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美味しすぎない「カツサンド」

幸いにもこの街はまだ外出制限が掛かっていない。散歩がてら不要不急のパンを買いに行こう。東北も枝垂桜は九割がたに咲いており、道中、老舗の和菓子屋の前は例年どおりに賑わっている。

歩くこと三十分ほど。正午すぎに着いたパン屋にはパラパラと商品が残るのみだった。おそらく店主の娘であろう子どもが辿々しく接客している。

天然酵母も自家製酵母もうたうことなく、国産小麦や天然水についての蘊蓄も見当たらない。高等学校のそばに店を構える「ぱんくらす」にとっては、若者の胃を満たすことが生きる道なのだ。だから当然味にも素材にもこだわりすぎない。故に美味しすぎることはないという寸法だ。

残ったパンから数点選択。子ども店員の恐る恐るかつ誇らしげなレジ打ちを経て、丁寧な挨拶で見送られる。よし、今日はこのまま帰らずに川辺に座ってパンを食べようか。

鳩や海猫、つばめに雀、鴨。様々な鳥たちが広瀬川で翼を休めている。老人は自らの利権を守ろうとゲートボール場をトラロープで囲っている。排他的なベンチに腰をかけておもむろにパンを食べる。鳥たちが周囲を取り囲んだ。

袋から取り出したカツサンド(370円)は、デラックス三角サンドの名前を纏っている。すべての素材の味を上書きしてしまうほど、甘辛ソースが威張っている。人気ナンバー1の触れ込みで購入した生クリーム入りごまぱん(180円)は、その名に背くほどにホイップが主役だ。これでは、ごま入り生クリームぱんではないか。

強気の味も胸焼けするほどのクリームの量も、高校生たちにとってはご馳走なのだ。彼ら彼女らの世界に割り込んで、とやかく言う権利は誰にもない。

取り巻きの鳥たちが野生のスピードで飛び立った。翼を動かす筋肉の躍動すら見える。何事かと飛び先に目を移すと、老婦が餌を撒いていた。3月とはいえまだ風は冷たい。鳥らを婆に任せて帰路に着く。さあ自宅でコーヒーを濃く淹れて、胃の生クリームを流そう。


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