北九州市事件・福岡高判令2.9.17~路線バス運転手の待機時間の労働時間性~
弁護士の荒川正嗣です。
主に企業側での人事労務案件を取り扱っています。
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労働判例等の紹介をしながら、思うところを書いていきたいと思います。
1 はじめに
本記事では、路線バス運転手の、終点・始点場所での待機時間が労働基準法(以下「労基法」)上の労働時間に該当するかを判断した、北九州事件・福岡高判令2.9.17を取り上げます。
判例上、労基法上の労働時間に該当するのは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間とされています(三菱重工業長崎造船所事件・最判平12.3.9)。
バス運転手に限らず、具体的な作業をしていない不活動時間であっても、それが労働時間(いわゆる手待時間)ではなく休憩時間といえるかどうかは、指揮命令下から離脱しているかどうか、すなわち労働からの解放が保障されているといえるかによって判断されます(大星ビル管理事件・最判平14.2.28)。
基準は上記のとおりですが、実際の判断では(労働法の世界でよくあることですが、)諸事情が総合考慮されます。本件でどのような事情が取り上げられて、どう評価されたを見ていきたいと思います。
なお、高裁判決は結論として待機時間は全て休憩時間だとしましたが、原審(福岡地判令1.9.20)は待機時間は概ね休憩時間であるが一部に労働時間と考えられる時間がある等を理由に1割を労働時間と認定するという、なかなか珍しい判断をしていますが、こうした判断の当否についても若干考えてみたいと思います。
2 事案の概要
被控訴人(一審原告)Xらは市営の定期路線バスの乗務員(運転手)です。
控訴人(一審被告)Y(北九州市)の交通局は、「転回場所」(1日の勤務番のうち、バスが終点に到着してから次の出発時間までに待機する場所)ごとに、次のとおりに待機時間を設け、これを休憩時間と扱っていました。
「待機時間」=「ア:調整時間」-「イ:転回時間」
※ア:転回場所で待機している時間
イ:乗務員が遺留品の確認、車内清掃、車両の移動等をする時間
また、Yは、バス乗務員に対し、平成24年2月20日付で文書で、次のにような内容を通知していました。
<H24.2.20付け通知文書の内容>
(ア) 転回場所における労働時間と休憩時間
・各バス停に到着後、次の発車までの時間のうち、「遺留品の確認」・ 「車両の移動」・「接客時間(両替・案内等)」などに当たる時間を労働時間とし、残りは休憩時間とする。
・労働時間数は各バス停において別表のとおりとする(・・・以下略)
・なお、休憩時間については各自が自由に使える時間とする(・・・以下略)。
(イ) 延着等の取り扱い
多客、事故などの理由により到着バス停に延着した場合や突発的業務で指示された休憩時間を取得することができなかった場合は、休憩時間を労働時間に変更するため、必ず所定の用紙に記入して操車主任に提出してください。
Xらは、待機時間中、Yから上記(ア)の各業務に従事することを指示されており、労働からの解放が保障されておらず、Yの指揮命令下に置かれていたので、待機時間は全て労働時間であり、これに対する割増賃金の支払いを求めました。
なお、Yは、転回時間については労基法上の労働時間と扱い、その時間数に応じて基本給(時給)を支給し、他方で待機時間については上記のとおり休憩時間と扱っていたものの、1時間あたり140円を「待機加算」として支給していました。
3 判決要旨
本判決は、前掲最判による労基法上の労働時間等の意義を確認した上で、以下の事情を取り上げて、本件の待機時間は労基法上の労働時間ではないとし、Xらの請求を棄却しました。
本判決では、高裁段階でのXらの補充主張に対する判断も述べてはいますが、補充主張の内容自体が原審での主張とほぼ同内容で、したがってそれに対する高裁の判断も同旨ですから、以下では本判決が引用した原審の判断部分を紹介します。
【原審の判断の要点】
(結論)
待機時間は労基法上の労働時間にはあたらず、休憩時間である。
(理由)
✓➀交通局の乗務員は、Yが待機時間を労基法上の労働時間でなく休憩時間と扱っていたことを認識していた。
∵労組と協議し、調整時間のうち、転回時間を除いた時間を待機時間とすることにし、待機時間については基本給ではなく加算給を支給することになり、Yがその旨を乗務員に周知していた。
✓②乗務員は待機時間に乗客対応等を労働契約上義務付けられていなかった。
∵乗務員はトイレ以外の理由でも待機時間中にバス車外で過ごし、バス車内に乗客を乗せた状態でバスから離れることが許容されており、Yは乗客に乗務員の待機時間中の過ごし方について休憩時間と説明していた。
※なお、上記に関し、Xらは➊休憩施設のない転回場所では、待機時間中でもバスから離れて過ごすことができず、場所的拘束があったとか、➋Yから乗客対応を免除する旨の通知がされていない旨を主張。
⇒判決は、➊についてはバスの運転業務の間の時間であることに伴うやむを得ない制約であり、仮にそれで乗客から対応を求められることが増えても、直ちに待機時間中の対応が義務付けられていたとはいえないとし、➋については待機時間は休憩時間で自由利用できる時間と周知していたので特定業務の免除を指示していなかったとしても当該業務の義務付けがあったことにはならないとし、排斥。
✓➂始点のバス亭に乗客がいる場合、待機時間中であっても常に、早めにバス停に移動することを義務付けられていない。
∵乗務員が、定時に出発できるタイミングでバス停に移動することが多く、定時から遅れてバス停に移動することも一定程度ある。
✓④常務員は待機時間中、突発的なバスの移動に臨機応変に対応することができるよう備えておくことを労働契約上義務付けられていない。
∵一部転回場所では複数のバスが停車していることがあったが、乗務員は運行指示表等で各転回場所で待機するバスの発車時刻を知ることができたし、同表の予定外の移動を行わなければならないことが度々あったとは認められないから、待機時間中、臨機応変にバスを移動させることができるように常に待機していなければならなかったとはいえない。
その他の転回場所でも、複数のバスが同時に待機することになっても本来の待機場所やそれとは異なる場所で待機でき、他のバスが通過できる程の間隔はあったし、後に来たバスが先に出発する場合、先に来たバスは後方で待機でき、乗務員は突発的な移動に備えておかなければならなかったとは認められない。
※その他、Xらは、待機時間の労働時間性を基礎づける事情として、➊待機時間中、遺留品の有無の確認、車内清掃の所要時間が転回時間に留まらない旨、➋待機時間中にバス車両の修理や整備に関する業務を行うことがある旨、➌待機時間中に主任等からの問い合わせ等に対応する必要があった旨を主張。
⇒判決は、➊について、これら業務は概ね転回時間内に収まっていたとうかがわれること、これら業務はバスが転回場所に到着した際に行われるか、調整時間中の任意の時期に行うこともでき、業務の発生時期が不特定ではなかったから、これら業務の発生に備えておかなければならなかったとはいえず、仮にこれら業務の所要時間が転回時間を超えることがあったとしても、その時間については労基法上の労働時間に当たり得ることは格別、そのことは待機時間中の不活動時間が労基法上の労働時間を基礎づけるとはいえないとし、排斥。
また、➋及び➌については、常にそれらに対応できる体勢をとっているよう義務付けられていたとは認められないとして排斥。
4 検討
(1) 労働時間(手待時間)か、休憩かの判断枠組み、考慮要素等
待機時間等の不活動時間が労基法上の労働時間にあたるかどうかは、冒頭で述べたとおり、労基法上の労働時間が「使用者の指揮命令下に置かれた時間」と解されていることから、かかる指揮命令下から離脱しているといえるかどうか、すなわち、「労働からの解放の保障」があるかどうかという基準で判断されます。
そして、実際の判断では、待機時間中における業務の義務付けの有無、当該業務の内容や頻度、時間的・場所的拘束性の有無や程度といった事情が考慮されます。
これらの事情から待機時間中に労働の義務付けがあったといえる場合は、実作業への従事がその必要が生じた場合に限られるとしても、その必要が生じることが皆無に等しいなど、実質的に義務付けがされていないと認められるような事情がないと、実作業をした時間も含めた待機時間全体が労基法上の労働時間に該当することになります(前掲・大星ビル管理事件最判)。
(2) 本件判決の判断の特徴等
ア 本判決は、バス運転手が待機時間中は乗客がいても、トイレ休憩以外でもバスから離れることができたという事情がありました(上記3・②)。
このように、労働からの解放を保障しているというに大きく傾く事情が実態としてあったわけですが、Yが、乗務員らが加入する労組と協議し、調整時間中の転回時間を除く時間は待機時間であり、休憩時間と扱うとし、そのことを乗務員に周知(対内的な周知)していただけでなく(上記3・①)、バスの利用者にも待機時間は休憩時間だと説明し(対外的な周知、上記3・②)、したがって、乗客対応をする必要がない状況を、担保していたというのも重要な点でしょう。
なお、Xらの主張を排斥する中で、休憩場所がない場合はバスの運転業務の合間だからバスから離れられないのはやむを得ない制約であるとか、特定業務の免除が明示的にいわれていなくともそもそも休憩だと周知しているから、特定業務の義務付けがあったことにならないとした点は、参考になります。
イ ただし、こうした待機時間を自由に過ごせる休憩時間となるよう、周知し担保するようにしていたとしても、実際のところ、待機時間中に作業があればその作業時間自体が労基法上の労働時間になるのは当然であり(ただし、あくまで労働契約上、予定された業務の範疇であり、それを行うことが使用者の指示に基づくといえることが前提)、さらに、その実作業の内容や所要時間のほか、それをする頻度によっては、実態としては待機時間中の実作業の義務付けがあり、係る作業のために備えていなければならず、待機時間全体が労基法上の労働時間と評価されることはあり得ます。
本件では、待機時間中に、バス運転手が転回場所において、出発時間より早めにバス停へとバスを移動させたり、また、突発的なバスの移動をするといった、実作業をすることもあったようですが、本判決はいずれも、待機時間中にそれらを行うべき労働契約上の義務付け自体がなかったと認定しています(上記3・③及び➃)。その理由は、要するに、その必要性がなかったというもので、労働契約上の明示の義務付けはないし、それらを待機時間中にすることを余儀なくされた事情もないから、待機時間はやはり休憩時間である、ということでしょう。
ウ 【実務対応】
このあたりは、現場の状況や実作業の頻度を見て、実作業をせずともよい状況が担保できているといえるかどうか次第で、判断は異なるところです。実際に、使用者側としても実作業を余儀なくさせる事情がないこと(評価障害事実)をどう主張し、立証するかは実態をしっかりと把握し、その証拠がないと、なかなか難しい面もあります。
待機時間を休憩時間とするならば、実務上の工夫として、本件のように、待機時間は業務に従事する必要はなく休憩時間と扱う旨や、突発的に業務を行った結果、所定の休憩時間が取得できなかった場合はその旨を申告するようにとの旨を労働者に周知する(=待機時間中の業務を形式上義務付けない)のはもちろんとして、実作業をせざるを得ない状況が生じる頻度を少なくするとともに、その頻度が少ないことを示す上でも実作業をした分については労働者に日時をきちんと申告させること(労働時間に当たるならば賃金の支払の問題もあり)、申告内容を見て作業の内容、必要性等に疑問があれば確認し、必要に応じ是正のための指示をする等して、待機時間中に、実作業が労働者の判断で頻繁に行われるような事態を招かないようにすることが肝要でしょう。
エ その他、本判決の特徴として、車内の遺留品確認、清掃、修理や整備、主任からの問い合わせを待機時間中に行うことがあるとの点について、業務の発生時期が不特定であったり、それらに即時対応できるよう常時備えていなければならないものではなかったと認定し、したがって、これらによって待機時間の労働時間性が認められるものではないとしています。
待機時間中に実作業があったとしても、それをもって待機時間全体が労働時間とはならいことを説明する視点として参考になります。
(3) 1割だけ労働時間?‐原審の判断の当否
ところで、原審は、本件の待機時間は概ね休憩時間と認められるべきものだが、転回時間内に終了できない業務が発生したり、転回場所や始発場所におけるバスの移動等においても、労働時間と考えられる時間が全く存在しないとまでは見受けられないことや、待機時間中に業務に従事したことを申告する報告書の提出が必ずしも普及していない現状に鑑みて、労働時間が存在しないものとして割り切ることには躊躇を覚える旨を述べます。また、待機時間が短い場合は、待機時間開始直後に、次の運転業務に備える必要があったことを指摘し、前後の労働から解放されていたとは言い難いとし、待機時間の1割を労基法上の労働時間と認定しました。
確かに、待機時間中でも、業務が生じるので、その全てを休憩といえるかは微妙、しかしかといって、それを根拠に待機時間全体が労基法上の労働時間というのも言い過ぎ、という場合は有り得るのであり、こうしたグレーな状況について、割合的に労働時間とみるのは、ある意味、バランスをとろうとした判断だといえそうです。実際、実作業をせずにいる時間と、実作業をしている時間とを完全に同視し、賃金支払の対象とするのか(債務の本旨に従った履行といえるか)は、使用者側としては抵抗があるところであり、まして、実作業の頻度が少なく、実態としても自由に過ごせる時間であればなおのことです(なお、逆に、実作業の頻度が相応にあって、実作業の必要性があれば即時対応するために待機を義務付けているならば、待機していること自体が債務の本旨に従った履行といえ、賃金支払の対象にはなるでしょう)。
しかしながら、現行の労基法上、労働時間と休憩時間の間のグレーゾーンは認められておらず、労働からの解放がなければ待機時間は労働時間となります(菅野和夫「労働法(第12版)」499頁参照)から、理屈の上では白黒をつける判断にならざるを得ません。
したがって、原審の1割だけ労働時間という判断は、労基法の解釈を誤ったものと言わざるを得ないところでしょうが、こうしたバランスのとれた処理が可能となる法制度、労働時間性についても一定の要件を課し、一定の限度で、労使間の合意により処理できる制度等が望まれるところです。
(4) 付言‐労基法上の労働時間に該当する時間が賃金支払の対象となるかは当事者間の合意又は合理的意思解釈による
なお、待機時間や不活動時間が労基法上の労働時間だとしても、それが賃金支払の対象になる時間か、またいくら支払うべきかは別問題で、この点は労働契約上、どのように合意されているのか、または当事者の合理的意思解釈の問題になります。
本件でみると、待機時間は休憩時間であるとしつつ、待機加算(140円/h)が支給されていました。また待機時間中に実作業があれば、これには別途時給が支払うこととされていました。このため、仮に本件の待機時間が労基法上の労働時間だったとしても、当事者間の上記合意からすれば、待機時間には待機加算のみを支払う、というものだったと解釈できます(なお、最低賃金法の規制は所定労働時間に対して支払われる賃金に対するもので、当該賃金を所定労働時間で除した金額が最低賃金を下回らなければ同法違反ではありません。待機時間を休憩時間と扱っていた場合、それが労働時間であるとしても、労働契約上、所定労働時間には通常、含まれていないでしょうから、結局、同法の規制は及ばないと解されます。この点については、荒木尚志「労働法」(第4版)199頁参照)。
他方で、仮に本件で、待機時間について何らの賃金の定めがなかった場合ですが、労働契約の合理的意思解釈としては労基法上の労働時間に該当すれば通常は労働契約上の賃金支払の対象となる時間としているものと解されます(前掲・大星ビル管理事件最判)。そうすると、本件では通常の労働時間の賃金である基本給に基づく時給が支払われるべき賃金になると解されます。
休憩時間といえるかは微妙だが、他方で労働密度が薄く、実作業をしている時間と同レベルに債務の本旨に従った履行というにはばかるという時間については、対価として、基本給とは別の賃金を設定しておく、という工夫も考えられます。
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