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Lapin Ange獣医師の「ネットで見たんだけど・・」 #21: ビーガンじゃなくて...

 本シリーズ記事の「#17:ビーガン,ベジタリアン,ケトジェニック・・」で,ワンちゃんはビーガンたり得るのか,について述べました。 ビーガンやベジタリアンの方々は,倫理的信条や健康上の利点などに基づいて食肉や動物性食品を忌避されると思いますが,今,世界は,別の理由で,従来の食肉の代わりとなる代替肉,いわゆる「クリーンミート」を探求する動きが活発になっています。 メディアやネットでも多く解説されているので,皆さんよくご存知だと想像しますが,大きくは以下が主な理由と思われます。

  • 食肉需要の増大:世界の人口増加率は1960年代のピーク後,漸減していますが,人口そのものは今なお増え続けています。 加えて,新興国の経済発展による食文化の変化が進んでおり,世界の食肉需要は急速に増大しています。

  • 畜産が環境に与える影響:「食肉需要が増えているなら生産を増やそう」と簡単には言えません。 畜産には広大な土地,莫大な飼料,大量の水が必要です。 家畜を飼養する場所に加えて,トウモロコシなどの飼料作物を栽培するための土地や水も必要です。 排水,排泄物の処理への配慮,設備も必要となります。 さらにTVなどでもよく紹介される通り,牛などの反芻動物を飼育する場合,その噯気すなわち「げっぷ」が問題になります。 反芻動物の「げっぷ」にはメタンが含まれており,メタンは二酸化炭素の20倍以上の温室効果があるとされているため,温暖化への影響が懸念されます。

 こうした環境問題に配慮しつつ,食肉あるいはタンパク質需要に応える手立てとして,大豆ミートやピープロテインなどの植物や菌類を使った「擬似肉」,FAO(国連食料農業機関)も推奨する「昆虫食などの他,牛などの細胞を培養して作出する「培養肉」などの開発が進められています。

「昆虫食」はともかくとして,「擬似肉」はあくまでも『本物のお肉みたい〜!』なものであるのに対して,「培養肉」は牛やニワトリの細胞で構成された本物のお肉です。 味や価格など,まだまだ課題はあるようですが,シンガポールや米国では既に,安全性の問題は見られないとして,培養肉の販売が許可されています。 日本でも,多くの企業や研究機関などが培養肉の開発に注力しており,日清食品と東京大学の共同研究グループは「食べられる培養肉」(細胞培養のための培養液に加える物質などの全てに「食べられる」ものを使用)を作出し,東京大学の倫理審査専門委員会の審査を経て,試食を行いました。

そんな中,先週,各国メディアが伝えたところによると,英国が世界で初めて,培養肉をペットフードとして販売することを認可しました。 ここではBBC英国放送協会の記事の内容を紹介します。

Lab-grown meat set to be sold in UK pet food (培養肉が英国のペットフードで販売される)

 英国は,実験室で培養された肉をペットフードに使うことを承認したヨーロッパ初の国となった。
 規制当局は動物細胞から培養された鶏肉の使用を承認し,培養肉会社 Meetly はそれを製造業者に販売する予定だ。
 同社によれば,製品の最初のサンプルは早ければ今年中にも発売されるが,生産規模が産業用レベルに達するのは今後3年以内だという。
 英国では,人間の消費を目的とした細胞培養製品の申請は承認されていない。
 食品基準庁(FSA)はこの動きを歓迎し,市場に出るあらゆる新製品を注意深く監視していると述べた。
 実験室で培養された肉は一部の国で賛否を呼んでおり,推進派は環境や動物福祉へのメリットを指摘する一方,反対派はコストがかかり農家に悪影響を与える可能性があるとしている。
 この製品の長期的な展望については疑問も残る。 Good Food Institute の報告によると,2023年,培養肉と養殖魚介類の分野への世界の投資は前年の3分の1以下に劇的に減少した。
 研究室で培養されたペット用肉に対する関心がどの程度高まるか,またそれが現在のペットフード市場にどの程度の影響を与えるかは不明だ。 調査会社 Kantar によると,今年これまでにイギリスのスーパーマーケットでは12億パックのペットフードが購入されている。
 Meetly のCEOである Owen Ensor 氏は,培養肉を市場に迅速に投入する安全かつ低コストの方法があることを同社は証明していると語った。
 「ペットの飼い主は,猫や犬に肉を与える,より良い方法を求めている。 私たちはこの需要に応えられることをとても嬉しく思っている。」と彼は語った。
 Ensor 氏は,近い将来,飼い主はペットに「地球や他の動物に優しい方法で,ペットが必要とし,渇望している本物の肉を与えることができるようになるだろう」と語った。
 2013年にロンドンで,25万ポンド以上の費用をかけて作られた初の培養肉バーガーが発表されて以来,世界中の何十もの企業が,人間とペットの両方のために手頃な価格の培養肉を市場に出す競争に加わってきた。
 植物由来の代替品とは異なり,農場で飼育される動物の代替品は肉です。 そのプロセスでは,多くの場合,動物から細胞を抽出し,タンパク質,糖,脂肪などの栄養素を加えます。
 細胞は分裂,成長し,その後,発酵タンクのような役割を果たすバイオリアクターに入れられます。 数週間後に「収穫」され,植物性タンパク質と混合され,成形されて調理されます。
 研究によると,培養肉をより多く食べることで,二酸化炭素排出量の減少と水の節約につながるだけでなく,土地を自然のために解放できる可能性があることが判明している。
 科学者たちは,肉や乳製品中心の典型的なヨーロッパの食生活と比較して,粉砕した昆虫や培養肉などの「グリーンフード」をもっと食べることで,地球への負担を軽減できる可能性があると述べている。
シンガポールでは,規制当局が2020年12月に実験室で培養された肉をレストランで販売することを許可した。 米国とイスラエルも,この製品を人間の食用として承認している。
 実験室で培養された肉を食べることは,米国やその他の国々で物議を醸す話題となっている。
 フロリダ州では,共和党 Ron DeSantis 知事が「世界のエリート」とその「権威主義的な計画」から「我々の牛肉を守る」と述べ,これらの製品を禁止した。
英国では,この問題に関する公的な議論はあまり行われておらず,人間が消費するのではなく,ペットフードに対してのみ承認が与えられている。
 Meetly 社は,自社製品のテストには,養殖鶏肉に細菌やウイルスがないこと,細胞を成長させるのに使われる栄養素が安全であること,そして最終的な肉製品が安全で栄養価が高く,遺伝子組み換え生物,抗生物質,有害な細菌,重金属,その他の不純物が含まれていないことの実証も含まれていると述べている。
 Department for Environment, Food & Rural Affairs 環境食糧農村地域省の一部である Animal and Plant Health Agency 動植物衛生庁は,この製品を承認した。
 FSAの食品政策担当副局長 James Cooper 氏は,動物飼料に細胞培養製品などの代替原料を使用するという革新は,安全かつ法律で義務付けられている限り,FSAは歓迎すると述べた。
 「ペットフードを含むこうした製品の安全性は依然として最重要事項であり,FSAは市場に出るあらゆる新製品を厳重に監視している」とクーパー氏は述べた。
 Meetly が最近加盟した団体,UK Pet Food の科学教育責任者 Sarah Hormozi 氏は,培養肉,昆虫,その他の新しいタンパク質は「環境資源への圧力が高まるとともに,食物タンパク質の需要が高まり続けている」ため「時宜にかなっており,歓迎される」と語った。
 彼女はまた,UK Pet Food は,新しいタンパク質が「目的に適合し,栄養学的に適切で,対象とする種にとって安全であり,その後でコスト効率と入手しやすさを向上させる」ことを確実にするためのさらなる研究を奨励していると付け加えた。

(BBC webサイトより引用および翻訳)

 このBBCの記事を読むまで,人間が食べるための培養肉がイスラエルでも既に承認されていることを私は知りませんでした(2024年 1月に承認されたそうです)。 で,少し調べてみると,特にこの1〜2年で,承認のための申請あるいはその準備を進めているという培養肉製品は数多くあり,ペットフードではなく家畜の飼料として承認済みの製品もあります。 (このあたり,厚生労働省 食品基準審査課がまとめた資料がありますので,興味のある方はご参照ください)

 冒頭に述べたように,これまで培養肉と言えば,味と価格が大きな課題だったのですが,既に実用レベルにかなり近づいているそうです。 記憶されている方も少なくないと思いますが,10年ほど前,ロンドンで培養肉バーガーの試食会が行われたことがセンセーショナルに報じられ,大きな話題となりました。 その際のハンバーガー1個の値段は,研究費込みで約3500万円でしたが,今では1000円台で提供可能だということです。 いつ見ても混雑しているSHAKE SHACKのシャックバーガー 920円,「3種類のチーズを包み込んで揚げたポートベローマッシュルーム」が入ったシャックスタック 1540円と比べて,「バカ高い」とは言えない価格です。
 味については,ロンドンの試食会の時点で,「肉のジューシーさは無いが,食感は完璧だ」「脂肪分がなく赤身の肉という感じだが,普通のハンバーガーを食べているようだ」という参加者のコメントが紹介されています。 そして日本人も,冒頭述べた日清食品と東京大学の試食で,「もう少し柔らかいと思っていましたが,食感がしっかりとしていて噛み応えがありました。 お肉そのものの味ではありませんが,旨みが出ていて,初めて食べる培養肉としては良い出来だと思います」
「食品として違和感のない噛み応えがありました。 肉の脂肪分や鉄分に由来する味は含まれていないにも関わらず,あっさりとした旨味を感じることが出来たのが驚きでした」との感想を述べています。 これらの試食は10年という年月を隔てて行われたにしては,味の進化があまりないように見えますが,ロンドンの肉は,培養して増やしたバラバラの細胞を集めて成型した「ミンチ肉」であったのに対して,日本のそれは,筋肉の立体的な組織構造を作成した「ステーキ肉」である点で,大きく異なっており,飛躍的な技術進歩によって成し得た成果でした。

驚異的なスピード感で進化している培養肉ですが,BBCの記事中にもあるように,その開発に反対する意見もあります。 組織培養にはもちろん,物資やエネルギーが必要で,培養肉が実用化され,大規模生産されるようになったとき,本当に温室効果ガスの削減になるのか,疑問を呈する学者もいます。 また高度な技術と大規模な設備が必要なため,培養肉の生産はおそらく大企業に独占されることになると想像され,従来の食肉生産者の生活が脅かされる可能性も否定できません。 清潔な施設で作られる安全な工業製品となるはずの培養肉が,実は培養中に青カビが発生していたために,消費者に腎障害が,というようなことも….

ともあれ,「培養肉? かっけー! ウマっ!」などという目新しさによるバイアスがなく,忖度もしないワンちゃんたちが食べたときに,どう感じるのか,是非知りたいところです。

雑記

 さて,人工肉や擬似肉について調べていると,たびたび「がんもどき」の話が出てきます。 仏の教えで肉を食べられないために,こんにゃくを炒めて「雁(がん)」の肉に似せた「擬き(もどき)」料理だったという,皆さんご存知のあれです。 でも,ウサギを「1羽,2羽」と数えるのは,耳が羽のようで,「獣じゃないよ,鳥ですよ」の体で食べたからだという話もあるため,子供の頃は,「ほんまかなぁ? 鳥の肉は食べてもよかったのか,ダメだったのか,どっちなん?」と疑問に思っていました。 大きくなって,仏教でも肉食を一律に厳禁としていたわけではなく,また時代や宗派によっても多少の違いがあるのだと理解したのですが,大学に入って,解剖学の講義で,ウサギの骨格が非常に軽くて折れやすく,鳥類に似ていることを知り,「ほんまやったんや!」と一人で納得したものです。

 「がんもどき」については,もちろん子供の頃から,その名はテレビや漫画で知っていましたが,それが,私たち関西人が「ひろうす」「飛竜頭(ひりょうず)」の名で親しんでいたものと酷似していると知るまで,実は「どんなもんやろ?」と思っていました。 「がんもどき」と「ひろうす」,見た目はほとんど同じこれらの食品が,全く異なる云われ,成り立ちのものだというのは,ちょっと面白いですが,同じものに対して,名前や由来が後付けされたのかもしれませんね。

 仏教に関連した肉食忌避の話のついでに,日本の精進料理について,近茶流の柳原尚之氏による解説がありましたので,興味のある方はどうぞご一読ください。 子供の頃,父に連れられて何度も食べた黄檗山萬福寺の普茶料理のことなど,懐かしく拝読した私はしかし,「がんもどき」と聞くと,マグマ大使の「人間もどき」を思い出すのです。


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