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疾風(シップ)伝説・3  ワレ、「特殊機雷」ヲ投下セリ……  としいけわかお・著

 さてさて、激動の昭和も最終コーナーを回ってスロットル全開になった時代、学校出て初めて勤めた漫画制作工房のカイシャには、とってもとってもキャラの濃い恐い上司がいた。齢は当時まだ33歳だったのに、既に取締役出版部長の肩書きが付いていて、小柄の割にやたら貫禄ある威風堂々風体のキレ者の人だった。(その時の俺には、まるで50過ぎのすじモンのオヤジに見えたもんだ)
 右も左も判らない「はなたれションベン小僧」社員だった若き日の俺は、朝出社してから夜に家に帰るまで、勤務中は10分おきにこの上司に叱られていた。とにかく怒鳴られ馬鹿呼ばわりされクソミソ扱いされ、手は上げられなかったものの一日中ボコボコにされるのが俺に与えられた役目みたいだった。(今だったら、超絶パワハラ行為でその上司は訴えられてますがな)
 そうはいったって、上司のその怖くて時々稀に優しい取締役出版部長氏には楽しい経験をいろいろさせてもらった。
 新宿歌舞伎町の暗黒街にある台湾バー(今でいうキャバクラみたいな店)や有名漫画家御用達クラブなどによく連れて行ってもらった。(内緒だけど、その上司と『同じ穴の義兄弟ムジナ』にもなっちゃったもんね……)
 こんなキャラの濃い取締役部長サンは、北海道東端にある某半島突端の地方都市の出身で、自称「ハナサキ基地の闇司令官ジャイアン」などと言って、肩で風切って夜の街を歩いていた。
 今でも忘れる事の出来ない、そんな上司とのほろ苦くも楽しかった思い出の中から、ちょっと面白い話を紹介しよう―—

 ある朝、いつものように遅刻寸前でタイムカードを押して出版部の自席に滑り込むと、朝早く出社して既に上席に着いていた上司の部長闇司令官が、開口一番、自社が出版しているコミックス単行本を急いでダンボールにセット詰めするよう俺に命じて来た。
 半人前の新米二等兵は、努めて明るい声で軽く応える。
「わっかりましたぁ。で、内容はどのようにしましょう? 時代劇モンの『半●の門』や『首斬り●』シリーズでまとめますか? それとも今TVで人気放映中のアクション系『特命刑事ザ・コ●プ』あたりでキメますか?」
 対して、闇提督閣下アドミラルは声を荒げて、
「バカヤロー! ボケッ! そんなんじゃダメだッ。ウチの本でもっと表紙の絵がエロいのにしろ。なるべく肌の露出度のあるやつを集めるんだ。そう、アレだよ、アレ。ほらほら、あるだろうよ。『実験人形ダ●ー……』という名作が。うおおお、コノヤロー。いちいち全部言わせなくても判るだろうが。いいか、セット内容は30冊くらいにまとめろよ。それで、そうだな、とりあえず15ケースくらい作っとけッ! わかったなッ!」
「……イエッサー。アドミラル・ツーティ……」
 俺は仰せのとおりに、自社ガレージ内に設けた簡易倉庫の中でせっせせっせと作業を始めた。適当に選んだコミックス単行本のセットを自社名入りダンボールケースに詰め込んで行った。
部長閣下殿サー、用意できましたよ。コミックスセット15ケースセット組完了コンプリートです。で、どこへ搬入すればいいんですか? いつものように東販ですか? 日販ですか? 大阪屋ですか? それとも板橋の栗田か中央社まで持ってくんっすか?」
 不肖の部下の問いに対し、イラチな闇司令官は怒鳴り声で返して来た。
「あほんだらッ! 間抜けッ! 売りモンにするんじゃねぇやい。今回は無料で謹呈する特別献本の品だッ。さっさと宅配便の伝票書いて貼って、ライトバンに積み込んどけッ。すぐ宅配の営業所へ持ってってもらうぞ。モタモタしてんじゃねぇ。このボケナスのウスラトンカチ!」
「イ、イエッサー」
 俺は首を傾げながらも、粛々と言われた通りにした。
 なお、献本宅配便の伝票宛先として指名されたのは、部長氏の出身地である北海道東端の某半島の地方都市の漁業協同組合という事である。そこはカニ漁で全国的に有名な場所だ。
「ん? 何で、漁業協同組合に献本なんかするんだ?」
 俺はますます首を傾げたのだが、愚問を繰り返しても怒鳴られるのが判っているので、黙って従うしかなかった。

 翌々日、職場に一本の電話が掛かって来た。
 最初に受話器を取った俺に、相手は、北海道東部にある某市の魚協の者ですが、と名乗って来た。
 俺は、急いで電話を上席にむっつりと座る上司に回した。貧乏ゆすりが癖のイラチ司令官部長はおほんと咳払いし、めったに聞かぬお国訛りの言葉で話し始めた。
「ようようようー。いっつも同窓会行けなくてゴメンなー。みんな元気でやってっかよ。そんで、ブツはちゃんと全部届いたんだべ。中身は充分満足行くもんだったべが」
「あんだぁ? もっと強烈なモン欲しかっただぁ? ばがたれ。贅沢言うなや。ほれほれ、こないだオレが東京の神保町でむりくり仕入れて送ってやったアソコ丸出しの強烈なビニ本だって、どうせ、おめーらは内々だけで回し読みしてるって話聞いたぞ」
「はぁ、なんだぁ、謝礼を送りたい? そっか、あんがとよ。んー、したっけ、今回は花咲カニのでけぇのひとつ送ってくれりゃ、それでチャラって事にすっからー」
 通話の内容から察するに、どうやら、電話の相手は、上司の故郷の中学か高校時代の友人のようである。
 俺は、ついつい耳をダンボ耳にしてしまったのだが、そのうち、電話口の部長の言葉の中にこんな文言が混じって来た。—-「警備艇」「赤い旗」「紅星あかほしマーク」「ろ××ども」「海上封鎖」「機関停止」「漁網放棄」——
 そして、次に「発砲」だの「機銃掃射」だの「拿捕だほ」だの「手錠ワッパ」だの、やたら物騒なセリフが飛び出した。
 さらにはなんと、「特殊機雷」だの、「機雷投下」だの、「敵艦轟沈」だの、「全速逃走帰港」だのという超危険な言葉が……
 俺はビビってしまった。
 我が上司は、いったい何をやらかしたのだ。これはいったい何の話をしているのだろうか。
 まさかだけど、このコワモテでイラチの貧乏ゆすり癖の出版部長は、普段は平凡なサラリーマンやりながら、その裏では、怪しい闇の顔を持っているのではないか? もしかして、内閣情報調査室か何かの秘密情報部員?  それとも自衛隊か海上保安庁の特殊工作員? はたまたアメリカのCIAやイギリスのMI6の秘密諜報部員エージェントという事も……??

「おう、そんじゃなー。ごっぺかえさんよう頑張れやー。袋の空気抜けて海中に沈まんよう気ぃ付けてなー。まぁ、こんなモンで良けりゃ、オレはいつでもおめーらに協力すっかんな。また電話くれ。漁協の青年部のみんなにもヨロシク言っといてちょー」
 旧友同士の長い危険で不可解な会話は終わった。
 元来気が弱い俺は、すぐそばの席で今にもションベンちびりそうになっていた。下半身を襲う震えがどうにも止まらない。部長氏十八番おはこの貧乏ゆすりみたいに足をガクガク揺らせながら、みっともない話、またいつものように頭の中で「退職願」をこっそり書く自分が情けなかった。

 さてさてさぁて、今そこにあるそんな危機の気配は、しかし、その日の夜、例によって我が上司に新宿の夜の盛り場へ連れて行ってもらった時に、一気に雲散霧消した。
 そう、我がキャラの濃いハナサキ基地の闇司令官閣下は、日本政府が放った隠密工作員でもなければ、闇エージェントでもなければ、CIAのスパイでも何でもなかったのだ。
 俺の上司の取締役出版部長は、出身地の高校時代の友人に頼まれて、勤める出版プロダクションの会社が発行しているコミックス単行本を、自分の故郷の町の漁業協同組合に無償で贈ってあげたのである。それも、青年向けロマン劇画――いわゆるエッチコミックとよばれる本ばかりを選んでセット組して何百冊も。一応名目上は漁協内にある組合員用図書室に寄贈するという理由をデッチ上げて。

「……ふうん。相手の方は、地元でもそこそこ大きな漁業協同組合の人ですよね。という事は、北海道から遠洋航海か何かに出る船の乗組員に、航海中にオトコの娯楽物として読んでもらおうって話なのかな?」
 そんな底の浅い洟たれ小僧二等兵の疑問に対し、上司の闇提督閣下はニヤリと唇の端をひん曲げるのだった。
「アホウ。そんな事でエッチなマンガを何百冊も送るもんかい。あれはな、お前も電話を傍で聞いていた通り、『特殊機雷』を作るのに使ってもらったんだわい」
「えっ、何です? 『特殊機雷』って?」
「ふふん、それはな―――」
 部長氏は、真っ赤なゴルフ焼け酒焼けの顔に不敵な笑みを浮かべて、意気揚々と説明してくれた。

 日本列島の東端、太平洋とオホーツク海の狭間に突き出た某半島を取り巻く海域では、昭和も終盤に入った時代において、赤い旗の中に鎌とハンマーを掲げた超絶コワモテ巨大国家が、日々、理不尽な暴挙を繰り返していた。
 大口径の機銃を搭載した紅星マークの武装警備艇が、良き漁場を求めて本来我が国の領海であるはずの冷たい海に出漁した小さな日本漁船を執拗に追いかけ回していた。
 実弾の発砲も躊躇わない傲慢極まる黒船警備艇から逃れるべく、日本漁船団は、赤星マークの黒船に追いかけられると、船尾から「特殊機雷」を次々と海に投げ込んだのだそうだ。
 その「特殊機雷」とは、大判厚手の透明ビニール袋に空気を入れて膨らませた手作りの「風船兵器バブル・ウェポン」。
 兵器とはいっても、袋の中には、女性の妖艶なヌード写真集やSEXシーン満載の日本の漫画などの出版物がめいっぱい詰め込まれたものであった。

 鬼のごとき共産主義大国の黒船警備艇は、そんな「特殊機雷」が海に投げ込まれる度に、「敵の攻撃回避」という名目で、とたんにスピードを緩めたらしい。ニタニタと目尻を下げた異国のヒゲ面の乗組員たちは、洋上に浮かぶ透明ビニール袋の中身の「不審物検査回収」に忙しくて、一目散に逃げて行く日本漁船を見て見ぬフリしてくれた……という、まことしやかな伝説が残っている。
 北方のタクティクスで危険な海域で生きる日本の地元漁民の人たちは、そうやって、あの手この手、時には禁じ手や奥の手を使ってでも、紅星マークを掲げた黒船警備艇と闘っていたのである。

「……はぁ、いやぁ恐れ入りました。そんな目的だったなんて、つゆとも知りませんでした。新米出版社員の僕は、まだまだ修業が足りない一兵卒であります」
「おうよ。日本の漫画や劇画の本は、どこの国の奴らにも喜ばれるんだ。フキダシの字が読めなくたって、絵だけで相手に伝わる。美女の裸の絵だったら必殺だな。つまり、オレたちが作って売ってる漫画や劇画ってものは、人々の平和な生活を守る武器にもなるって事よ。どうだ、解ったか。この洟たれ小僧のションベンたれ二等兵めがッ!」
「はいぃぃ。これからも自分はこの会社で働かせていただきます。怖くて怒鳴ってばかりで、イラチでスケベで、ちょっぴり優しい出版部長殿の元で、僕は一生懸命頑張りますッ。今後ともよろしくお願いしますッ」
 
 ……そうやって、新宿歌舞伎町の夜は更けて行きました。
 場末の酒場でグラスをかわすコワモテ貧乏ゆすり癖のキャラ強い上司と、部下の万年サンドバックの自虐癖ある新米ヘタレ社員。
 都市伝説じみた非日常的な夜話でありまっし……
 ご笑読ありがとうございました。            
                          (了)

                                 

(この『疾風伝説・3』は、かなり昔の1981年頃に著者が実体験し一部仄聞したものを、著者自身が脚色し誇張表現を加えた、純然たるエンターテイメント小説です。書かれてある内容は、皆が皆事実というわけではありませんので、ご了承くださいませ。なお、本作品は、その後に名前と体制が替わった北の某大国と我が国との今日における友好関係を損なわせる目的で発表したものではありません。また、領土返還のために日本国内で真摯に活動を続けていただいてる組織団体を揶揄する意図も、まったくありません)

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