見出し画像

英語語源辞典通読ノート C (chorus-citizen)

研究社『英語語源辞典』(KDEE)を通読しながら見つけた語源の面白いネタをメモしています。今回はp228からp234まで。


chorus

chorus”(コーラス、合唱)は “garden”(庭)と同根である。初出は1561年とだいぶ新しい。語源を遡ると、近代英語にはラテン語 chorus からの借入で、これもギリシャ語 khorós(踊り、歌舞団)からの借入である。そして khorós は印欧語根 *gher-(把持する、囲う)に由来する。ギリシャ語 khorós の原義は「囲われた舞踏場」らしい。踊るための場所を表していた語が、踊りとそれとセットの合唱を意味するように変化したようだ。

一方の “garden” の語源を遡ると、中英語 gardin は古ノルマン語からの借入で、古フランス語 jardin からの派生である。jardin は俗ラテン語 *gardinu(m) からの発達で、これは *gardo(柵)からの派生である。*gardo はゲルマン祖語 *ȝardan からの借入で、印欧語根 *gher- に由来する。ちなみに、*ȝardan から発達した本来語が英語 “yard²”(中庭)である。こちらも庭を囲っていた柵から庭そのものを指すように意味変化している。

同じ印欧語根 *gher- から“chorus”, “garden”, “yard” とそれぞれグリムの法則に沿った gh 音の音変化が感じられるいい例だ。

chronicle, chron-

chronicle”(年代記)の語源を遡ると、中英語 cronicle はアングロフレンチ cronicle からの借入で、元の形は古フランス語 cronique である。これはラテン語 chronica からの借入であり、さらにギリシャ語 khroniká(年代記、時事)からの借入である。khroniká はギリシャ語 khronikós(時間の)からの派生で、元になったのは khrónos(時間)である。この先の語源は不詳だが、KDEEでは印欧語根 *gher-(把持する)の説を挙げている。”chron(o)-”という接頭辞も同様にギリシャ語 khrónos に由来する。

ところで、英語 “clock”(時計)はギリシャ語 khrónos と語源的に全く関係がない、他人の空似である。”clock” の語源を遡ると、中英語 clok(k)e, clocke は中期オランダ語 clocke からの借入で、これも古ノルマン語 cloque(鐘)からの借入である。cloque は中世ラテン語 cloccam からの発達で、これ以前の語源は不詳だが、KDEEではケルト語の擬音語に由来するとする説を挙げている。鐘を意味する擬音語というと日本語では「カランコロン」といったところか?時報を伝える鐘の音から時計の意味にすり替わっていったのだろう。

church

church”(教会)は語源に謎が多いようだ。語源を遡ると、中英語 chirche, cherche, churche と綴りに揺れがあり、古英語 ċir(i)ċe, ċyr(i)ċe からの発達である。これは後期ギリシャ語 kūrikón からの借入で、ギリシャ語 kūriakón (dôma)(主人の(家))に対応する。kūriakón は kūriakós からの派生で、元の形は kúrios(主人、領主)である。これもギリシャ語 kûros(力)に由来するが、それ以前の語源は不詳らしい。KDEEでは印欧語根 *keuǝ-(膨らむ、丸天井)に由来する説を挙げている。

KDEEの解説欄を読むと、”church” はキリスト教に関わる語だが、ゴート語には見られないらしい。ゴート語ではギリシャ語 akkēsiā から借入した語が用いられており、ロマンス・ケルト系でも同様らしい。宗教の関連語として教会というのはかなり基本的な語彙なんじゃないかと思うが、ここに揺れがあるのは意外だ。

circle, circus

circle”(円)には古英語形と中英語形にそれぞれ別の語源があるらしい。古英語 circul はラテン語 circulum からの借入で、circulum は circus(円、輪)の指小辞形である。この古英語形 circul は今の語義ではなく「(天球上の)圏」や「(太陽・月の)暈」という意味でだけ使われていたようだが、それも12世紀までだったらしい。一方、”circle” の元になった中英語 cercle はラテン語 circulum から発達した古フランス語からの借入である。ラテン語から直接借入した古英語 circul の形は一度失われ、中英語期には古フランス語を経由した cercle が定着したようだが、16世紀においてまたラテン語に寄せて今の “circle” となった。いわゆる語源的綴字である。

ちなみに、ラテン語 circus はもちろん英語 “circus”(円形広場、サーカス)の語源である。英語での初出は1380年以前で、古代ローマの円形の大競技場を指した。中英語 Circus はラテン語 circus からの借入で、それ以前の語源は不詳だがKDEEではギリシャ語 kirkos, krikos からの借入説を挙げている。もしそうだとすれば、印欧語根 *(s)ker-(回転する)に由来することになり、英語 “curve” が同根ということになる。

citizen

citizen”(市民、公民)の綴り字の歴史がおもしろい。語源を遡ると、中英語 citisein, citisain はアングロフレンチ citesein, citezein からの借入である。これらは古フランス語 citeain に対応する。citeain は古フランス語の cité(都市)と -ain 接尾辞(〜に属するの意)から成る。

古フランス語の構成をそのまま近代英語でなぞれば “citian” のようになっていてもおかしくないが、なぜ -z- が混入してしまったのか。その理由についてKDEEでは、アングロフレンチにおいて全く別の単語 deinsein の影響を受けたからだと説明している。deinsein は英語 “denizen”(居住者、居留民)の語源である。この語は古フランス語 deinz(中に)と -ein 接尾辞(属する)から成る。これはつまり、アングロフレンチにおいて造語されたdeinsein が dein + sein だと異分析され、そこからの連想で citeain も本来は cité + sein であるということにされてしまったのではないか?

さらにおもしろいのは、”denizen” の項を読むと deinsein という2音節の形から denizen という3音節の形になったのは、逆に “citizen” からの影響を受けた結果らしいことだ。互いに影響を与えあっており、カオスが生まれている。この2語が出会わなければ、 今ごろは “citian” と “deinzen” だったかもしれない。


もうすぐ ci- の項が終わります。次の山は cl- ゾーンです。


いいなと思ったら応援しよう!