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Lapin Ange獣医師の「ネットで見たんだけど・・」 #5: イヌにマカダミアナッツ? エタノール? ホップ? 

今回は3品目まとめて,ワンちゃんの、マカダミアナッツ,エタノールおよびホップ中毒です。
マカダミアナッツはかつてのハワイ土産の代表格,エタノールは言うまでもなくお酒,ホップはビールの原料となる植物,みなさんよくご存知ですね。 ネットには、これらの食品もイヌに中毒を起こすという記事が見られます。

誰が飲ませるの? いつ食べるの?

マカダミアナッツはともかくとして,エタノール中毒って,ワンちゃんがお酒を飲むのでしょうか? もちろん害があることは解りますが,誰かが飲ませない限り,エタノールを飲む機会なんてあるのでしょうか? ビールの原料ホップ,実物を見たことすらない人もいらっしゃると思いますが,いつどこでワンちゃんが食べるのでしょうか?  私のご近所さんは,スポーツ後のビールで,アルコールの影響で上機嫌にはなっても,ホップの有害作用があるようには見えませんが,ワンちゃんは特別なのでしょうか?  マカダミアナッツにしても,身体に良いという話をよく聞きますが,ワンちゃんには有毒なのでしょうか? 本当のところ,どうなのでしょうか?

学術論文には

というわけで,例によって,Frontiers Veterinary Scienceに掲載された "Household Food Items Toxic to Dogs and Cats" から,これらの品目に関する記述を紹介します。

マカダミアナッツ
マカダミアナッツは,商業的に重要な植物です。  普通にナッツとして販売される以外にも,ケーキ,クッキー,またはキャンディーなどに使用され,人用のスナックとして非常に人気があります。 コレステロールとナトリウム含有量が低く,マンガンとチアミンの優れた供給源であるため,貴重な食品と考えられています。 マカダミアナッツ中毒は,これまでイヌでのみ報告されていますが,毒性の作用機序は不明で,毒性を誘発する用量も確立されていません。 わずか 0.7 g/kg のナッツの摂取が,臨床症状の発現につながったという例がある一方で, 毒性量として2.2 〜 62.4 g/kg の範囲の報告があります。 臨床徴候は一般に,摂取後 12 時間以内に発現し,衰弱 (特に後肢の衰弱),抑うつ,嘔吐,運動失調,振戦,高体温,腹痛,跛行,こわばり,横臥および粘膜蒼白などが含まれます。 今日まで死亡例は報告されておらず,獣医師の処置が行われれば 24 ~ 48 時間以内に完全に回復すると考えられます。

エタノール
エタノールは,アルコール飲料,ペンキおよびワニス,医薬品,香水,うがい薬,また,一部の体温計や不凍液など,さまざまな製品に含まれます。 消毒剤や燃料代替物としても使用されるほか,エチレングリコール中毒の治療にも使用されます。  小動物のエタノール中毒は,通常,アルコール飲料の偶発的な摂取によって発生します。 イヌでのエタノール中毒は,腐ったリンゴ,スロージンを作るために使用されるスローベリー,生のパン・ピザ生地(酵母が炭水化物をエタノールと二酸化炭素に代謝します)の摂取によって起こっています。 エタノールは消化管から速やかに吸収され,血液脳関門(脳内の血管は,他の全身組織の血管に比べて,種々物質の透過を制限することで,脳組織を守っています)を通過します。   通常,摂取後 1 時間以内に臨床症状が現れ,中枢神経系の抑制,運動失調,無気力,鎮静,低体温,代謝性アシドーシスが見られます。 動物は昏睡状態になり,重度の呼吸抑制を発症することがあります。 生のパン生地を摂取した動物では,過度のガス生成による腹部の膨満と痛みが見られる場合があります。 嘔吐の誘発には細心の注意を払い,摂取後の経過時間が短く,且つこうした所見がない場合にのみ行います。 腐ったリンゴを大量に摂取したイヌが,嘔吐,運動失調,振戦,脱水症状を起こした後,死亡したとの報告がありますが,腐ったリンゴを慢性的に摂取したことによる肝障害 (慢性的なエタノール中毒) が死亡原因として疑われました。

ホップ
ホップは,ビール醸造に使用されます。 ビールに苦味とホッピーな香りを加え,また泡を安定させます。 自家醸造の人気が高まるにつれ,コンパニオン アニマルが曝露される可能性が増しています。 生あるいは使用済みホップのどちらも,イヌの悪性高熱症の発症に関与します。 どの犬種も影響を受ける可能性がありますが,悪性高熱症になりやすい犬種 (グレイハウンド,ラブラドール レトリバー,セントバーナード,ポインター,ドーベルマン,ボーダー コリー,イングリッシュ スプリンガー スパニエルなど) は特に影響を受けやすいようです。 ホップには,樹脂,エッセンシャル オイル,フェノール化合物,窒素化合物などが含まれており,これらの化合物またはその代謝産物が,悪性高体温を引き起こす可能性があります。 ホップを摂取してから数時間以内に,顕著な高熱,不安,頻脈,呼吸促迫,あえぎ,嘔吐,腹痛,発作などの臨床症状が見られることがあります。 筋肉の壊死を示唆する,暗褐色の尿が観察されることもあります。 発熱に対する積極的な治療を行なっても,死亡率が高くなる可能性があります。 ある報告では,ホップの摂取後に顕著な高熱,落ち着きのなさ,あえぎ,嘔吐,腹痛および発作を示したイヌ5例 (うち 4 例はグレイハウンド) のうち4例が,集中的な治療にもかかわらず死亡しました。 ホップを摂取した疑いのあるイヌは,消化管からの除去や全身の冷却をしっかり行う必要があります。 可能であれば,悪性高熱を改善するためにヒトで使用されている,ダントロレンナトリウムの投与が推奨されます。

要約すると

  • マカダミアナッツは,ケーキやクッキーなど種々の製品に含まれており,ヒトでは身体に良いとされているが,イヌ特異的に中毒を起こすことがある。

  • マカダミアナッツ中毒の原因物質は判っておらず,中毒量も不明。 種々の症状を誘発するが,概ね予後は良好。

  • イヌのエタノール中毒は,飲料としての誤飲のほか,腐敗したリンゴや生のパン生地の摂取によって起こる場合がある。

  • エタノールの急性あるいは慢性中毒の影響は・・みなさんよくご存知なので省略します。

  • ビールの自家醸造が広まっていることで,イヌがホップを誤食するケースが増えている。

  • ホップ中の種々化合物の影響として,悪性高熱症が誘発されることがある。

  • ラブラドール・リトリーバやグレイハウンドなど,悪性高熱症になり易いとされている犬種は特にホップの影響を受け易い。

  • 悪性高熱症を発症すると,重篤な状態に陥ることが稀でなく,死亡率も高い

ダメです!

結論(私の見解)

  • 「ワンちゃんにマカダミアナッツはダメ」というのは,多くのwebサイトで述べられており,みなさんも目にされたことが少なくないと思いますが,ブドウなどと同様に,中毒の原因物質は特定されていないため,中毒量も不明です。 比較的予後は良好ですが,その毒性はイヌ特異的で,ヒトでは逆に,アーモンドや他のナッツ類と共に身体によい食品として,適量を日常的に摂取することが推奨されていますので,注意が必要ですね。

  • アルコール飲料は,特にお子様がいらっしゃる家庭では,ワンちゃんが飲めるような形で放置されることはないと思いますが,生のパン生地やリンゴは,可能性があるかもしれません。 お庭に窯を自作されたり,自宅でパンやピザを焼くご家庭も増えており,リンゴのシードルなどを作られる方もいらっしゃると聞きますので,注意が必要ですね。

  • ホップについても,従来は家庭に存在する可能性は低かったと思いますが,日本でも自家醸造が流行っているという話を聞いた記憶がありますので,中毒の機会は想像より多いのかもしれません。 米国動物虐待防止協会ASPCAのwebサイトにも「2014年から2015年にかけて,ホップによる中毒の件数は倍増し,その後も着実に増えている」と記されています。 悪性高熱症は,手術などで麻酔薬を投与されたヒトに起こる,かなり稀有な疾患です。 私は,この記事を書くにあたって勉強するまで,この疾患が上記の犬種で起こり易いことや,それがホップによって誘発されることも知りませんでした。

あるドッグフードのショッピングサイトに,ホップ製品がありました。
「使用部位:穂」と記されており,ビール醸造に用いる部分と同じと思われます。 私はこの商品を貶める意図はなく,もしかすると,安全に利用するための何かしらの研究データやノウハウを持っているのかもしれません。 ただ,私が調べた限りではそれらしい論文などは見つけられませんでした。 ぜひ商品説明として,ユーザーが安心できる解説をご記載いただきたいですね。

雑記

  • 冒頭で,マカダミアナッツを「かつてのハワイ土産の代表格」と述べましたが,実は最初「ハワイ土産の代表格」とだけ書いたところで,私たちが若い頃はそうだったけど,今はどうなのか不安になりました。 で,調べてみたこところ(ネットで見たんだけど)あのマカダミアナッツチョコレートは「ハワイおすすめ土産ランキング」5位で健在でしたが,念のため「かつての」を入れました。

  • イヌのホップ中毒について,いつもの論文(レビュー)を基点にこの記事を書いていますが,実はホップ中毒を説明しているwebサイトは多くありません。 (日本の)Googleで国内のサイトをざっと調べただけでは数個しかなく,それらサイトの記載内容をよく見ると,私と同じ論文が参照されていました。 少し気になって,世界の研究者の多くが利用している科学論文の検索サイトで「dog, hops, hyperthermia」などで検索したところ,論文の数は少ないものの,幾つかの報告がありました。 さらに米国のGoogleで検索したところ,ヒットした中には,上記の米国動物虐待防止協会ASPCAや,米国の獣医師を中心とした機関MedVetも含まれていました。 これらのことから,ホップ摂取によって中毒が起こる場合があること自体は間違いなさそうだと判断しましたが,上にも述べたように,原因物質や遺伝的素因などがよく判っておらず,未だ研究段階なのだと思います。

  • ともあれ,生活スタイルや趣味の多様化にともなって,多くの人が色々なものを食べたり,自作して楽しまれる機会が増えています。 同時に,ワンちゃんが家族の一員としてお家の中で暮らすのが普通になったことで,中毒事故の種類や頻度も増えているようです。 獣医師であっても知らないことや,原因が判っていない中毒事故もまだまだありそうです。 ワンちゃんオーナーのみなさんには,食品だけでなく,家庭用品や医薬品の管理に,いっそうの注意をお願いします。

  • ところで,リンゴのシードル作りやビールの自家醸造は違法ではないのか,という点については,国税庁のwebサイトによると,アルコール度数1%未満であれば酒税法違反にならないそうで,みなさん,その範囲で楽しんでおられる・・・はずです。多分ね。


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