Lapin Ange獣医師の「ネットで見たんだけど・・」 #15: ビタミンDの功罪
今日は節分,年越しです。 私の生家では,節分に恵方巻を食べるという近年の習慣には馴染みがなく,節分には専らイワシを食していました。 そして今,妻は毎年節分には巻寿司を作るとともに,食卓にイワシを用意してくれます(柊刺しは匂いが凄いし,カラスが来るので食べるのみです)。 ただ,先ほど訪れたスーパーでは,お寿司コーナーの賑わいとは対照的に,鮮魚売り場でイワシを買い求めるかたは殆ど見かけませんでした。 近茶流宗家 柳原尚之さんの解説によると,恵方巻は戦前・戦後に大阪の寿司商組合と海苔問屋協同組合が売り出した「幸運巻き寿司」に始まり,1980年代の終わりにセブンイレブンが「恵方巻」の名で売り出したものが全国に広がったとのことで,今の方々には,この巻寿司の方が「伝統的な?」習慣として定着したようですね。
ここまで書いたところで,専門店で焼きたて海苔を購入して来てくれた息子夫婦とともに食事を楽しんだため,既に立春となりました。 数え(かぞえ)なら,この間に一つ歳をとってしまったのですが,前回(#14)記したように,1月2日に羽田空港で起きた事故の影響で,延泊となった大阪のホテルで過ごした1月4日の夜,NHKの「あしたが変わるトリセツショー」で,ビタミンDについて解説していました。
科学雑誌 Reviews in Endocrine and Metabolic Disorders の論文「The vitamin D deficiency pandemic: Approaches for diagnosis, treatment and prevention」に基づいて,今,世界中で報告されているビタミンD欠乏を「ビタミンD欠乏パンデミック」と称し,日本でも79%の人がビタミンD欠乏状態にあるという東京都の調査結果が紹介されました。 ビタミンDが骨代謝に重要な役割を果たしていることは一般にもよく知られていますが,その他にもインフルエンザの予防,癌や心筋梗塞などのリスクを低減する作用があることが判ってきており,その欠乏により,私たちは,くる病や骨粗しょう症といった骨疾患の他,種々疾患のリスクに曝されています。 そこで番組では,ビタミンD欠乏を改善する方法として,陽に当たる(ことによってビタミンD合成を促す)ことと,サケなどの魚を食べることを推奨していました。
ワンちゃんの場合もビタミンDの重要性は同様で,食餌によって必要量のビタミンDを摂取する必要がありますが,通常の(適切な)ドッグフードを食べていれば,ビタミンD欠乏による障害を発現する可能性は少ないと思います。 今回お話したいのは,逆に,ビタミンD過剰による害についてです。
ワンちゃんのビタミンD過剰
ビタミンDは,いわゆる脂溶性ビタミンの一つであり,水溶性ビタミンのように容易に尿中に排出されず,体内に蓄積する傾向があるので,過剰による病害の可能性があることは想像し易いです。 このような説明はネットにも多く見られ,過剰になると高カルシウム血症や石灰沈着の他,種々の病害があると述べられています。 しかし,上述の通り,通常のドッグフードを適切に食べていれば,ビタミンD欠乏や過剰になることはないと考えられます。 では,どうしたらビタミンD過剰,ビタミンD中毒になるのでしょう? 実際のところ,どうなのでしょうか?
調べてみると,報告例がありました。
活性型ビタミンD誘導体含有軟膏の誤食により高カルシウム血症を呈した犬の1例:
2016年,開業医さんからの報告です。 詳細な状況は不明ですが,ビタミンDの軟膏をワンちゃんが食べてしまったという誤食で,飼い主さんの不注意によって起こる可能性を想像し易い事故ですね。
活性型ビタミンD3外用薬の慢性摂取により高カルシウム血症が認められた犬の2例
2014年,北大動物病院からの報告です。 2例とも,飼い主さんのお話では薬剤などの誤食は否定的だったのですが,検査結果はビタミンDの過剰摂取の可能性を示しており,改めて飼い主さんに詳細に聴取したところ,飼い主さんが皮膚病の治療としてビタミンD軟膏を使用しており,ワンちゃんが,軟膏を塗った飼い主さんの皮膚を日常的に舐めていた,または飼い主さんの皮膚の落屑(剥がれ落ちた皮膚)を食べていたことが判明し,注意を促したところ,症状が改善したということです。
ビタミンD過剰の可能性のあるペットフードについて(注意喚起)
2018年,農林水産省が国内のペットフード業界宛に発した文書です。 同年に米国食品医薬品局 FDA が公示した内容として,米国においてビタミンDが過剰に含まれる可能性のあるペットフードが自主回収されたことを受け,農林水産省が,輸入や国内流通の際に留意するよう求めたものです。
FDAのwebサイト
上記のペットフード自主回収事例発生との時系列(事例発生を受けての対応なのかどうか)は存じませんが,米国FDAのwebサイトには,Vitamin D Toxicity in Dogs なる項を設けて,イヌにおけるビタミンDの毒性について解説されていますので,これを紹介します。
原因
中毒の兆候
診断
処置
飼い主に向けて
獣医師に向けて
ビタミンD過剰によるドッグフード製品のリコール
結論
上にご紹介した国内の中毒例のうち,ビタミンD 軟膏の誤食は,そのリスクが容易に想像できる事故です。 これまでにも何度も申し上げているように,ワンちゃんの健康を守るのは私たちの責任です。 医薬品は,有害な食品以上に注意が必要なので,厳重な管理をお願いします。
飼い主さんの皮膚に塗られた軟膏をワンちゃんが日常的に舐めていたという事例も,できれば気付いて欲しかったと思いますが,それほどのリスクがあるとは分からなかったかもしれませんね。 皮膚病の患部の落屑をワンちゃんが食べていたというのは,正直,私も「本当に?」と思ったのですが,アトピー性皮膚炎などでステロイド軟膏を汎用されている方でしたら,(自分の眼や他の人への)コンタミのリスクに注意されているので,気付かれる可能性がありますね。
米国のリコール案件は,残念ながら私たちには避け難い事例です。 業界のトップカンパニーの一つであるHill'sの製品なので,疑わずに使ってしまいますね。
今回,中毒事例として論文などでの報告が見つからなかったのですが,ワンちゃん用のサプリメントとして広く販売されているビタミンもあり,過剰に与えることで中毒になるリスクを指摘しているwebサイトも少なくありません。 Hill'sの件はともかくとして,通常のドッグフードを適切に与えていれば,ビタミンDの過不足が生じる可能性は小さいのですが,ワンちゃんの食餌を自作されているオーナーさんは,くれぐれも注意してください。
雑記
冒頭,NHKのトリセツ は,ビタミンD欠乏の解消法として,陽に当たることを推奨していることを紹介しました。 これは,陽に当たることで,皮膚組織に存在するプロビタミンDがビタミンDに変換されるためで,現代のビタミンD欠乏は,紫外線の有害性が強調され過ぎた結果,陽に当たることを極端に避けるようになったことが主要な原因の一つだと考えられるとのことでした。 小児科の学会や臨床医の報告をみると,小児におけるビタミンD欠乏の影響は深刻で,ビタミンD欠乏性くる病の発生数は急増しているそうです。 ラッシュガードや日傘を常用している小学生を見かけることも少なくありませんが,「日焼けをせずにビタミンD生成する」ための日照時間が,国立衛生研究所 NIESのサイトで参照できますので,ご参考まで。
一方,ワンちゃんですが,ワンちゃんの皮膚は,日光によって十分なビタミンDを合成することができないため「食餌によって必要量のビタミンDを摂取する必要がある」と述べました。 これは,ワンちゃんの皮膚には,ビタミンDを作るために必要なプロビタミンDが少ないのが理由ですが,ネットには「犬の皮膚は毛で覆われていて陽が当たらないため」というサイトがあり,ちょっと笑わせてもらいました。
また別なサイトでは,ワンちゃんに与えるのに「注意したい食べ物」としてサケを挙げ,「サケは、ビタミンDを多く含んでいます。 大量にサケばかり与えているとビタミンD過剰症になる可能性があります。 ビタミンD過剰症は,体へのミネラル沈着,高カルシウム,嘔吐などを引き起こします。」と解説していますが,「大量にサケばかり」食べているワンちゃんを私は未だ見たことがありません。 多分,北海道のヒグマでもそんなに食べていないでしょう。
これらのwebサイト,呆れるというより,もはや少し微笑ましい気分にさせてくれます。