京王電鉄ほか1社事件・東京高判令1.10.24~高年法の趣旨に反しない継続雇用制度とは?

弁護士の荒川正嗣です。
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労働判例等の紹介をしながら、思うところを書いていきます。

1 はじめに

 本記事では、バス運転士らの定年後再雇用につき、労働契約の成否が争われた京王電鉄ほか1社事件・東京高判令1.10.24を取り上げます。
 同事件では、定年後の社員を対象とした、➀再雇用社員制度(就業規則所定の解雇事由等に該当することが明らかである場合を除き、有期労働契約を締結する制度)と②継匠社員制度(バス乗務員である正社員のうち、所定の欠格要件に該当しないことを条件に、有期労働契約を締結する制度)とがあり、②の方はバス運転士として勤務でき、➀よりも賃金が高いものでした。控訴人Xらはバス運転士として定年を迎え、②の適用を受けられず、➀の対象とされたが、高年法(「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」)の趣旨に合致するのは②のみであると主張し、継匠社員としての労働契約上の地位確認等請求をしたところ、本判決は、高年法上の継続雇用制度に該当するのは②でなく➀であり、かつ、➀は高年法の趣旨に反しないとし、Xらの請求を棄却しています(なお、上告棄却及び上告不受理にて、本判決は確定しています)。
 本判決の判示内容を確認の上で、実務に活かせるポイントについて若干検討してみたいと思います。

2 事案の概要・争点等

【事案の概要】
 被控訴人Y1電鉄(京王電鉄)とY2バス(京王バス。京王電鉄の子会社)は、定年に達した社員を再雇用する制度を設けていたところ、平成24年高年法改正に伴い、元々の制度は段階的に廃止され、再雇用社員制度及び継匠社員制度が導入されました。これら制度の詳細は以下のとおりです。なお、この新制度はYらと京王労組(乗務員の90%以上が加入している。なお、XらはYらと京王労組の方針に反対し、京王新労を結成していたが、京王新労の加入率は最大でも5%程度だった)との度重なる労使協議を経て導入されています。

Yらの雇用延長制度取扱規程上の2つの制度
<再雇用社員制度>

●Y2バスと再雇用社員として、1年間の有期労働契約を結ぶ。最大4回まで更  
新可能。
●担当業務は車両清掃業務
●所定労働時間は1日8時間、休日は1週当たり4日
●時給1000円、賞与10万円×年3回
●就業規則所定の解雇事由等に該当することが明らかである者は対象外
給与、賞与及び一時金は、継匠社員の約45%
 ※X3が再雇用社員としてH29.6に受給した給与は8万8000円。
 また、Xらの主張によると2か月に1回、雇用継続給付金が支給されるが、X3がH29.7に受給した額は1万3200円。

<継匠社員制度>
Y2バスと継匠社員として、1年間の有期労働契約を結ぶ。最大4回まで更新可能。
●担当業務は正社員仕業を基本(バス運転士業務)
●所定労働時間は正社員と同様
●基本給月額19万5000円、賞与の支給定数・支給日等は正社員と同様
●乗務員である正社員のうち、以下のいずれにも該当しないことが条件
⇒➀解雇事由等に該当することが明らかな者、②直近過去5回の昇給及び昇進評価でC評価が3回以上あった者(この②を「継匠社員制度選択要件」という)、③同評価において降職の懲戒処分を受けた者、➃直近の過去5回の昇給及び昇進評価期間中で苦情や事故の頻度が甚だしくまたはその程度が悪質である、勤怠状況や勤務態度が著しく劣悪であるなど、社員としての適性を欠くと認められる者
※Xらの主張によると、継匠社員には上記のほか、月額5000円の手当、一時金、2か月に1回5万8500円の雇用継続給付金が支給される。

 Xらは、Y1電鉄に雇用され、定年を迎え、継匠社員制度での継続雇用を希望したものの、Y1電鉄による対象期間中の乗務員としての評価が全てCであったために、認められず、Y2バスと再雇用社員として再雇用契約を締結しましたが、既述のとおり、再雇用社員制度は高年法の趣旨に反し、同趣旨に合致するのは継匠社員制度であるとし、継匠社員制度に基づく労働契約上の地位確認請求等をしました。

【争点】
 
本案における争点は、Xらが、Y2電鉄との間で継匠社員としての労働契約上の地位を有するかですが、この判断の過程において、争点はさらにあり、主たるものは以下のとおりです。
➀再雇用社員制度は高年法9条1項2号所定の継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度)に該当するか
②継匠社員制度選択要件(直近過去5回の昇給及び昇格評価でCが3回以上ないこと)が高年法の趣旨に反し、不合理で違法か
③昇進・昇格評価制度(本件評価制度)の合理性の有無
➃Xらの継匠社員としての労働契約上の地位を否定することが不当労働行為に当たるか。
⑤雇用延長制度取扱いの変更が不利益変更か、不利益変更として変更の合理性があるか。

3 争点に対する裁判所の判断要旨

 上記のとおり争点は多岐にわたりますが、以下では主に争点➀~③に関する判断を見ていきます。

(1) ➀再雇用社員制度は高年法所定の継続雇用制度に該当するか

 Xらは、高年法所定の継続雇用制度に該当するのは、継匠社員制度のみであり、これが自身らに適用される旨、他方で、再雇用社員制度は、トヨタ自動車事件・名古屋高判平28.9.28及び九州惣菜事件・福岡高判平29.9.7の判示に照らし、高年法の目的ないし趣旨に反し、高年法所定の継続雇用制度に当たらず、定年まで30年にわたりバス運転業務に従事してきたXらを再雇用社員として、車両清掃業務に従事させることは、著しく不合理で、違法なものだとの旨を主張しましたが、本判決は次のとおり述べて、退けています。

【結論】
 本件の再雇用社員制度は高年法9条1項所定の継続雇用制度に該当し、違法なものではない。

【理由】
高年法9条1項は、事業主に対し高年齢者を雇用する私法上の義務を負わせ又は同項に違反する労働契約を無効とする私法的効力を有するものではないと解される。
✓(高年法9条1項2号所定の)継続雇用制度は、現に雇用している高年齢者のうち就業規則に定める解雇又は退職事由(年齢に係るものを除く)に該当する者を除く希望者全員を定年後も引き続き雇用することを内容とするものでなければならないと解されるが、継匠社員制度は継匠社員制度選択要件が定められており、同項所定の継続雇用制度の内容に合致するものではない。
高年法所定の継続雇用制度は、同法9条1項の趣旨に反しない限り、その労働条件を個々の事業主の実情に応じた多様かつ柔軟なものとすることが許容されていると解すべきである。
✓Yらと京王労組との労使協議を経て再雇用社員制度が導入された経緯等も踏まえれば、同制度が高年法所定の継続雇用制度に当たらないとみることはできない。
✓再雇用社員の業務内容、所定労働時間、休日の内容や、給与、賞与及び一時金の額が正社員と同様の所定労働時間である継匠社員の約45%であること、Yらがバス運転士を募集し、費用負担をして大型2種免許を取得させ、実車訓練していること等の事情があっても、上記判断を左右するものではない。

(2) ②継匠社員制度選択要件が高年法の趣旨に反し、不合理で違法か

 既述のとおり、継匠社員制度選択要件とは、「直近過去5回の昇給及び昇格評価でCが3回以上ないこと」です。
 これに関し、Xらは、前提として、前掲トヨタ自動車ほか事件高裁判決が述べたところを意識してか、Yらによる再雇用社員としての契約が、継続雇用の実質を欠き、むしろ通常解雇と新規採用の複合行為で、通常解雇相当の事情が必要であるなどと述べ、継匠社員制度選択要件は解雇事由に当たらないと主張しました。そして、成績評価制度における査定を定年後の雇用継続の是非を判断するための基準に転用することや、相対評価を用いることに合理性がなく、Xら加入の京王新労との協議や労使交渉もなく導入されたものであって、高年法の趣旨に反する不合理で違法なものだと主張しましたが、本判決は次のとおり述べて、これも退けています。

【結論】
 継匠社員制度選択要件は、不合理でない。
⇒解雇・退職事由に該当しない事由を継匠社員制度選択要件とすることができないとする根拠は見い出し難いし、給与や昇給を決定するための基準である成績評価制度における査定をもって、バス運転士としての雇用継続の是非を判断するための基準として用いることが直ちに不合理であるとも、その査定が相対評価であることをもって不合理であるともいえない。また京王労組との度重なる労使交渉を経て成立した事情も踏まえると、京王新労との交渉状況をもって直ちに不合理といえないし、前提となる評価制度についてXらに対する恣意的に差別的査定がされたともいえない。

【理由】
✓➊昇給及び昇格評価は、実績評価(職務達成度を評価)及び行動能力評価(責任感や規律遵守に係る意識等を評価)によるものであり、乗務員の定年時間近におけるそれら評価は、その者が継匠社員制度を選択した場合における同評価の予測に資するものである。継匠社員制度選択要件が過去に一定水準以上の評価を得るよう求めるものであることをもって、直ちに不合理とはいえない。
✓➋C評価は、本件評価制度における最低評価であり、これを受ける社員は毎年わずか10%程度である。継匠社員制度選択要件は、このような最低評価を定年前直近5年間のうち3年間以上取らないよう求めるものに過ぎない。
✓➌継匠社員制度は、乗務員の圧倒的多数を組合員とする京王労組との度重なる労使交渉を経て成立したものである。
➊~➌から、継匠社員制度選択要件が不合理なものだとはいえない。
✓➍対象者の従前の勤務状況等を使用者自らが評価しているから、継続雇用の採否決定に当たり、従前の評価を考慮することも不合理とはいえない。
✓➎Yらの企業理念に照らせば、Y2バスのバス運転士について、安全運転のための意欲や行動、利用者への対応その他の円滑な業務遂行にへの協力姿勢等に関する具体的行動がYらの利益につながるものとして評価対象となることは当然にあり得る。所定時刻に所定経路で事故を起こすことなくバスを運行させたか否かのみが評価対象となるものではないというべき(Xらのうち2名が、長期にわたり無事故だったことをもって、バス運転士として継続雇用しないことが不合理ともいえない)。

(3) ③昇進・昇格評価制度(本件評価制度)の合理性の有無

 Xらは、継匠社員制度選択要件が前提とする評価制度が、Xら加入の京王新労との協議等をせずに一方的に導入されたものであるし、行動能力評価の基準の一部(肉声マイク放送の実施状況、増務への対応状況)がバス運転士の業務評価に適さない旨等を述べ、不合理だと主張しましたが、以下のとおり裁判所はこれも採用していません。

【結論】
 昇進・昇格評価制度は不合理でない。

【理由】
使用者は人事権の一内容として、労働者の人事評価を行う権限を有するから、本件評価制度が就業規則の内容になっていなかったとしても、同評価制度により労働者を評価することが直ちに許されないものではない。
✓行動能力評価も評価項目が5段階に区分され、各区分の評価基準及び配点が明記されるなどし、評価が公正にされるよう一定の配慮がされている。
✓肉声マイク放送は、車内事故防止のための有効な方策であり、Yらの企業理念(安全、快適、良質なサービス提供)に沿った接遇に資するものであるし、乗務員の肉声マイク放送と安全確保措置を両立させることが困難とは認められない。
✓本件評価制度は、肉声マイク放送の多寡のみを評価対象とするのではなく、その他の安全確保措置も評価対象としており、同放送の多寡を過度に重視するものではない。
✓増務につき、1か月当たり平均30.7時間であることに照らせば、Yらが法違反をして増務をさせているとはいえないし、本件評価制度を通じて乗務員を過酷な勤務状態に置いて、健康を損なっているともいえない。
✓Yらが、欠便や大幅な遅延等が生じないよう、乗務員に対し一定の増務を命じ、その対応状況を評価基準として用いるのは、Yらの企業理念や公共交通機関としての性質に照らし、不合理であるといえない。

(4) その他の争点について

 その他の争点④Xらの継匠社員としての労働契約上の地位を否定することが不当労働行為に当たるか、⑤雇用延長制度取扱規程の変更が不利益変更か、不利益変更として変更の合理性があるかについても、裁判所はXらの主張を認めていません。
 理由として争点④については、Xらが肉声マイク放送の実施と増務に対し消極的だったという低評価となる根拠事実があり、Yらが京王新労との団交で接遇向上実績の向上、増務への協力を求めたがXらは応じず低評価を継続して受けていたこと、京王新労の組合員であっても増務に応じていた者はC評価とならず、継匠社員として雇用されていること等の事情から、京王新労の組合員であることを理由に低評価を受けたのではなく、Yらに不当労働行為意思はなかったとされています。
 他方で、争点⑤については、雇用延長制度取扱規程の変更前に再雇用要件を満たしていた者が、変更後の規程で再雇用要件を満たさなくなったというのではないことから、労働条件の変更を変更したものとは認められないとされています。

4 検討

(1) 高年法9条1項の趣旨と私法上の効力の有無

 本件では、再雇用社員制度が高年法9条1項2号所定の継続雇用制度に該当するかや、継匠社員制度選択要件が高年法の趣旨に反するかが争点となりましたが、改めて高年法9条1項の内容や趣旨等を確認すると、以下のとおりです。
 高年法9条1項は、高年齢者雇用確保措置として、事業主に対し、➀定年の引き上げ(1号)、②継続雇用制度の導入(2号)又は➂定年の廃止(3号)のうちいずれかを講じなければならないとしています。
 そして、同条項の趣旨は、高年齢者の安定した雇用確保と解されます。
 他方で、同条項は、本判決も述べるとおり、公法上の義務(事業主が国に対して負う義務)を定めるものであって、私法的効力はないと解されています。つまり、高年法9条1項が上記➀~➂を定めているからといって、事業主は、その雇用する高年齢者を定年後も雇用する私法上の義務を負うものでもないし、同項に違反する労働契約を無効とする効力もないと解されており、これは実務上、確立した見解といえます(私法上の効力を否定した裁判例は本判決のほか、NTT西日本(高年齢者雇用・第1)事件・大阪高判平21.11.27、NTT東日本(高年齢者雇用)事件・東京高判平22.12.22、NTT西日本(高年齢者雇用・第2)事件・大阪高判平22.12.21等あり)。
 この私法上の効力はないとの見解を貫徹すれば、定年後再雇用に関する労働契約上の定めが高年法9条1項に反して無効になるとか、無効になる故に、当該定めにかかわらず、事業主はその雇用する定年を迎えた高年齢者を、引き続き雇用すべき義務を負うということには、論理的にはなりません。
 もっとも、高年法9条1項に基づき労働者に使用者に対する継続雇用を求める私法上の権利はないにしても、労働者に同項に基づき保護されるべき私法上の利益があると観念し、高年法9条1項に違反する使用者の行為(同条項所定の措置のいずれも講じていない、措置を講じているもののそれが同条項の趣旨に反する場合等)は、私法上も違法であって、損害も含め不法行為の要件を満たせば、損害賠償請求が可能との見解も成り立ち得る、との指摘もあります(佐々木宗啓ら編「類型別 労働関係訴訟の実務〔改訂版〕Ⅱ(2021年青林書院)516頁ないし518頁)。

(2) トヨタ自動車事件と九州惣菜事件各高裁判決の評価

 高年法9条1項ないしは高年法の趣旨違反を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求の可否については、見解が分かれるところですが、近時の裁判例には、高年法9条1項2号の継続雇用制度として、有期労働契約による再雇用制度があるものの、その労働条件が定年前と大きく異なるために労働者が応じず、契約不成立となったという事案で、係る条件での再雇用の提案は高年法の趣旨に反し、不法行為が成立するとして損害賠償請求を認容したものもあります。
 トヨタ自動車ほか事件・名古屋高判H28.9.28と九州惣菜事件・福岡高判H29.9.7がそれであり、本件でも、Xらが、再雇用社員制度が高年法の趣旨に反し違法だと主張するに当たって引用しています。
 もっとも、両判決が述べる「高年法の趣旨」の内容なり、それを敷衍した同法の解釈は独自の見解ですし、先例としての意義には疑問があるところであり、本判決も両判決の内容については特に言及することなく争点について判断しています。
 なお、両事件の解説、判決が述べた高年法9条1項の解釈論に対する疑問については、こちらを参照。

(3) 本判決のポイント

  本判決は、通説的見解に従い、高年法9条1項の私法上の効力を否定します。その上、同条項の趣旨に反しない限りは、同条項2号所定の継続雇用制度の内容は、その労働条件を個々の事業主の実情に応じた多様かつ柔軟なものとすることが許容されていると解すべきだとしています。
 高年法9条1項自体が、継続雇用制度の内容を直接規律する私法上の効力はないし、同内容は一義的にこうでなければならない、というものではなく、制度設計には事業主(使用者)に大きな裁量があることを認めているといえますが、妥当な解釈です。
 高年法9条1項2号所定の継続雇用制度は、希望者全員を対象とするものであることが必要であるため、本判決は同制度に該当するのは➀再雇用社員制度であり、②継匠社員制度はこれに当たらないとしています。
 そうすると、Xらのいう高年法なり、同法9条1項の趣旨に反するかどうかという点は、専ら➀再雇用社員制度との関係で問題になるわけで、Xらも前掲トヨタ自動車ほか事件及び九州惣菜事件の各高裁判決を引用し、高年法の目的及び趣旨に反する旨を主張しました(争点➀)。
 これに対し、本判決は、上記(3)・1のとおりに述べ、上記Xらの高年法の趣旨、目的違反との主張を排斥しています。やはり、継続雇用制度における労働条件の設定についての高判な裁量が事業主にあることを重視しての判断であり、妥当でしょう。
 この点に関して、前掲トヨタ自動車ほか事件及び九州惣菜事件の各高裁判決の事案と比較し、本件の再雇用社員制度が、高年法所定の継続雇用制度と評価されるかはなお検討の余地がありそうだという指摘(労働判例1244.121)もあります。しかし、両高裁判決は既述のとおり、高年法9条1項について独自の解釈論を展開したものです。それを前提に、当該事案で継続雇用制度の内容としての定年後再雇用の条件提示を不法行為等に当たるとしたもので、先例的価値は乏しいと思われ、それらが述べた判断枠組みをもって、本件の再雇用社員の内容を検討することに意義はあまりないでしょう(ただし、紛争防止の観点からは定年前後で労働条件が大きく変わる場合にはその理由はしっかり説明できるようにしておくことが必要と考えます。詳細は後述します)。
 また、本判決は、継続雇用制度の労働条件の設計に対する事業主の裁量には、高年法9条1項の趣旨に反しない限りとの制約がつく旨を述べてはいますが、どのような場合が趣旨違反となるかは、明示していません。少なくとも本判決は、業務内容について、定年まで30年間担当していたバス運転業務から、車両清掃業務に変更するという程度では、同趣旨に反しないと考えているようです。また、本件では、定年前後で、どの程度給与が変わったのかは判決文からは明確ではありませんが、所定労働時間が正社員と同様の継匠社員と比較して、再雇用社員の賃金、賞与及び一時金は約45%であることは、再雇用社員制度が適法であるとの判断を妨げない旨も述べています。こうした点からは、継続雇用制度の労働条件設定についての事業主の裁量が同条項の趣旨に反して制約される場合はかなり限られると、本判決は考えているといえるでしょう。
 本判決は、Xらが継匠社員制度選択要件は高年法の趣旨に反し不合理であるとか、同要件が前提とする昇進・昇格制度が不合理だと述べたことを受け、この点についても判断しています(争点②及び➂)。
 そもそもとして、本判決が述べるとおり、継匠社員制度は、その選択要件等があり、希望者全員を対象とするものではないから、高年法所定の継続雇用制度には当たらないので、ここに高年法の規制は及ばないはずです。実際、本判決も継匠社員制度選択要件の合理性を判断するに当たり、特に高年法に関する言及はしていません。
 そうすると、争点②及び➂にいう、「合理性」とは高年法所定の継続雇用制度に当たるものとは別に、定年後再雇用のための制度設計に関するものであったり、人事評価基準に関するものなので、なおのこと事業主の裁量が認められて当然でしょう。公序良俗違反や強行法規違反でない限りは、事業主の経営方針や人事施策の展開、推進なり、事業運営を円滑に進めることに資する面があれば、客観的に合理性ありといえると考えます(発想としては、労働契約法7条における「合理性」と同様に解してよいのではないでしょうか)。
 本判決が、争点②及び➂それぞれで合理性を肯定した判断内容も首肯されるものです。
 一点、争点②に関するところですが、本件で継匠社員制度の対象となるための条件は、解雇事由に該当しない、直近一定期間中の昇給・昇進評価において、降職の懲戒処分を受けていない、C評価を3回以上受けていない、社員としての適性を著しく欠くと認められていないことといったものですが、これらのいずれかに該当する者はもともと稀だったのかもしれません(判決文中では、定年を迎えた者のうち、継匠社員制度の対象となったものの割合等は示されていません)。
 C評価を受ける者は毎年10%程度しかいないと本判決でも認定されており、実際のところ、よほどのことがない限りは継匠社員として再雇用されたという実態があったのであれば、そのことも継匠社員制度の合理性を示す一事情になると考えられます。
 逆にいえば、継匠社員制度の対象になる者は非常に限られるという場合は、その原因たる基準の内容次第では、同制度の合理性に疑問を生じさせる事情にはなり得るでしょう。
 また、本判決で特に注目されるのは、バス運転士につき、安全、快適、良質なサービス提供という企業理念の実現に協力する具体的行動等を評価対象とすることは当然にあり得るとし、そうした点も含めた評価項目に対する、定年前数年間の査定結果等をもって、定年後も、企業理念を体現し、Yらの利益に通じる労務提供をし得る者を選別して、バス運転士業務に就かせ、相応の待遇を施すという継匠社員制度の合理性を認めた点です。
 平成24年の高年法改正によって、従前は経過措置として利用できた、労使協定に定める定年後再雇用対象者の選別基準は段階的に利用できなくなっていきますが(詳細は厚労省HP参照)、本件のように、希望者全員を対象とする制度(本件では再雇用社員制度)を設けた上で、一定の基準を満たす者を別途の再雇用制度(本件では継匠社員制度)の対象とし、希望者全員を対象とする制度とは担当業務、賃金、労働時間、労働日数その他の待遇に相違を設けることも可能であることを、本判決は示唆しています。定年後再雇用時の会社事業への貢献度への期待から、人材としてどう活用するか、その担当業務ほかの待遇を設定するというのは、事業主としては合理的発想でしょう。
 ただし、その一定の基準の中に、定年前数年間の査定結果も含めるならば、その査定(人事評価)制度の内容が、担当業務との関係で然るべき事項を、然るべきウェイトで評価する仕組みになっているかや、評価の公正さが担保されているかという面での合理性が求められることには留意が必要です。実際の評価も不当とされないよう運用することが重要になってきます。 
 その他として、いずれの制度が適用されるかによって、定年後再雇用時の待遇が異なってくる制度を導入する際には、本判決でも指摘されているとおり、労働組合との協議等、労使間での利益調整を図っておくことも重要であり、労使自治により導入されたという点は、裁判所も尊重すると考えられます。
 他方で、既述のとおり、トヨタ自動車ほか事件及び九州惣菜事件の各高裁判決は、高年法について独自の解釈論を展開するもので、先例的な価値には疑問はあるのですが、現にこうした裁判例もあることを踏まえると、紛争防止や、(独自の解釈論に基づく)高年法の趣旨違反を理由とする損害賠償リスク回避のためには、継続雇用制度において、定年前後で労働条件に大きな相違をもたらすという場合は、その理由を明確に示せるようにしておくことが有益といえます。
 そこで、本件の再雇用社員制度のような希望者全員を対象とする制度と継匠社員制度のような、いずれの制度が適用されるか、そしてどのような待遇を受けるかの分かれ目として、定年前数年間の査定結果等を踏まえること、すなわち、定年前の担当業務の遂行に係る査定結果を基準にし、その結果次第で定年後の業務も定年前と連続性を持たせるか否かを決め、業務に応じた賃金その他の待遇設定をするというのは、上記理由として明確といえると考えます。
 なお、本件の再雇用社員制度は有期雇用契約でしたので、Xらは、定年退職時点での正社員としての自身の待遇と、再雇用社員としての待遇差、特に賃金差について、均衡待遇規制に係る労契法20条(当時)違反の有無も問題にし得ました(ただし、同条違反とされる可能性は極めて低かったでしょう)。
 その場合は、再雇用社員としての担当業務が車両清掃とされていること自体が違法か否かは問題とならず、そのことを前提に、業務内容、それに伴う責任の程度、それらと配置の変更の範囲、その他の事情といった、労契法20条所定の事情を総合考慮し、賃金に係る相違が不合理か否かが問題となります。
 定年後再雇用時の待遇については、むしろ、この均衡待遇規制(旧労契法20条、現パート有期法8条)との関係が問題になることの方が多いと思われ、同待遇の設定に当たっては、上記諸事情から、定年退職時点との待遇の相違を説明できるか、という観点を持つことも必要です。
※高年齢者の定年後再雇用時の待遇については、本件のように高年法9条1項の趣旨との関係が(一応)問題になるほか、再雇用時の契約が(ほとんどの場合がそうだとは思いますが)パートまたは有期労働契約である場合には、日本版同一労働同一賃金の規定である、パート有期法8条に違反しないかも問題になるということです。なお、定年後再雇用時の待遇について、旧労契法20条違反が問われた事案として、名古屋自動車学校事件・名古屋地判令2.10.28がありますが、詳細についてはこちらを参照。

 



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