まさかまだ人類にゴリラを愛する人がいるなんて
人類にはまだゴリラを愛せる人がいるらしい。
私は、私を好きでいてくれる人が現れるなんて微塵も思っていなかった。
こんなゴリラみたいな見た目の、ガサツで、泣き虫で、早起きが最高に苦手な私を、大切にして愛してくれる人がこの世界にいるなんて。これはもしかしたら奇跡なのかもしれない。
その人と出会ったのは今から約3年半前。私が勤めている会社に、中途で入社してきたのが始まりだった。営業職で入社したその人の第一印象はこうだ。
「なんか、先っちょが尖ってる革靴履いてる…ナルシストっぽい人だなぁ…」
などと、失礼なことを思っていた事が懐かしい。
結論から言うと、この人が後に私の結婚相手となるなんて、その時のゴリラは思ってもみなかったのである。
ちなみに私はこの時、27歳(だったはず)で彼氏いない歴=年齢という輝かしい経歴の持ち主だった。もちろんそのはず、当時の私は結婚なんて全くする気もなく、当然恋人もいらない精神で生きていた。
小さい頃から両親のケンカや、親族間のいざこざに巻き込まれすぎて、結婚に対する私のイメージは最悪だった。
ちなみにうちは両親共働きで、父が母の実家に婿入りしている。家族構成は父、母、祖母、私、妹が2人の6人家族。
幼少期から父と母の言い合い(子供の私から見たらただのケンカ)が多く、その度に怖くて、悲しくて、大泣きしていた。それを止めに入る祖母も合わせて、3人の大人が目の前で繰り広げる光景は、見るのも聞くのも本当に辛かった。
お父さんとお母さんはどうしてケンカしているの?
どうして大きな声で怒っているの?
お互いの事が嫌いなの?
私がいい子にしていないせいなの?
そんな疑問がたくさん生まれた。
母は「お父さんとはケンカじゃなくて、話し合ってるだけだよ」と言っていたけど、幼い私には到底納得できるものではなかった。
私がいい子にしていれば、お父さんとお母さんはケンカしない?
子供心なりに、そう結論つけた私は、とにかくいい子でいようと努力した。わがままは言わないようにした、いつも笑顔でいるようにした。誰かが怒りそうな雰囲気を出していたり、不機嫌な言動をしていたら、おちゃらけて見せてその場を和ませようと必死だった。
誰かが怒ったり、誰かと誰かがケンカしたり。
「そう」ならないように、本当に必死だった。家族がケンカして、嫌い合って、大声で怒鳴っていて、ただただそれが怖くてたまらなかった。
よく両親のケンカの仲裁をしていた。
ある程度2人が言い合った後、自室に戻ったそれぞれの所へ言って、愚痴を聞いたり、今後どうしたいか意見を聞いたりする。
そしてそれを、私が何重にもオブラートで包んで、それぞれに伝えていた。
その過程でよく聞かれることがあった。
「あなたはどうしたい?」
そんなの正直わからなかった。
幼少期から両親のケンカの仲裁をよくしていたけれど、私が泣きながら「ケンカはやめて」と訴えたところで「子供には関係ない、夫婦の問題だ」と言われ、いつも蚊帳の外だった。でも私がある程度大きくなってからは、父も母も自分の味方が欲しいからなのか私にそう聞いてくる。
どう答えればいいの?私は何を求められてるの?
何を言えば、どう答えれば、家族はいつも笑顔で穏やかに過ごせるの?そんな事ばかり考えていた。
私が言った一言で、母が喜び、父が悲しむのではないか。
私が行った一言で、父が喜び、母が悲しむのではないか。
娘という立場の私が、どちらかの味方になるような事を言ってしまっていいのだろうか。もし私が言ってしまったことで、事態が悪い方へ進んでしまったら。そう考えると私は自分の意見を口にすることができなくなって行った。
父と母、両方に気を遣って、中途半端な説得をする。それが私の精一杯だった。
それに加えて、私は高校生になっても両親の怒鳴り声が苦手だった。
声を聞いただけで、泣いてしまう。
自分に向けられた言葉ではないのに、まるで自分に向けられたように感じてしまって、怖くて、泣きたくなって、その場から逃げ出したくなる。
「すぐに泣くな」
高校生になっても泣きながら両親を仲裁する私は、そう言われたことがある。
その一言を向けられた時、一瞬、時が止まって心が死んだ気がした。
ショックだった。泣きたくて泣いている訳じゃないのに。
じゃあ目の前で大きな声で怒鳴らないで。感情をぶつけるんじゃなくて、落ち着いて話し合ってよ。あなた達が昔から同じことを繰り返しているせいで、私はどれだけ苦しい思いをしたか。
正直、怒鳴り声が苦手なのは30代になった今も克服できていない。
だから私は、結婚なんて絶対にしたくない。
一番近くにいた「夫婦」は私に結婚のメリットを1つも示してくれなかった。
その代わり、山のようなデメリットとトラウマを与えてくれた。
今となっては、当時の両親は子育てに、仕事に、忙しすぎてお互い余裕がなかったのだと思う。
大人になれば、わかってくる事もあるもので、20代前半までの私は結婚したくないのも、トラウマがあるのも、全部全部「両親のせいで」という気持ちでいっぱいだった。
だけど、それは私たち姉妹を育てることに一生懸命だったという事なのかもしれない、とも思うようになった。
結婚に憧れこそないが、結婚を毛嫌いすることもなくなった28歳の時。
私はひょんなことで、人生のパートナーになる男性と出会うことになる。
冒頭に書いたように、私が勤めている会社に中途で入社してきた彼(初めて会った時に先が尖った革靴を履いていたので、以後は彼を「とんがりさん」とする)は私の6歳年上。
正直に言うと、最初はとんがりさんの事を気にも止めていなかった。
とんがりさんと距離が縮まるきっかけとなったのは、某名探偵漫画がお互い好きだったという趣味の共通点からだった。
最初はお昼休みになんとなく世間話をしていた。
そこから同じ探偵漫画が好きということが発覚し、オタクトークをしているうちに会話をする時間が日に日に増えていった。
ただ、「社内で男女が長時間喋っている」という状況が恋愛未経験者の私にとっては何ともむず痒く、気恥ずかしく感じていた。
そこで私は社外でとんがりさんと話す機会を作りたいと考えた。
今思い返すと自分でも結構グイグイいってるなと思うが、写真を送りたいのでなどと適当な口実を作ってLINEを聞き出したのである。
この時点ではとんがりさんの事を異性として好意を持っていた訳ではなく、オタク仲間としてお喋りするのが楽しかった。
LINEのトークを何日も続け、次第にLINE電話をするようになった。
そのうち2人で外出するようになり、次第にその回数は増えていった。
その頃にはいつの間にかとんがりさんのことが好きになっていた。
お喋りも途切れることなく、ずっと楽しい時間。
とんがりさんの穏やかな雰囲気と時々見えるおっちょこちょいな所が可愛くて、一緒にいて心が癒された。
とんがりさんはとても優しくてまめな人。
決して声を荒げて怒ることもなければ、どこまでも私を包み込んでくれるような包容力がある。それに料理も上手で、出掛ける時にはいつもお弁当を作ってくれた。
そんなとんがりさんに告白をするか迷っていた頃。
私の誘いにも断らずに乗ってくれるけど、告白された訳じゃない。
嫌われている訳でもないと思うけど…と恋愛経験皆無の私には過去の経験論は使えない。
私から告白して今の関係を壊すのも怖い。そして何より同じ会社に勤めているので、もしフラれたら最高に気まずくなってしまうと思うと、なかなか告白できずにいた。
とんがりさんと出掛けるようになってから、半年が経った頃。
私はとうとう告白をしようと決心をした。
何より中途半端な期間が長すぎて痺れを切らしてしまったというのが大きいかもしれない。
その日は映画を観た。
映画はまさかの最高につまらない内容だったが、それはそれで逆に鑑賞後の話が盛り上がる。
帰り際、私はいつ告白をしようかタイミングを伺っていた。
私を自宅まで車で送ってくれたとんがりさん。その車内で、とんがりさんが話し出す。
今まで2人で行ったお出掛けの思い出や、私への想い。それは、とんがりさんの告白だった。
生まれて初めて告白された私は、心臓バクバクの状態でとんがりさんの話を聞いていた。
こんな私を好きになってくれる人が現れるなんて、夢にも思わなかった。
私はもちろん告白を受け入れた。その日は最後に握手をした。初めてとんがりさんに触れた。そして2人で手を重ねて笑い合った。
半年の間、モヤモヤしていた気持ちが一気に恋人になったポヤポヤ感へ変化した。
「こ…これが、恋人ができたという気持ち…ッ」
しばらくの間、私は余韻に浸っていた。
今まで恋愛をしてこなかった分、全てが初めてで、全てが新鮮だった。
とんがりさんと恋人になって、私は人を愛すること、人に愛されることの喜びを知った。とんがりさんは私に大切な事をたくさん教えてくれたし、たくさん与えてくれた。私が返しても返しきれないくらいの愛情をくれるので、少し申し訳なくなる時もあるが、素直に私ができる精一杯を返していこうと思う。
私は、私より大切だと思う存在に初めて出会った。
今まで苦しいことも、辛いこともたくさんあったけれど、とんがりさんに出会えたことでそれが帳消しになるほど、私はとんがりさんに救われている。
この人のためなら頑張れるし、この人の前だからこそ私は強くなれるし、時には弱くもなれる。どんな私を曝け出しても、全部包み込んでくれる。私が目の前でオナラをしても、鼻をほじっても、笑ってくれる。とんがりさんはそんなあったかい人なのだ。
こんなゴリラみたいな見た目の、ガサツで、泣き虫で、早起きが最高に苦手な私を、大切にして愛してくれる人がこの世界にいるなんて。これはもしかしたら奇跡なのかもしれない。
「結婚なんてしたくない」
そう思っていた過去の私に教えてあげたい。
あなたにも、心から大切にしたい大好きな人が現れますよ、と。