美味しすぎない「ラム鉄板焼」
打ち合わせを終え、移動時間で圧縮された休憩時間でランチをとる。三陸自動車道へと向かう道のりで自己申請の「うまい」を発見。いかにも田舎の食堂然としたなんでもありオーラに誘われて暖簾をくぐる。広い店内、数席しかないカウンター席にぶっきら棒に通される。
メニューを開くと主役はとんかつ。試行錯誤を繰り返したのであろう、至るところに検閲の墨が目立つ。予定調和に有りがちな品が並ぶなか、一際異彩を放つ「ラム鉄板焼(900円)」の文字列に心が浮き立つ。
「食べる時にこのタレをかけてください」
思いがけない展開に面を食らう。その言葉に誘われるようにタレをかける。ジュージューと音を立て飛沫が躍る。もくもくと激しい湯気が立つ。熱気とともに下品な香りが漂う。鉄板のビジュアルは「美味しそう」に直結する。予想外にも、大衆食堂の手書きのメニューが全力で五感を刺激してきた。…と、隣のとなりの席に配膳された凡庸なみそラーメンが目に映る。カウンター内のテンションが混沌としている。
広い店内には、夫婦であろう一組の老いた男女だけが働く。女性はひたすらに厨房で鍋を振るい、男性は言葉少なに最低限の接客をする。特に笑顔もなく、愛想の少ない店である。だからこそもう一度聞きたい、食べる前のあの台詞。彼の言葉には愛がある。客にではない。このひと皿をより美味しく食べて欲しい、それが厨房にいる彼女の幸せを願ってこそだ。シャイな男は強烈な意志をもってあの言葉を発する。今日もやってくる、ラムの注文に打ち震えながら…。
柔らかい肉を貪り、味の浸みたモヤシをライスに乗せる。妄想という名のスパイスが、短いランチタイムを最高の時間に変えてくれた。
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