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時間があるから、9日かけてパンを焼こう。

空前絶後のコロナ地獄。自粛自粛自粛。自粛しなければいけないのはわかっている。政府がそういってるからじゃない。村八分にあいたくないからでもない。自分がかからないように、そして家族や近所のおばば様、小さなお子様たちにうつさないようにするため。それ以外の何でもないんだ。

けど、もやもやしないわけではない。ずっと家にいるし、人にも会えないし、やることもないし、お金もない。でも時間は、時間だけはいっぱいある。無限にあると言っていても過言ではない。アマプラの面白そうなのは見尽くしたからネットフリックスに移行しようかな、英語学習もしやすいみたいだし。

違うな、そうじゃないな。これでは時間を消費するだけだ。消費するための時間はただの無駄だ。無限にある時間を使って何かを生み出そう。そうだ、そうしよう。

1日目。

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まずは酵母液を作ろう。

瓶を煮沸消毒する。できれば、愛着が涌くようなかわいい瓶がいい。大きさは適当でいいけど、冷蔵庫に入れても邪魔にならない大きさがいい。でも小さすぎるとあとで困るので、ほどよくこれぐらいの大きさの瓶がいい。

煮沸消毒したら、瓶をよく冷ます。主役が死んでしまうからだ。よく冷めたことを確認してから、ヨーグルトと水を1:1の割合で8分目ぐらいまで入れる。砂糖を餌がわりにひとつまみ。よく振って、室温に置く。

今回の主役は、例の明治ブルガリアヨーグルト。の中に住んでいる、パンを膨らませてくれるなんらかの菌。どのメーカーの何のブランドが合うかはわからないけど、とりあえず明治ブルガリアヨーグルトは今のところ大変優秀だ。

R-1のドリンクタイプでも試してみたけど、全然ダメだった。R-1のドリンクタイプで作った自家製ヨーグルトは絶品なので、そちらは是非試してもらいたい。酸味が立たず、濃厚でまろやかな口当たりの大変美味しいヨーグルトができる。

ここからは、日の当たらない常温で、1日1~2回、ふたを開けて換気をしてからよく振る作業が続く。室温によって酵母が活発になるのに差があるので、毎日開けて毎日確認して、毎日振り続ける。

翌日も、この作業。翌々日も、この作業を続けた。

4日目

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5月の気温だと翌日から、蓋をあけたときに「シュッ」というようになる。3日目には「シュッ!」になり、4日目には「プシュッ!!」に変わった。

4日目には写真の通りボコボコの泡。耳を近づけると、ぷちぷちと泡がはじける音が聞こえる。匂いはチーズのような、ちょっとばかし腐ったような匂い。これが発酵なのか腐敗なのかは、私にはまだよくわからない。せっせと働いた酵母さんたちを一度休ませるために、いちど冷蔵庫に入れる。

ヨーグルトは乳酸菌がたっぷりという性質上、雑菌の繁殖は抑えられるのに酵母の繁殖には都合が良いらしい。確かに、自然界のものを直接水にドボンして何らかの菌を繁殖させるフルーツ酵母よりも、口に入れることを想定して作られるクリーンなヨーグルト酵母のほうが安定して起こせるし、安定して継げる気がする。フルーツの酵母は起こす段階で、そこそこの確率で腐るし、継いでも長持ちしない。

紅茶酵母もヨーグルトと同じぐらい起こしやすかったが、紅茶酵母はストレート法(元種を作ってワンバウンドさせずに、酵母液たっぷりで直接小麦を練って作る方法)で作るとちょっとばかし渋めの風味に仕上がるのと、色がついてしまうところがあまり好きではなかった。ところで、紅茶って加熱しているはずなのに、熱に弱い酵母菌が生きてるってどういうこと?お茶の葉を好んで酵母菌がつくの?世の中はわからないことだらけだ。

そういえば、腐るってなんだろう、発酵とどう違うんだろう、と思って調べてみたことがある。人間にとって都合のいいものが「発酵」、無益なものが「腐敗」だそうだ。人間と大きくまとめたが、食文化によってもその定義は様々だろう。まだ経ていないシュールストレミングは、日本人にとっては罰ゲームでも、スウェーデンの人たちにとっては美味しい食材なのだ。もしかしたらスウェーデンの人たちは、滋賀県名産の鮒ずしを一口食べたら卒倒してしまうかもしれない。もし北欧に行くときは、手土産に鮒ずしを持っていこう。

5日目

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一晩寝てもらった酵母液と強力粉をよく混ぜる。これも煮沸したケースがいい。前の住人が誰か分からないので、もしかしたら他の酵母が生きているかもしれない。それに、主役になる酵母より強い菌が居たら、酵母がかわいそうだ。一旦煮沸して、皆さんに立ち退いていただく。面倒であれば、水を1/3ほど入れて、ふたをちょっとずらして乗せてレンジでチンしてもよい。沸騰するまで加熱して、そのまましばらく放っておけば、煮沸したような気持ちになる。しかし、酵母菌は、前の住人が誰かによっては定住してくれない繊細な菌だ。この手間を惜しむと無駄になるので、やっぱりちゃんと煮沸しよう。時間はたくさんある。時間だけが、たくさんある。

さて酵母の元種を作ろう。パンを発酵させるにはいくつか方法があるのだが、そのなかで元種法とは、今まで水の中で培養していた酵母菌を小麦粉に引っ越しさせるやり方だ。酵母の原液をあらかじめ少量の小麦粉と混ぜて発酵させることで、酵母の原液の発酵力が読める。酵母を起こせていなかったとき、発酵力が弱くなっていたときに、ロスする小麦粉の量が減るばかりか、その発酵力で1次発酵にかかる時間もなんとなく読めるようになる。

よく見るのは強力粉と酵母液を1:1の配合で作る元種のレシピだが、ハードパン系なら強力粉と酵母液を10:7が使いやすい、らしい。ハードパンが好きなので10:7で継いでいるが、今のところ食パンしか焼いてない。

元種がどれだけ膨らんだか分かるように輪ゴムで目印をつけて、室温で放置する。数時間で倍になった。冷蔵庫に入れて休ませる。冷蔵庫に入れる前に、煮沸消毒したスパチュラかなにかでぼこぼこの気泡を抜いてあげる。

7時間経っても倍にならなければ、生地が傷んでしまう可能性があるので、とりあえず一旦冷蔵庫に入れる。

ちなみに酵母原液は、ぎりぎりまで減らしてから継ぐと増えるまでに時間がかかるので、半分ぐらいになったらまたヨーグルトと水を1:1で足してやるといい。これも室温放置し、ぼこぼこと元気になったら冷蔵庫に戻す。

ちなみに元種法にはデメリットもある。元種も原液も継ぎ続けないと死んでしまうから、パンをあまり焼かない人には向かないことと、酵母原液の風味は前述したストレート法に比べるとどうしても薄れてしまうことだ。つまり、ストレート法の欠点は全く逆で、酵母がうまく起こせていなかったときのロスが大きいことと、酵母液の風味が強く出ることがあげられる。(これは好みの問題)あとはパンの老化が早かったり、ボリュームが出にくかったりするらしい。知らんけど。

「知らんけど。」といったのは、それを実感できるほど、定量的に評価できるほど、コントロールしてパンを焼けるほどの腕が無いからだ。酵母にも得手不得手があるので、母が飼育している酵母たち(レーズン、ホシノ、酒種など)を同じレシピでやったら全然違う美味しさに出会えるのかもしれない。掛け算することが多すぎて、答えは無限大だ。まだまだ酵母に振り回される日々は続く。

6日目

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冷蔵庫に入れても少しずつ発酵は進む。

おはよう~とガスを抜いて、もう一度強力粉と酵母液を同じ分量だけ追加してよく混ぜる。また数時間で倍になる。酵母がすでにいっぱい居るところに更に酵母液を足すので、昨日よりも早く膨らんだ。

この段階で、元気な酵母か、そうでないかが、だんだん分かるようになる。この子はひとつひとつの気泡が大きくてとても元気だ。

もしも、2日目も7時間経ってもふくらみが悪ければ、他の菌が悪さしているか酵母が起きていない可能性がある。この場合は、パンを作ることを目的にヨーグルトを室温放置したので、べたべたのままだったり、ちょっと生地をなめて変な酸味を感じたら、それは「発酵」ではなく「腐敗」だ。

この日も余分なガスを抜いてから冷蔵庫へ。

7日目

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3日目。今日も昨日と同じことをする。

わたしはいつも強力粉30gに酵母液を21gで継ぎ足している。分量はどれだけでも構わないけど、比率は変えてはいけない。少しでも狂うとベーカリーパーセント(パンを焼くときは強力粉に対しての比率で分量が決まる)が狂って、生地がべちゃべちゃになったり、ぱさぱさになったりするので、きっちり計ってきっちり入れる。もしどちらかを入れすぎたら、もう一方も計算して入れすぎればよい。

これは混ぜたての元種。


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そして3時間後。もうこんなにぼこぼこに膨れている。

ガス抜きすると、アルコールのような、パンのような、いい香りがする。明日どうにかしてあげるからね、と約束して冷蔵庫に戻す。

そしてこの日、湯種を仕込む。強力粉、砂糖、塩を混ぜたところに熱湯を注いでよく混ぜる。ダマにならないように、大き目のボウルに入れて豪快に混ぜるのがポイントだ。

ゴムベラでボウルのまわりについた湯種をこそげてまとめて、乾燥しないようにラップをぴっちりかけて室温に放置し、粗熱がとれたらそのまま冷蔵庫で寝かせる。

ちなみに湯種は冷凍もできるので、立て続けに焼く場合はまとめて仕込んでストックしておくと便利だ。冷蔵なら2~3日、冷凍なら1か月ぐらいで使い切りたい。

天然酵母、かつ湯種を使った食パンのレシピは少ない。わたしはずっとこちらにお世話になっている。

ちなみに湯種法というのは、普通にパンを捏ねる工程では使わない「熱湯」を使うことに大きな意味がある。小麦の中のでんぷんは、水と熱と一緒になることで糊化する。読んで字のごとく、糊状になるのである。これが「豊かな甘み」「もちもちむちむち」「翌日もしっとり」という日本人なら100人99人ぐらいが理想とする食パンの3つの要素を一度にかなえてくれる魔法のような製法なのである。たったひと手間加えるだけで全然違うものになるし、天然酵母の中種法とのかけざんは面倒でも、イーストを使った生地のレシピもたくさん転がっているので、ホームベーカリーで焼く人にもぜひ試して欲しい。

8日目

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いよいよ本捏ね。いちど手を汚すと何もかもべたべたになるので、きっちり計って何もかもきっちり用意する。材料以外で用意するのは、生地を寝かせるためのタッパーと、捏ねるときにつかうカード、そして均等に分けるためのはかりだ。1次発酵が終わってから分けても構わないが、高加水の生地でべたつくので、打ち粉を少なくするため、生地を傷めないために、わたしは先に分けている。

そしていよいよここで、昨日まで育ててきた酵母さんの登場だ。

元種は、減ったぶんだけ小麦粉と酵母液を継いであげれば次回使いやすい。そして酵母液も使ったぶんだけまた継ぎ足しておく。元種は倍に膨れたら、酵母液はぼこぼこになったら、また冷蔵庫に戻してやる。どんどんタスクが増えていくが、時間はたっぷりあるからいいのだ。

ちなみに元種と酵母液の賞味期限は特にない。使わないときは3日に1回ぐらい継ぎ足しの作業をして、いっぱいになったら使ってあげればいい。ただし、生地にするのは継ぎ足しの作業をした次の日がいい。酵母が元気だからだ。たくさん焼くときは数回前の継ぎ足しから量を少しずつ増やし、逆にあまり焼かないときは挨拶程度に継ぎ足してあげる。捨て時があるとすれば、ふくらみが悪くなった時、カビたとき、ちょっと舐めて嫌な酸味を感じるときだ。これは間違いなくただの「腐敗」。ためらいなく捨てよう。私は蓋をあけるたびに匂いを嗅ぐようにしている。

ひとつ注意しなければならないのは、冷蔵庫に居ても少しずつ発酵する、つまりガスが出続けるということだ。ヨーグルト酵母は大変元気なので、数日放置すると蓋を開ける時に「ボンッ!!!」と音がする。あまり放置すると容器が割れる。と思う。

さて、本捏ねの話をする。

動画を見る場合はここでよく吟味する。はずれを引いても、捏ねている途中はスマホを触れない。Youtubeは長い広告がとにかくうるさいのでアマプラがおすすめだ。ちなみに先日、英語を聞き流そうと思って字幕版の「きっとうまくいく」を再生しながら捏ね始めて後悔した。英語じゃない。

最近パンを捏ねながら見て面白かったのは「岳」「こんな夜更けにバナナかよ」「ディバイナー 戦禍に光を求めて」「二百三高地」「グラスホッパー」「チアダン」「ジヌよさらば~かむろば村へ~」あたりだろうか。特に「岳」は見やすくて良い話だったのでパンを捏ねる時のキラーチューンになりつつある。逆に難しくてひとつも頭に入ってこなかったのは「キングダム」だ。基本何かをしながら流し見したいのに、もともと教養が無いこともあいまって三国志の話がひとつも頭に入ってこない。固有名詞も1音節語が多くてなかなか覚えられない。まあでも、やはり一番は相席食堂だ。ちょっと待てボタンのかわりにパンをしばいて遊べる。面白くない回と神回の振れ幅が大きいので注意が必要だ。

さて、いよいよ、バター以外の材料をすべてボウルに入れて混ぜる。粉気がなくなるまで混ぜたら、打ち台に出す。ボウルにはべったりと生地が残るので、カードでこそげてきれいにする。

最初は手のひらの付け根で台に擦り付ける。足には踵という名前がついてるけど手のひらの付け根はなんていうんだろう。グーグル先生に聞いてみたら「手根」という名前がついているらしい。そのまんまなんかい。

湯種や酵母が強力粉に馴染むと、さらにべたべたになる。ときおりカードで打ち台の生地をこそげ取りながら、とにかく生地をすりつけまくる。これが「グルテンを出す」という作業らしい。やればやるほど、ねばねばになる。台と指にまとわりついて全く離れない。台がズレるとストレスになるので、滑り止めマットを打ち台の下に敷いている。豪快にいきたい人は、キッチンの台をそのまま打ち台にしてもいいだろう。その後長時間発酵するので、雑菌の温床にならないように、綺麗に拭いてアルコール除菌し、キッチンペーパーでしっかり拭くことを忘れずに。アルコールが残っていると、酵母さんまで死んでしまい発酵力が弱まるからだ。

さて、生地を指先で少し伸ばして両手でゆっくりひっぱってみて、びよーんと伸びるようになったら、次は「グルテンをつなぐ」作業に入る。ぶつぶつと切れてしまうようであれば、まだまだグルテンの引き出しが足りないので、前の工程に戻る。

打ち台に優しく叩きつけてはカードではがし、また打ち付けてははがし、を繰り返す。手についた生地もカードで取りながら、生地の表面がちぎれないように、できるだけやさしく作業をすすめていく。でもこの生地は高加水でべたつくので正直難しい。湿気が多い日は水分の量を15gぐらい減らしてやるとよい。

これで綺麗にグルテンが繋がると、生地を少し伸ばして両手で広げてたときに、綺麗な薄い膜が張るようになる。ここまできたら、いよいよバターの登場だ。

室温でやわらかくしたバターを生地の中に包み込んで、上から揉む。生地の中で広がったら、カードで生地を切りまくってぐちゃぐちゃにする。生地の断面が多くなるとはやく生地とバターがなじむ。

ある程度馴染んだらまた、手根に体重をかけて打ち台に擦り付ける。油脂と生地をよく馴染ませる。両手で生地を伸ばして、生地が透けるぐらいなめらかになったことが確認できたら、また生地を叩いてつないでいく作業に入る。

高加水でなければ手から外れるのでばんばん打ち付けられるが、この生地はそうもいかない。カードではがしては叩き、はがしては叩き、を繰り返す。からっと晴れている日はもちろんだが、グルテンが少ない小麦粉を使った場合も、手から外れて捏ねやすい。「このパンはあんまり釜伸びしてくれないのかな」と少し寂しくなる。

ちなみに強力粉を選ぶときのポイントは「蛋白」と「灰分」の2つのバランスだ。蛋白が多いと、もちもち、ふわふわの生地になる。アメリカやカナダの小麦粉は蛋白が多い。灰分は、小麦の風味に直結する。日本の小麦粉は、蛋白が少なく、灰分が多い傾向にある。

グァーガムやビタミンC、モルトなどが添加され、より風味高く、よりふわふわになるようになっているものもあれば、蛋白と灰分のバランスがよくなるように小麦粉自体をブレンドされたものもある。

食パンにおすすめといろんなサイトでごり押しされている「ゴールデンヨット」は確かに釜のび(焼成のときのふくらみ)がよく、ふわふわとしていて風味の良い生地になった。「はるゆたか」は豊かな小麦の風味がきわだち、パンの断面に鼻をつっこんで深呼吸したいぐらいの甘い香りだった。自分でブレンドまでやりだしたら小麦粉沼にはまりそうだが、それも悪くない。

これを書きながら、食パン用に「うたまろ」と「イーグル」、それから軽い口当たりのケーキ用に「特宝笠」を発注した。気づけば貴重な給付金の1/10を小麦粉に費やしている。本人も気づかないうちに、小麦粉沼にはすでにはまっていたようだ。正直、1万円もあれば美味しいパンがたらふく買える。でも、そうじゃない。そうじゃないんだ。こうやって得体の知れない菌と毎日戯れ、ああでもないこうでもないと考えて生地を捏ね、小麦の香りに満たされた家で焼きあがるのを待ち、だれかに「おいしい」と言ってもらえる幸せは、1万円ではとうてい手に入りそうにない。

さて、台から離れやすくなってきたな、と感じたら、カードを使わずに捏ねられたらいいな、ぐらいのスタンスでまとめていく。加水率が低ければもちろんカードは要らないし、このレシピも調子が良ければつるすべの生地に仕上がるが、べたべたのままのときもある。この辺りを安定させるのはまだ難しい。

ちなみにここまで写真がないのは、もちろん両手をべたべたにしてひーこらと捏ねているからだ。


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捏ねあがったと思ったら、フタができる容器に入れるか、ボウルに入れて、室温で2~3時間ほど放置する。

生地のふちから少し指を入れて、底のほうから持ち上げて真ん中に折り込んで軽くガスを抜く。これからの長時間発酵に備えて、いちど老廃物を抜いてあげるイメージだ。くるっと1周ほど、およそ8回ぐらい折り込む。やりすぎるとかわいそうなので、やさしく、やさしく。

その後、冷蔵庫に入れて12~18時間ほど低温発酵させる。目安は、2~2.5倍に膨らむまで。この6時間ほどの振れ幅がなかなか難しい。焼成を逆算してやったとしても途中で日をまたいだりまたがなかったり、発酵をとめられるわけではないので寝れたり寝れなかったり。わがままなパートナーよりも振り回された生活を送ることになるが、天然酵母とはそういうものなので、手を出すときは覚悟してほしい。

ヨーグルト酵母は元気すぎるので、12時間立たずに2.5倍になってしまうこともある。この場合は、過発酵を避けるために、12時間を待たずそのまま次の工程に入る。過発酵してしまうと、ボソボソ、モソモソの、まったく美味しくない何かになる。食器洗いスポンジみたいになってしまうと、食べられたものではない。フレンチトーストにしてもだめ、パングラタンにしてもだめ。かといって発酵不足だとふわふわのパンにならないので、このあたりの見極めが非常に難しい。

9日目

1次発酵が終わったら、冷蔵庫から出して2~3時間室温になじませる。

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「しっかりパック」の文字が悲しくなるぐらいに爆発するときもあるので、この2~3時間の室温での発酵を引き算して冷蔵庫から出したほうがよい。

ヨーグルト酵母は本当に元気だ。うれしいなあ。


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容器から取り出して、成形するときの個数分に分割する。これは長方形の型に入れて焼いたときの写真で、クックパッドのレシピ通りの分量を半分にした様子。

できるだけ捏ねたり触ったりしないように注意しながら、切り口を底に巻き込んで綺麗な面を表に出す。

堅く絞ったふきんをかぶせて、そのまま15分ぐらい休憩させる。これをベンチタイムという。


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次は成形する。いろんなやり方があるのでYoutubeで見て勉強。

私は、丸く広げて左右から3つ折りになるように畳んで、それをぐるぐると巻いていくスタンダードな方法でやっている。

この時に表に張った膜を傷つけると焼いたとき表面がズタズタになってダサいので、頑張る。

型のうえに濡れ布巾をかぶせて、そのまま2次発酵に入る。


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6月の室温で、4~5時間でこれぐらいに。目安は、型の8~9分目。発酵が足りないと生地は固いままだし、過発酵だとボソボソ、ごわごわになる。この見極めが大切だ。何度も焼いて、成功したり失敗したりを繰り返したらそのうち分かるようになる。なにごともトライアンドエラーだ。

最後の作業、焼成もなかなか手順が多い。

220度にあたためたオーブンに入れる前に、生地と庫内にたっぷり霧吹きをする。生地を入れたらスタートボタンを押さずにそのまま7分ほど庫内に放置。その後210度で10分ほど焼いたら、いちどオーブンの中を覗いて、オーブンの焼き癖に合わせて位置を変える。そしてまた10分焼いたらもう1度あけ、位置を変えつつ霧吹きでまたたっぷり水分を与えて、さらに10分焼く。

この最初の「7分」が釜伸びさせるためのポイントになるのだが、うちのオーブンは電源を切ると冷却が始まってしまうので、ファンが回らないようにコンセントを抜く。そして7分後に再び温度設定しようとして、電源が入らないことに焦る。


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いよいよ焼けた。

焼けたらすぐに、型ごと作業台に落として衝撃を与えてから、型から取りだす。

この作業には、型から外しやすくするほかに、ケービングまたは腰折れといって、内部にたまった水蒸気で生地がやわらかくなり、自重に耐え切れず側面や天面が陥没する病気を防ぐ役割もある。

つまり、最後の工程にしてかなり重要だ。

ケービングには他にも、焼成不足や水分過多、発酵力の弱さなどさまざまな原因があるので、もしケービングしてしまったときのトラブルシューティングは結構大変だ。


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そんなわけで、焼きあがった。耳は薄めで、「ふわむち」な食パン。イーストを入れたらイーストの風味しかしないけど、天然酵母は小麦本来の味がする。

短時間でサクッといきたいときは、安定して発酵させられるイーストを使うのももちろん良い。でも、天然酵母は、何から起こした酵母液かによって風味も食感もまったく違うものになる楽しさがある。どちらも正解なので、生活にあわせてやってみるのがいいだろう。

ヨーグルト酵母は、種が強いので何回継いでも弱まることなく元気に発酵してくれる優秀な酵母だ。そして、フルーツ由来の酵母のように酸味が加わることがないので、非常に食べやすい、何にでも合うやさしい風味に仕上がる。

生クリームやはちみつたっぷりの贅沢な食パンも美味しいけど、小麦本来の味がしておかずにもジャムにも合う素朴な食パンというのも飽きがこなくてよい。よいぞ。

9日パン

数えてみたら、最短で9日かかっていた。酵母原液の起き具合によってはもっとかかったりする。

この9日パンは、5月に入ってから原液を起こして、すでに20斤近く焼いている。ちょっとずつ要領がわかってきたので、手と感覚が忘れないようにしたいところ。

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そろそろ次にいこうとやり始めたのが、加水率90%のストレート法で作るパン・ド・ロデヴ。

タイプERという強力粉を使い、「捏ねずに作る」ハード系のパンだ。こういう系統のパンを「リーンなパン」といい、小麦粉、塩、水、酵母、ほんのすこしの砂糖だけのシンプルな味わいを楽しめる。

岐阜県にある「グルマン」というパン屋さんのロデヴが私の目標だ。小さいころの夢は、「お菓子屋さんになってグルマンで働きたい!」だった。

通販もあるので、美味しいパンが食べたくて仕方がない人はぜひこちらから。


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ちなみに今日も3斤分仕込んだ。冷蔵庫でゆっくり低温1次発酵中だ。12時間~18時間といっているが、さきほど見た感じだとヨーグルト酵母が元気すぎて明け方ぐらいにはほどよく発酵が終わる予定だ。その日の温度や湿度、捏ね上げた時の生地の温度で発酵にかかる時間が決まるわけだが、私はまだまだそのあたりのコントロールが下手だ。

キメ細やかでいてふわふわむちむち、次の日たべても美味しいパンが焼きたい。酵母を起こすところから焼成が終わるまで、ぜんぶの工程がまだまだ未熟で、まだまだ発展途上で、まだまだ伸びしろだ。

釜伸びして型からぴょこっと頭を出したまんまるのパンをオーブンのパンからのぞく幸せも、家じゅうが焼き立てパンの香りで満たされる幸せも、だれかが美味しいって言ってくれるのを想像しながら焼けるのを待つ幸せも、わたしだけのものだ。

だからわたしは、この1次発酵が終わるまでに、またYoutubeとGoogle先生にかじりついて、1次発酵を終えた後の成形のやり方をイメトレしまくる。べたつく生地を、傷めずに容器から出すには。打ち台に出すときの打ち粉の量は。ベンチタイム前の畳み方や、ガス抜きの加減は。生地がぴんと張る巻き方は。ベンチから成形までのほんの少しの工程でも、見るべきところはたくさんある。毎回研究して、毎回新しい発見に出会う。

イーストを使えばもっと簡単だけど、イーストの香りは小麦の香りよりも強く出てしまう。今みたいに時間がいっぱいあるときは、丁寧に、丁寧に、どんなことも時間をかけた「おいしいさ」を追求したい。

わたしの研究はまだまだ続く。

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