【セカンドキャリア】 サッカー引退後、仕事で命を燃やせていない人へ
はじめに
高校・大学サッカーを引退し、社会人になると競技からスパッと距離を置いて、その先の仕事で命を燃やせていない元サッカーエリートを見ると「もったいなさ」を感じる。
どの年代カテゴリーだろうが、サッカーを通じてプロフェッショナリズムを体現し、試合に勝とうが負けようが全力でピッチを駆け回る姿で「夢」を与えてきた先輩・同級生・後輩の姿はカッコ良かった。
しかし、皆が憧れる人気の大企業に就職し、社会人としてのキャリアをスタートさせた彼/彼女らの口から出てくる言葉からは、「仕事がつまらない」「中学生でもできる仕事」「社会人は皆んな同一化していく」「ほとんどの仕事は人間関係で回っている」などと、"牙が削がれている" 印象を受けることが多い。
人それぞれ、異なる事情はあるだろう。それでも私には自己中心的な願いがある:
・「これで良い」ではなく「これが良い」に従える大人が増えてほしい。
・その先に、選手としてのキャリア終了後も大好きな競技に関わり続ける「生涯サッカー人口」が増えてほしい。
本noteはそんな想いのもと、世間に対して抱く「もったいない」の感情や、グローバル視点で考えるスポーツキャリア、さらには日本と海外の仕事に対する価値観の違い、などについて殴り書きしたものである。
毎日のルーティンにくすぶっている時、または自分が選んだ道に迷いが生じている時に、是非読んでみてほしい。
学生アスリートの仕事選び
・安定した大企業
・充実した福利厚生
・先(未来)が設計しやすい
これまで高い目標を掲げながら、弱肉強食の世界で戦ってきた血気盛んな学生アスリートが、就活の時期に差し掛かると急に「太いものに巻かれろ精神」に落ち着くことがある。
・親からの期待
・モテる企業名
・年収ランキング
冒頭で触れた「これが良い」という様な、特別やりたいことがない場合、生物としての本能から、「何かに守られたい」「自分を着飾りたい」「人に認められたい」そんな欲求に飲み込まれることはごくごく自然なことだ。
そんな時 "私は" こんな言葉を思い出す:
いま振り返ると、これらは私が尊敬している “大人” たちから未来へ向かって託された「魂のバトン」だった。
世界のスポーツ求人
個人的に日本の学校 / 家庭教育に対して抱いている問題意識は、例えば好きなスポーツを仕事にしたいと思ったときに、多くの学生は「世界」に出るという選択肢を最初から自分で消してしまっている点だ(そうさせている教育に対してもったいなさを感じる)。
世界には日本にいると想像できない巨大な市場が存在していて、そこには日本でまだ職業として成立していない仕事がある。このことを頭の片隅に置いておくだけでも、その人の将来の展望が広がると考えている。
・スポーツベティング(スポーツ×ギャンブル)
・スタジアムツアー(スポーツ×ツーリズム)
・サッカー分析官(スポーツ×データ)
・ホスピタリティーセールス(スポーツ×ラグジュアリー)
・サッカー通訳士(スポーツ×外国語)
・スポンサーシップアクティベーション(スポーツ×マーケティング)
住む場所を変えることで、スポーツ×キャリアの機会は自分の想像力が至らないほどに広がることを、私自身の経験も踏まえて強調したい。また本音として、わたしが海外スポーツで働いた過去2年間は、最高にエキサイティングな時間だった!
(ここで余談だが、日本生まれ&日本育ちでありながら、欧州のサッカークラブで「分析官」として働いている20代の日本人が数名いる。果たして、彼らのようなキャリアパスを学生に対して具体的にアドバイス・コーチングすることができる日本の教師や保護者は何人いるだろうか。)
日本と欧州の仕事観
しばしば「敷かれたレールの上を歩く」という表現が用いられるが、日本人のライフタイムにおける仕事観は、海外旅行に例えると『直行便』の飛行機に乗っているイメージを個人的に持っている:
直行便はラクで快適だが、終点まで同じ席に座り、隣の座席の人も変わらない、要はあらゆるオポチュニティ(機会)が限定されており、目的地に到着するまでの乗客の体験に大きな変化は訪れない。
一方、私がこれまで5年間住んたヨーロッパ(フランス・イギリス)の仕事やワークライフバランスの価値観は『経由便』に似ている:
乗り換えが多く、それだけ労力はかかるが、目的地に辿りつく過程で「この国に寄り道したい」「こんな感情を味わいたい」という個人の主体性や個性が反映され、隣に座る乗客も変わり続ける "変化の嵐" である。
私がイギリスの会社員時代、チームメンバーのうち5人が転職をした。そんな彼/彼女らの転職先は、「ドバイ」「タイ」「ドイツ」「デンマーク」「日本」と、みんなそれぞれが抱く目的意識のもとで世界中を飛び回っていて、なんて主体的な生き様なんだろうと感銘を受けた。
直行便または経由便、どちらが良い悪いという話ではなく、前の章でも述べた通り、日本基準の価値観だけで人生という旅程を計画すると、損する可能性もあるということを知っておくことが、振り返った時に後悔しないために大切だろう。
最後に
スポーツほど世界中の人々と喜怒哀楽の感情を「ライブ」でシェアできるものはない。
例えば音楽も他人の感情を動かし涙させる最高のエンターテイメントであるが、ワールドカップやオリンピックのような「1試合を全世界が注目」する様なグローバルな団結を味わえる機会はほとんど無い。
そういう意味でも、スポーツは真のグローバルコンテンツだと確信している。
「スポーツを仕事にしたい。でも踏み出すほどの熱量がない。」
もしも、本noteをご覧いただいている読者がこんな風に思っているのであれば、是非「世界一」に触れる機会にこだわってみてほしい。
・世界最高峰のプレミアリーグ
・世界最大のスポーツの祭典
・世界最高収益を上げるクラブ
・世界最古のサッカー文化
etc.
グローバルコンテンツであるスポーツの "シンカ" (深化・進化・真価)に向き合うのであれば、「世界一」のスタンダードに触れる体験が「変化」を促す最も強烈な外部要因となり、新たな道を切り開いてくれる。
The only way to do great work is to love what you do.
If you haven't found it yet, keep looking. Don't settle.
- Steve Jobs
こんなところで本noteを締めようと思います。
最後までご覧いただきありがとうございました!