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クリスマスの日に天へ還った人を憶う

描き始めた1月7日は、雨が雪に変わった。病み上がりで、遅い昼ごはんを食べたあとコタツに入り、買ったばかりの絵筆(キャッツタン)を試そうと適当に花びらを描いていたら、蓮みたいになった。

朝に送っておいたメッセージの返事が夕方ごろに来て、お世話になっていた人がクリスマスの日の朝に急逝されていたと知った。その後で絵の真ん中に女の子が出てきて、どうしても悲しい顔にしかならなかった。最終的に弥勒菩薩の手で包まれるまで数日かかった。弥勒菩薩にしようと思ったのは描いた後なので、印相は正確には違う(弥勒菩薩は思惟手、薬指と親指で輪を作る)。このあと、さんざんキリスト教の話をするけどなぜか絵は仏教的。だけど結局、根っこはどれも一緒。

「慈雨」2024.1.14 watercolor , waterford SM
Lake.∞ / eautonalite 

その12月25日の朝も、家を出た時は予報にない雪が降っていた。わたしは出雲から白い雲海を飛び越え、地上を眺めて地球をヒーリングしながら伊丹空港へ降り、10時ごろには大阪市内の福島駅へ向かっていた。宇宙帰りPIONを見た後で六甲へ行き、和歌山へ2泊して27日に帰ってきた。イエス・キリストの話を六甲でもしたし、この日に出雲と熊野から金鳥山へ集まることに意味があるのだと、案内してもらった瑠璃さんに言われた。そして和歌山の友人の家では「マグダラの書」に出会い、エジプトの女神イシスや錬金術に関する自分のルーツを思い出して号泣した。というか号泣したから、そうなのだろうと思った。10年ほど前、イエス(イェシュア)の磔の場にいた女性の過去生記憶が出てきたことは、ほとんど人に話したことがなかった。

そして訃報について何も知らないまま、年末30日は友人と会っていた。先にランチを一緒に食べた友達にマグダラのマリアの話をしたら「いらないかもしれないとも思ったけど、なぜかあげたくなったお土産があるから今すぐ見て!」と言われたのが教会ショップで買ってきたシール・・・買ったのはクリスマス前だったそうだ。鳥肌。

ランチ後、25日に大阪で会って六甲へも一緒に行った友人と合流し、出雲大社から日御碕へ。スサノヲゆかりの場所でご挨拶していたとき、祈り終えて振り返ったその人が突然手を差し出して「サイババの石」と言いながら小さな水晶のさざれを1つ、わたしにくれた。

「サイババ」と聞いて必ず思い出すのは史郎さんだった。「むかし、サイババ級って言われたことがある」と、水晶をもらった時に2人に話した。詳しいことは言わなかったけど。


2015年から2016年にかけて、史郎さんご夫婦の経営する会社の応接室と2Fの部屋を使わせてもらって、インカのシャーマン伝統のエネルギーワークを定期的にやっていた。うちでやって!と史郎さんの奥様に呼んでもらったので、ご友人たちに受けてもらうことが多かった。だいたい3つずつ3回で一通り終了するワークに、ほとんどの方は数か月かかっても最後まで続けて通ってくださった。遠くは高知県からも。男女あわせて20人くらいの方に受けてもらったと思う。史郎さんの奥様にはマスターコースも受けてもらったので、途中から2人で一緒にワークをするようになった。

奥様へのマスタートレーニングの時や、ちょっと事務所へ顔を出した時なども史郎さんの調子をみて何度かヒーリングをしたことがあり、ある日「れいこちゃんはサイババ級だな・・・!」と言われた。いやいやどう考えても言いすぎだし強烈すぎじゃないですか~と笑ったが、そんなこと言う史郎さんからも相当強いエネルギーがくるから、シヴァかスサノヲか不動明王みたいな人だと思っていた。ガタイもいい上ちょっと強面。実際、強いだけじゃなく優しくて、とても可愛がってもらった。(比喩はサイババじゃなくていいけど)わたしの力を感じて認めてもらえたのは嬉しかった。

2016年4月に祖母が亡くなった時「当分お伺いできません」と連絡して以来、2017年には今の仕事に転職してゴタゴタしたのもあり、自分の過敏体質にも疲弊していて、すっかりエネルギーワークの会もしなくなった。連絡も疎遠になり、会いに行きそびれたまま7年経った。

去年の11月、そもそも史郎さんたちと繋がるきっかけをくれた友達が企画して呼んでくれたイベントで、わたしたちは出店者同士として再会した。史郎さんは、すっかり痩せていて最初は分からなかったほどだった。でも健康のために体重を落としたと言っていたし、亡くなった原因は不明で、持病などではないらしい。

その時は久しぶりに史郎さん一家に(お孫さんも!)会えて本当に嬉しかった。史郎さんたちは田舎の古民家をもう買ってあって、半年後くらいに会社を引退したら農業をしながら第2の人生を送るのだと聞いていた。だからわたしは、その家に遊びに行って一緒にまた何かやろうと思っていた。

まだ60歳にもなっていないのに、どうしてそんなに早く帰っちゃったんだろう。寂しいけれど、決めていたことだったら仕方ない。奥様が史郎さんと一緒にやりたかった暮らしに近づいていけるといいなと思うし、お手伝いできることはしたい。その暮らし方は、わたしと同じ方向だと分かる。

先週金曜日の朝、仕事に出かける車の中で史郎さんのことをなんとなく考えていたら、突然ハートにものすごく強くて暖かいエネルギーが一瞬飛んできて爆発したような感じで、運転しながら泣いた。特にメッセージはなく、わたしの名前を呼ぶ史郎さんの優しい声だけを感じた。

思い出すことで(毎回あんな強さではなくても)繋がれるし、助けてほしいと言えばきっと助けてくれる。だれだってみんなそうだ。肉体がこの世に生きていても、そうじゃなくても。


昨夜から数日つづけて雪。天からの手紙がいっぱい降ってくる。


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