソロのキャリアにおいて他のカンテレも使用するかと思いますが、今のところはサーリヤルヴィ・カンテレに集中したいと考えています。」


ハンナさんは初めてのソロアルバム「Taite」を今年5月にリリースしました。フィンランドやカレリア、ラトヴィアなどの奏法に着想を得て自ら作曲した8曲を、21弦のサーリヤルヴィ・カンテレで演奏しました。弦と楽器のボディを叩きながら奏するパーカッシブなテクニックは、繊細でありながらも力強い、心の琴線に触れる音色を生みます。

「私は芸術の本質的な価値を強く信じています。芸術は体験するために創造され、それ自体に価値があります。必ずしも、何かを伝える必要性や義務があるとは思いません。」

カンテレの指導者としての教育活動にも積極的に取り組み、シベリウス音楽院に在学中から国内の音楽学校やカルチャースクールなどでカンテレを教え始めて今年で8年になります。さらに今年9月から、ハンナさんはシベリウス音楽院で民族音楽科目の非常勤講師として新しい仕事を始めます。

「学びへの情熱は伝播します。私自身も生徒たちと一緒に作曲するなかで、彼らが創作する音楽やカンテレへの姿勢から良い刺激を受けています。好奇心旺盛な視点で世界を探求する動機にもなります。」


ハンナさんはカンテレの伝統的な奏法やアーカイブ音楽から着想を得て、伝統に基づいた作品を創作しています。

「カンテレで何か新しいものを創る時、例えば新しい奏法を開発する時、私の作品は、ずっと昔から存在する一切合切、これまで私が感銘を受けたすべてに基づいていると言えます。私たちは経てきた時間から決して切り離されることはなく、カンテレの伝統の美しい伝承の一部になれると思うと心が安らぎます。自分の音楽を演奏し、自分の芸術を他の人たちと共有できるあらゆる機会に感謝しています。」

誰かの役割を引き継ぐ時。前任者のやり方を踏襲することで、物事を滞りなく処理できますが、事情は各人各様で社会は目まぐるしい速さで変化しています。今起こっていることを冷静に分析し、新しい出来事に対処する。そのためには、年長者や経験者の助言が、物事を解決する手がかりになる場面もあれば、慣習にとらわれないフレッシュな視点が旧套に風穴をあけることもあります。誰彼なしに気負いなく機会を創出できる社会には多様な音が響き渡り、その音色を後世にまで伝えることができるのかもしれません。

\ ハンナさんにもっと聞きたい!/

Q. どんなことからインスピレーションを得て作曲しますか?
私にとって作曲とは、自分自身の感情の世界を分析することです。人生のあらゆる場面をカンテレと共有し、経験を音にして響かせています。例えば、ベリーの茂みに美しいラズベリーを見つけたり、ゴッドマザーとスモークサウナに入ったりしている場面でいいアイディアを思いつくことがあります。

一方で、創作の過程におけるインスピレーションは、いつ何時得られるものでもないとも思います。芸術を創ることは神秘的なことではなく、耕した土壌でいちから作物を育てる農業と同じくらい大変な作業です。作品を創造する時はひらめきだけに頼るのではなく、献身や努力、新しいものを考えて形にすることへのモチベーション、そして、まだ存在しないものを想像する力が不可欠です。

Q. 思い出に残っているコンサートや、憧れのステージはありますか?
今年5月にヘルシンキのピタヤマキにある小さな教会で『Taite』アルバムリリースコンサートを開きました。満員の聴衆を前に演奏し、心に深く刻まれています。

最近はフィンランドのビジュアルアーティスト、レイダル・サレストニエミのアートにとても興味を持っています。ラップランドのキッティラに彼のアートに特化した美術館があるので、そこでコンサートを開きたいと考えています。

いつか叶えたい大きな夢もありますよ。それは、日本でカンテレを演奏することです。日本の文化を体感し、日本のカンテレ奏者とお知り合いになることが叶ったら、、、なんて素敵なことでしょう。

Q. 伝統楽器奏者としてどのような志をもっていますか?
カンテレの多様性を育てていきたいと思います。様々な種類のカンテレを用いてパフォーマンスし、どれだけ豊かで多用途な楽器であるかを可視化することが非常に重要だと考えています。

カンテレはエネルギーに満ち溢れた楽器だと思います。長い歴史が培った美しさを今に伝え、明るい未来へと向かっているのです。私はいつも、過去から現在、未来へと過ぎ行く時の流れと対話をしながら演奏します。

私の音楽が皆さんに、喜びや慰め、温かさ、理解、心地よい居場所、自分自身を見つけ振り返ることのできる環境、そしてただそこにいて呼吸する機会を提供できていることを願っています。

Instagram:@usami_suomi