文字の発明とビジネスの深い関係/言葉を学ぶ意味/ギルガメか借パク防止か?
人類最初の文字の発明は、紀元前3400年ごろの古代メソポタミアの楔形文字と言われています。この文字で書かれた代表的なものと言えば、かの有名な「目には目を」のハンムラビ法典か、それとも、別の方面の方々には、世界最古と言われる『ギルガメッシュ叙事詩』を思い出す方もいるでしょう。
外国語を身につけることについて考えるこのnote記事ですが、今回は、なぜ、古代メソポタミアで人類最初の文字が発明されたか?ということと、現代において外国語を身につける「意味」について触れたいと思います。
「オプション取引」はいつの時代からあったのか?
ここで、ちょっと、話は全く変わりますが、現在、金融の世界で盛んに行われている取引に、「オプション取引」というものがあります。こまかい仕組みには立ち入りませんが、「将来のある特定の時期に、特定の値段で、ある特定の物を買う(もしくは売る)権利を購入する取引」です。
さて、このオプション取引は、いつの時代から始まったかわかりますか?
答えは、少なくとも古代ギリシア時代にはあったことがわかっています。と言うのも、かの大哲学者アリストテレスが、記録に残る世界最初の哲学者としてタレス(紀元前625年頃~547年頃)を紹介しています。このなかで、オリーブの大豊作を予想したタレス先生が、オリーブ収穫前に、手付金を支払ってオリーブオイル搾り機の使用権を軒並み押さえ、予想が見事に当たって、晴れて大儲けをした話を紹介しています。ですから紀元前6世紀ごろにはすでにオプション取引があったことになります。
「目には目を」だけではないハンムラビ法典
古代メソポタミアに話を戻しますと、古代メソポタミアにも、原始的な先物やオプション契約の例があったそうです。
紀元前1750年ごろに制定されたハンムラビ法典を読むと、有名な「目には目を歯には歯を」という復讐法の言葉だけではなくて、多くの条文は、今でいえば、商法や民法などの取引法にあたるものとなっています。その中には、たとえば、土地所有権の移動には契約書が必要であることのほか、ものの貸借や、これに伴う利息に関する規定、利息の上限を決めたものもあります。
また、法典だけでなく、大量に発掘されているこの時代の粘土板(「タブレット」と言います)には、取引やモノの貸し借りの記録、要は契約書や借用証、商売の帳簿や手紙が含まれていることがわかっています。このなかには、麦を借りた場合の利息は元本の3分の1で、収穫期に元本とともに返済するというものもあります。原始的ではありますが、先物やオプション契約もあるそうです。当時、経済活動として貸し借りの取引がすでに盛んにおこなわれており、ハンムラビ法典も、世の中の実態、商慣習を踏まえて条文が定められたことがわかります。
もちろん、現代のような自由な市場・マーケットがあったとまではいきませんが、それでも現代社会で当たり前のように行われている経済活動の歴史は、金融取引も含めて、意外と古いもので、いまから4千年ほど前の古代メソポタミアでも盛んに行われていました。
文字が発明されたメソポタミアと経済活動の発展
さて、勘の良い方ならお気づきかもしれません。人類最古と言われる楔形文字が発明されたのも、この古代メソポタミアです。紀元前3500年、いまから5500年前ぐらいのことです。そして、この楔形文字は、その後、西暦100年ぐらいまで、3000年以上にわたり使用されました。単なる偶然にしてはよくでき過ぎていますね。古代メソポタミアで盛んにおこなわれていた経済活動と世界最古の文字との間には、なにか関係がありそうな気がしませんか?
この関係を探るために、古代メソポタミアを巡る考古学的な研究から、楔形文字が生れた経緯が明らかにされていますので、すこし見ておきましょう。
かつてチグリス・ユーフラテス川沿いはほんとうに肥沃で、そこでの灌漑農業では、自給自足を賄う以上の豊富な麦が収穫できました。神官や兵士、職人など非農業生産者へ分配するために、余剰農産物は統治者が徴収し、保管をする必要が生れました。
文字が発明されるより前、長い期間は、保管する穀物や家畜の数を記録するために、泥団子のおはじきの形をした「トークン」で在庫の管理を行っていました。しかし、取り扱う物品の種類や数が増えてくるとトークンによる管理が難しくなってきます。
そこで、トークンそのものかわりに、粘土板の上に、葦でトークンの印をつけて数を記録して、管理を行うようになります。これが、数だけでなく口語で表されていた意味も記録できるようになり、楔形文字に発展しました。葦でしるしをつけたために、楔形の形になったわけです。
粘土板に書かれた内容の8割は経済活動に関するもの
この楔形文字は、幸いなことに、粘土板に記載されていたために、土にうずもれて現代にいたるまで保存され、発掘され、現存する粘土板は50万枚にのぼります。そして、ここに書かれている内容は、もちろん、ハンムラビ法典のような法律や、ギルガメッシュ叙事詩のような文学作品もありますが、むしろ、農作物や不動産の取引や在庫の記録など経済活動にかかわるものが約8割を占めていると言います。
なお、余談ですが、ギルガメッシュ叙事詩のうち、粘土板に最も多く残っているのはフンババ討伐のくだりを書き写したものだそうです。これは書記学校の生徒たちが、勉強の息抜きに人気のこの箇所を書き写したからだと言います。なにか、今も昔も変わらない勉強風景が浮かんできます。
さて、よくよく考えてみると、経済活動、とくに信用取引が盛んになると、俗にいう「借パク」を決め込むような不届き者も必ずあらわれるわけでして、取引の安全のためには粘土板のような形で記録に残しておくことが、とても重要となります。法典に、土地所有権の移動には契約書が必要などと定められると、なおさら文字に残すことは必須となります。すなわち、経済活動のための必要性から、文字が盛んに使用されるようになりました。
もともと人間の経済活動は、文字よりも先にありました。が、経済活動が大きくなるにつれて、効率的に経済活動の内容を記録に残すことが必要となります。このために文字がうまれ、文字の使用と相まって、さらに経済活動が盛んになる、ということが起こりました。
イノベーションの原動力
冒頭、古代ギリシアにオプション取引があったことを紹介しましたが、ビジネス、とりわけ金融の歴史は、人間の欲望の歴史の面もあることは否定できません。ということもあり、現に中世ヨーロッパではキリスト教は利子を禁じ、イスラム教ではいまでも禁じられています。
が、この一方で、いろいろなイノベーションを引き起こす非常に強力な原動力となったことも事実です。おそらく、文字の発明と発展もこの一つだったということになります。
現在の人類の直接の祖先といわれるクロマニョン人が現れたのが4万2000年前と言われていますから、この長さと比べると、人類が文字を得た5500年間はまだまだ短いです。それまでの長い期間は、主に会話しかなかったことになります。
この一方で、文字を得て以降の発展のスピードは加速度的に速まったことを私たちは知っています。もし、文字がなかったら、アポロ計画で人類は月面に立つことができなかったでしょう。
なお、古代メソポタミアの粘土板には、数学や会計の記録もあるそうですから、この肥沃な文明とその経済活動から、現代社会を支える大切な仕組みがのいくつかが発明されたことがわかります。
「読み書きそろばん」
ちょっとここで日本の江戸時代を思い出してほしいのですが、寺子屋で習ったものと言えば「読み書きそろばん」でしたね。そろばん、すなわち商売をやっていくには、読み書きが欠かせない、少なくとも疎かにしてはいけない、ということです。文字を発明した古代メソポタミアがそうであったように、これが洋の東西を問わず、5千年前からまったく変わらないビジネスの基本スキルだからです。
実際、明治以降に、日本は、欧米の、当時、最新の技術を吸収して、急速な近代化を遂げました。この背景には、予めこうした人的資本の蓄積が十分にあったことも忘れてはなりません。
会話重視とビジネス ─ 言葉を身につける意味は?
これにからめて、最後に、このブログ記事のテーマである外国語を身につける意味について、感じたことをひとつ。
今日、語学学習において好まれ、そして重視されているのは、もちろん会話です。大企業の集まりである経営者団体ですら、そのようなことを言っています。
たしかに、聞いて話せることは必要です。が、ビジネスシーンにおいて、現実に外国語で丁々発止とやる場面がどれだけ想定されるかを具体的に想像してみる必要があります。
インターネットのこの世の中、海外の相手先のホームページで、発注したい製品を確認して、発注を打診する。詳しい情報をもらって、型番と数量を明示して発注をする。インボイスに従って送金する。到着した製品を確認して、一部、壊れていたことを写真付きで連絡し、交換を依頼する、などなど。この一連のやり取りの間、おそらく、直接会話することはほとんどないでしょう。相手が非英語圏の会社であればなおさらです。
経済活動を回して、ビジネスを切り盛りしていく目的に関して言えば、本来、外国語を学ぶ際に(実は母語、「国語」も同じです)、まず、なにが大切となるでしょうか?とくに、忙しいビジネスパーソンが限られた時間を割いて最優先しなければならないことは、何になるのか?が気になりました。
人類初めての文字を発明した古代メソポタミアで、われわれが想像する以上に経済活動が盛んだったということを思い出すと、あらためて言葉を身につける意味、目的について考えさせられます。