第六章 精神 2 規範様相
〈精神〉に含まれる規範そのものは、条件と帰結からなる連関であり、その条件は〈現実〉の状況であり、その帰結は〈主体〉の行為である。ただし、規範は、通常の連関と違って、[[条件である状況]に対する帰結である行為]に[よい/いけない]という規範価値を付与する。すなわち、よい行為は、従則性を持つものであり、いけない行為は、反則性を持つものである。もっとも、反則性を持つ行為であっても、精神が体系をなしている以上、その反則行為が条件となるような別の規範もまた同じ精神の中に存在しており、そのような反則行為が条件となる規範を、「罰則規範」と言う。それは、まず、反則行為の人格主体を、「反則者」という〈身分〉で規定する〈様相協証規範〉であり、その「反則者」の〈直接身分規範〉は、〈精神〉の〈ポイント〉が達成しにくくなるものになっている。
つまり、[いけない]ということは、ただたんにその規範価値として[いけない]ということではなく、その規範に[実際に閉鎖体系としての〈精神〉において〈ポイント〉への接近が困難である(行くことができない)]という事実が反映しているものでもある。一方、[よい]ということも、ただたんにその規範価値として[よい]ということではなく、その規範に[実際に閉鎖体系としての〈精神〉において〈ポイント〉への接近が容易である(行くことができる)]という事実が反映しているものでもあり、さらには、同じ〈精神〉に立脚する他の主体の干渉に反則性を付加し、これを予防したり、また、その損害を干渉した主体への罰則規範によって回復したりすることで、その事実が補償されている、ということである。
行為は、狭義には、行為と控止とに区別される。行為とは、[規範的水準においてその行為として定位されるように行動する]ことであり、控止とは、[規範的水準においてその行為として定位されないように行動する]ことである。そして、この[行為/控止]は、先の[よい/いけない]の規範価値と組み合わされて、四つの《規範様相》を形成する。すなわち、
①許可的規範様相:し てもよい
②免除的規範様相:しなくてもよい
③禁止的規範様相:し てはいけない
④義務的規範様相:しなくてはいけない
さらに、規範は、〈精神〉という体系において、[ある/ない]によって、他の規範様相の規範を含意している。すなわち、[許可規範がある]と[免除規範がある]とは、相互に含意し、また、そのいずれもが、[義務規範がない]も[禁止規範がない]も含意する。なぜなら、[してもよい]と[しなくてもよい]との両方がなければ、その規範的によいとされる選択が成り立たないからである。また、義務規範か禁止規範かがあるならば、許可規範も免除規範も無効だからである。また、[禁止規範がある]は、[義務規範がない]を、また、[義務規範がある]は、[禁止規範がない]を含意する。つまり、両者は、相互背反的である。また、[許可規範がない]ということは、[してもよいということはない]ということであり、[禁止規範がある]ということ、したがってまた、[義務規範がない]ということを含意する。また、[免除規範がない]ということは、[しなくてもよいということはない]ということであり、[義務規範がある]ということ、したがってまた、[禁止規範がない]ということを含意する。さらに、[禁止規範がない]ということは、[してはいけないことはない]ということであり、[許可規範がある]ということ、したがってまた、[免除規範がある]ということを含意する。また、[義務規範がない]ということは、[しなくてはいけないことはない]ということであり、[免除規範がある]ということ、したがってまた、[許可規範がある]ということを含意する。
複数の規範があって、その条件である状況はともかく、その帰結である行為に関して、同一の行為/控止に異なる規範様相が付帯している場合、特別な規定がないかぎり、許可規範より禁止規範が、免除規範より義務規範が優越し、許可規範や免除規範は実質的には無効になる。なぜなら、禁止規範や義務規範を従則しても、許可規範や免除規範を反則することにはならないからである。
〈精神〉は、実質的には禁止規範と義務規範のみからなるものに還元できる。というのは、[してもよい]という許可規範や[しなくてもよい]という免除規範は、実質的には、[しない/する人格主体を否定してはいけない]という他の人格主体の禁止規範だからである。[否定する]とは、具体的には、強要する、非難する、差別する、などであろう。また、[されてもよい/されないといけない]という受動規範は、他の人格主体の[してもよい/しないといけない]という能動規範に還元できる。先の許可規範の他の人格主体の禁止規範への還元からすれば、[されてもよい]という受動許可規範は、一次他者の[してもよい]という能動許可規範に還元され、さらに、二次他者の[してはいけない]という能動禁止規範に還元される。そして、[されてもよい]という受動許可規範を負課された当初の規範主体は、[してはいけない]という能動禁止規範を負課された二次の規範主体に含まれ、むしろこの能動禁止規範を従則しないといけない。[しかし、能動禁止/義務規範に還元できるならば、はじめから受動規範や許可/免除規範というようなもの自体が存在しないのではないか]と考えるかもしれない。けれども、〈精神〉は、形式的には、〈体系〉として、その〈精神〉において起こりうるすべての状況を含み、受動規範や許可/免除規範があってこそ、すべての規範の条件である状況がその〈精神〉の他の規範の帰結である行為として準備されることになる。
これらの《規範様相》は、〈現実〉の硬直性と〈主体〉の無能性の関係で〈自己〉が〈事〉に付与する《規範的問題様相》と混同されてはならない。《問題様相》は、まさに〈主体〉の〈現実〉との問題であって、規範的水準における〈精神〉の規範を従則する上での〈自己〉の可能/不能を意味するものである。つまり、〈精神〉によって一般類型形式的に〈行為〉が規範として規定された上で、〈自己〉として個別特殊内容的にその可能/不能が問題とされ、実際は、両者は重複して機能することになる。つまり、まず、《規範様相》として、さまざまな行為が[よい/いけない]で規定され、次に、それらのうちの[しないといけない行為]や[してもよい行為]が[できる/できない]で選択される。[しないといけない行為]が一般類型的にできないということはない。なぜなら、一般類型的に[できない]行為は、[よい/いけない]もなく、問題外だからである。また、特殊個別的な状況から、[しないといけない行為]ができない場合は、罰則規範に移行する。
規範は、一般の連関と同様に、①条件が消滅し、帰結が発生する〈継時連関〉、②条件が存続し、帰結が発生し、条件が倒壊しても帰結は存続する〈発生重層連関〉、③条件が存続し、帰結が発生し、条件が倒壊すると帰結も倒壊する〈存立重層連関〉がある。もっとも、規範としては、その条件は状況であり、また、その帰結は行動である。したがって、①の〈継時連関〉である規範は、[従則行動が状況を改変する]ということであるから、その状況を条件とするその規範ももはや適合しないものとなり、このような〈継時連関〉である規範を、〈通過的規範〉と呼ぼう。また、②の〈発生重層連関〉である規範は、[従則行動が状況を改変しない]ということであるから、その状況を条件とするその規範はいまも適合しているもののままであり、このような〈発生重層連関〉である規範を、〈持続的規範〉と呼ぼう。さらに、③の〈存立重層連関〉である規範は、[持続的規範に、[条件であった状況が変化することを条件として、その規範も適合しなくなることを帰結とする二次規範]が付随しているもの]とみなすことができ、したがって、このような〈存立重層連関〉である規範を、〈限定持続的規範〉と呼ぼう。逆に言えば、〈持続的規範〉は、いったん適合した以上は、永続して適合する、ということであり、この〈限定持続的規範〉との対比を強調する場合には、これを〈永続的規範〉と呼ぼう。
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